154 みちしるべ
午前中に起きたショッキングな出来事を地力で乗り越えたロッタは、自ら志願して再び拡声器を手にした。
「我々はまだ向き合えるチャンスがある!どうか私の言葉に耳を傾けて欲しい!」と、何度も何度も領事館内に向かって語りかける様は、鬼気迫る様相を呈しており、人質救出のために尽力すると言う、彼女の硬く巌のような決意が垣間見れた。
■事件発生から三日目 十五時八分
領事館潜入中のジョーカーから、作戦実行本部の元へ奇怪な報告が届く。
領事館内の礼拝所を武装集団の兵たちが頻繁に出入りしている── これは午前中に既に報告を入れてあるのだが、それについての追加情報が入って来たのだ
(……こちらジョーカー、マザーズネストどうぞ……)
「こちらマザーズネスト、どうしたジョーカー?」
(……今礼拝所近辺に潜伏中……ファウストに確認して貰いたい事がある)
マザーズネストのヘッドセットに入って来た通信は、雑音もなくひどくクリアなのだが、ジョーカーの声は何故か途切れ途切れで弱々しい。どうやらジョーカーは物陰に隠れており、至近距離で敵と対峙しているからこその「ヒソヒソ声」だと想像に容易い。
「マザーズネスト了解した。ファウストとダイレクトに会話出来るよう回線を繋ぐ。直接ファウストに語りかけてくれ」
そう言うと、テーブルの上に置いてあるアタッシュケース型の専用通信機を触り、無数に並ぶコードの一本を引き抜いて別のジャックへと押し込んだ。
(こちらジョーカー……ファウスト聞こえるかい?)
(ファウストです、ジョーカーさん聞こえますよ)
(君は今どこにいる?)
(僕は領事館裏口近くです、敷地内には入っていません)
(そうか……ならば君のウサギを使って、魔法探査して欲しい場所がある)
領事館に潜入したジョーカーと、領事館敷地外から使い魔を使って内部の探査を続けているファウスト。作戦実行本部では息を殺すように二人の会話に聞き耳を立てている。
(……領事館北棟の一番東側、そこに礼拝所がある……外からで構わないから魔法探査を頼みたい……)
プロニスラフにあるアムセルンド公国領事館は、上から見下ろすとカタカナの「エ」の形をしており、最北東端の場所を探査してくれと願い出たのだ。
人質が押し込められている食堂や迎賓の間とは違い、大量の息遣いも感じられないこの礼拝所において、何故これほどまでに武装集団の兵たちは慌ただしく動いているのか。それが気になるオレルたちも、静かにこのやり取りに聞き入っている。
(ジョーカーさん、今そちらにウサギを差し向けました)
(分かった……到着したら頼む)
ここでオレルが割って入る。コヨーテからジョーカーどうぞと言って通信に割り込んだのには確たる理由がある。ファウストの魔法探査の準備が出来るまでに、ジョーカーの真意を確かめておきたかったのだ。
(ジョーカーよりコヨーテへ……この礼拝所前を警備している敵たちが、しきりに“みちしるべ”と言う単語を口にするのです……また、交代などで礼拝所に入って行く者たちはひとしきり深呼吸したり、出て来た者たちが嘔吐したりと不審な行動をしています。……これが魔法探査を頼んだ根拠です)
「“みちしるべ”?一体何を意味する言葉だ?」
「言葉通りに受け取れば単なる交通標識や目印なのでしょうが……奴らが何をもってそう表現しているか私にも分かりません」
眉間に皺を寄せながら呆けるベルメル大佐とオスティンは、中佐なら分かるかもと二人してオレルを見やるのだが、オレルも二人と全く同じ表情をしている。
あまりにも謎だらけで嫌な予感が漂う領事館の礼拝所。
各々の中で膨らむ疑問が時間の停滞をも感じさせるような、どんよりとした流れに包まれていたのだが、この濃厚な松ヤニが手に絡み付いたかのような時間の流れを打ち破ったのはファウストである。それも誰もが想像すらしなかったようなリアクションで仲間たちに伝えて来たのだ──
(ご……ごえええっ!おえ、おええええっ!)
突如念話送受信機のスピーカーから流れて来たのは、若き魔法使いの少年が嘔吐を繰り返しながら悶絶する悲鳴だったのだ。
「こちらコヨーテ!ファウスト大丈夫か?状況を報告しろ!」
(こ、こちらファウスト……もう大丈夫です。壁越しでウサギに中を覗かせた瞬間にやられました)
「やられた?誰にやられたんだ?」
(いえ、物理的な攻撃にやられたのではなく、礼拝所を包んでいるであろう魔法結界の影響を受けたんです。使い魔も気が狂いそうになったから戻しましたが、中佐……あれはダメです、あれはイヤだ、もう耐えられない!あんなグロテスクな魔法は初めてです!ジョーカーさん、ジョーカーさん近づいちゃダメだ!だから奴らは“勇猛の魔法”で身を守ってたんだ!)




