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凛として外道のごとく 『ワレ、異世界ニテ特殊部隊ヲ設立セントス』  作者: 振木岳人
◆ 『領事館突入』 凛として外道のごとく 編
156/157

156 プロローグ ~バルトサーリの空の下で~


 アムセルンド公国の首都バルトサーリ郊外

 今は小麦粉のような粉雪にうっすらと覆われてはいるものの、春になって雪が溶けると辺り一面に森や草原が広がる風光明媚な場所に何故か、人為的な建造物がポツンとある。

 中の敷地を覗かれないようになのか、薄いスチール板の高い壁で四方八方を囲み、外界との接触を拒むかのようなその場所から、何やら今日は喧騒が溢れて来ている。


 主に響いて来るのは怒鳴り声、つまり怒号。だがその巌のようでありながらも激しく響く声は、相手を叩き潰す事を目標としているような声ではなく、相手を奮起させ、奮い立たせようとする意志を過分に秘めていた。


「何やってる!保護対象者の頭が高くなってるぞ!」

「隊列が崩れてる!射線が開いて狙撃されるぞ!」

「遅い遅い!もう一回やり直しだ!」


 ストップウォッチを片手にメガホンで檄を飛ばしているのは、“地獄を喰らう者”の異名を持つ歴戦の勇者、マスター・チーフと呼ばれるクラース・オーストレム上級兵曹。彼は敷地内に建てられている監視塔から地面を見下ろし、若い兵士たちに戦技指導を行なっていたのである。

 今回訓練を受けているのは、もはやこの秘密訓練キャンプの常連となってしまった、テレジア・クロンカンプ大尉率いるアムセルンド陸軍中央防衛大隊付き首都治安維持中隊の兵士たちではない。また、参謀情報部の司令官に昇進したノルドマン准将率いる一課と二課が合流した参謀情報部でもなかった。

 今日ここにいるのは、オレル率いる参謀情報部三課の兵士たち。副官であるレイザー以下首都に残された兵士たちが、新たな訓練プログラムに汗を流していたのである。


 オレルとマザーズネスト、そしてファウストの三名がプロニスラフ行きの夜行列車に乗ったのは昨日の夕方。そして今は次の日の日中である。

 つまり残された三課のメンバーは、オレルたちが任務に赴いた次の日の朝から、早速新たな内容訓練を開始していたのだ。

 その訓練内容とはズバリ『要人警護』。護衛対象者が襲撃を受けたり狙撃されたりと暗殺の危機に直面した際に、どうやってそれを切り抜けて安全地帯まで連れて行くかと言う、今までの三課には無かったコンセプトの上で実施されていた。


 突入訓練でも諜報訓練でも無く、何故要人警護訓練なのか? ──これには深い理由がある

 昨日の夕方、オレルたちがプロニスラフに旅立つ直前に、レイザーはオレルから文字通り全てを聞いた。彼女にだけ明かされた衝撃の事実であり、それは今後のアムセルンドを左右する重大な内容であったのだ。


(堕天使の転生者たちに支配された公国において、我々三課が今後守るべき人物を話しておく。その人物とはランペルド・マルヴァレフト公爵ではない、アンナリーナ・マルヴァレフト……いや、アンナリーナ・アムセルンドこそを守るのだ。参謀情報部三課は女王陛下と共にあれ)


 オレルの私室でこれを言われた時は、さすがのレイザーも腰が抜けそうになるほど驚いた。まさか自分が守るべき公国の真の姿が、汚れきった悪意の塊であるとは思わなかったからだ。そしてそんな公国を守る事は、結果として堕天使の転生者たちに更なる享楽を与える行為に等しいのだと悟ったのである。


 公国を私物化するような忌むべき体制と、それを推し進めて私腹を肥やす憎むべき為政者たち。その現実をオレルに突き詰められ、それでもレイザーが絶望しなかった唯一の理由、それこそがアンナリーナ・アムセルンドの名前だ。

 堕天使の転生者たちの悪行を世間に暴き、現政権に対して抵抗運動を始める事、それはつまりクーデターである。

 国家を転覆させる覚悟で戦いに臨まなければならないのは当たり前の事、クーデターを起こす側としても、汚職にまみれた現政権にとって変わる指導者を国民に提示しなければならない。いくら堕天使の転生者たちを皆殺しに出来たと言えども、国民の理解と協力が無ければ新たなステージに舵を切れないからだ。


 “犯罪、麻薬、汚職、癒着など、堕天使の転生者主導による政治は暗雲たる未来しか国民に提示出来ない。ひるがえってアンナリーナ・アムセルンドが反公国の旗頭に立ち、清廉潔白と王国復活を大義名分にすれば国民の理解は必ず得られる”

 ──その為にも、いずれその日が来る時の為に、今はアンナリーナ様を命がけで守らなければ── 

 オレルを見送った後、たった一晩で仕上げたプランがこれ。レイザー発案による『要人警護プログラム』であったのだ。


 ……ピイイイイッ!ピイイイイッ! 秘密訓練所に強烈な音量で笛の音が響き渡る。肺活量にものを言わせたマスターチーフの笛だ


「中止、中止!全員こちらに集合しろ!」


 清らか過ぎるほどに冷たい風が吹き抜けて行くこの訓練場で、汗だくとなった兵士たちはやぐらから降りるマスターチーフの元へ全力で駆けて行く。


「ダメだダメだ、まるでなってない!これは戦闘訓練じゃない、警護対象者を守りきる訓練だ。警護対象者が死んだらアウトなんだぞ!」


 激しく肩を上下させながら、真っ白な息をもうもうと吐き出す兵士たちを座らせ、マスターチーフの個別説教が始まった。


「グリズリー!バイパー!貴様ら先導役が互いに距離を開けてどうする!真正面に隙間が出来て警護対象者が前から丸見えじゃないか!もっと肩を寄せ合うぐらいに壁を作れ!」

「シルバーフォックス!警護対象者に遠慮しがちになるな!戦火を逃げ惑う母子のように、もっと警護対象者を抱いて包み込め!右手で対象者の頭をもっと下げて敵さんが狙って来る的を小さくしろ!」

「ハルヴァナ、フルモナ!慣れない軽短機関銃に振り回されるな!銃床に頬を付けて常に狙いを定めろ!上半身はその姿勢をひたすら維持して、走れ、走れ、走れ!」


 警護対象者役はレイザーが買って出ており、彼女に対しては何も説教を言わないが、彼女と視線が交差した瞬間、二人は小さくうなづき意志の疎通を図る ──“これで良いですか?” “このまま頼む” だ


「よし、今から五分休憩、その後もう一度この“会場で襲撃を受けた際の脱出フォーメーション”訓練を行う。早く自分のものにしろ!そうでないと、“車列に襲撃を受けた際の脱出フォーメーション”訓練は真夜中まで押すぞ!」


 兵士たちにハッパをかけながらも、左を指差して彼らの視線を誘導する。そこには空のドラム缶に詰められた木材が景気良く燃えており、汗をかいた後でどんどんと身体が冷え込み始めているので、暖を取るのには絶好のポイントだ。兵士たちは喜び勇んで火の元に駆け寄って行った。


 この場合に残るのはレイザーとマスターチーフの二人だけ。

 昨晩急に彼の自宅を訪れて緊急での訓練依頼をしたらしいのだが、あくまでも訓練方法の構築についてのみ依頼されただけであり、この訓練の本質についてマスターチーフは何も聞かされていない。

 「一体、誰を守るのか?」……彼の知的好奇心は大きな疑問形となって、脳裏でふつふつと湧いていたのである。


 だが、マスターチーフの釈然としない気持ちには気付いていた。公的な要人警護は近衛連隊などが既にその任を得ており、今更三課が出しゃばる隙間などは無いからだ。つまり、諜報特殊戦部隊が要人警護を行う胡散臭さをマスターチーフは肌で感じていたのである。


「我々が守るべき対象者、参謀情報部三課が守るべき方。マスターチーフはその御方が誰なのか気になるようですね」

「失礼しました少佐殿。私はそんな顔をしていましたかね?」

「ふふふ、少なくとも後進のために教えを授ける教育者のお顔では無かったですよ。嗅覚に従って死地を乗り切ろうとする、最前線の戦士のようでした」

「それは失敬しました。何でしょうな……ダールベック中佐が連れて来る若者が皆、気持ちの良い若者たちばかりで、ついつい私も当事者としての感覚が芽生えて来ていたようです。自分が知らない事に嫉妬を覚えるような……ね」


 短く刈った白髪頭にシワだらけの顔、どこにでもいそうな老人なのだが、(いわお)のような硬い意志を身体全体から放つ、どこにもいない要塞のような老人が、あまりにもぎこちなくて下手くそなウィンクをレイザーに投げかける。

 その茶目っ気たっぷりのウィンクを可愛いと思いつつ、レイザーは悪戯っぽい笑みを口元に浮かべて「知りたいですか?」と問う。


「いや、少佐殿やめましょう。その名前を聞いたら最後、私はこの老体を戦場に晒さなくてはならなくなる。私は結末が見たいのです、結末を見ないまま戦時二階級特進で途中リタイヤは望むところではありませんよ」


 そう言って肩をすくめるマスターチーフ

 彼の物言いにクスリと笑うレイザー

 会話が途絶えた瞬間ではあったものの気まずさが漂う事も無く、二人は偶然にも同じ方向の空を見上げる。

 見上げた方向は東北、その彼方にはフォンタニエ王国の地方都市プロニスラフがあるはず


「マスターチーフ、何とか形になりますか?」

「愚問ですよ少佐殿。中佐が戻る前には仕上がってます」


 ──あなたのその強い意志があればね

 マスターチーフは最後まで言い切らずにそれを飲み込んだ。何故ならば、あえて最後まで言うのは野暮であるほどに、それこそ確約された未来であったからだ。



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