145 暁(あかつき)に嵐を待つ
『神聖デルフィーヌ教 サイトス原理主義 バルテレミー派』
この長ったらしく仰々しい名前が、アムセルンド領事館を襲撃した武装集団の名前なのだそうだ。
人質救出作戦に協力する代わりにと、カールから情報開示を強く求められたオスティン・フリートラントがもたらした情報である。
神聖デルフィーヌ教とはつまり、神聖光魔法を世にもたらした聖人デルフィーヌを祀る宗教であり、「天使に導かれた聖人デルフィーヌが、聖なる光を地にもたらした」と、神聖光魔法の開祖を讃える詩は大陸中の老若男女誰もが知るほどにポピュラーである。
悠久の歴史を見詰めて来た起源の古い宗教なのだが、この神聖デルフィーヌ教の名称の後に様々な名称が付け加えられると、その宗教色もガクンと変質して異なる特色が見えて来る。
この神聖デルフィーヌ教を基点として、宗教色の薄い神聖魔法学など様々な方向に分岐して行くのだが、このサイトス原理主義バルテレミー派と言うのは、それらのような本筋からの派生系ではなく、本教議よりももっともっと起源が古くから存在していた古典教議である。
つまり、神聖デルフィーヌ教が一本の宗教として統一・確立される前に存在していた様々な教議の一つなのだ。
そして、この原理主義バルテレミー派の主となる教議が“生きとし生ける者に光あらん事を” である。聞いただけでは、当たり前の事をよくもまあもっともらしくと思うかも知れないが、この言葉には深い意味がある。
聖人デルフィーヌが人間であった事から、この教議の根幹にあるものは、「聖人デルフィーヌが神聖魔法学と光魔法の加護を人間たちに与えた」事である。だが太古の古典教議原理主義バルテレミー派では【聖人デルフィーヌは人間や亜人や獣人その全てに加護を与えた】とあるのだ。
よって原理主義バルテレミー派の唱える“生きとし生ける者”とは、差別を受けて人間社会から離れて行った亜人や獣人にも該当するのである。
別の側面から言えば、聖人デルフィーヌの教議をお題目に掲げながら、人間対亜人や人間対獣人などの種族間差別主義に抵抗する事から、反差別の過激派集団だと思われてもおかしくはない。
ただ、このサイトス原理主義バルテレミー派は、デルフィーヌ教が統一された三千年前に、消えた宗派だとしか記録には無く、それがこの大陸において脈々と受け継がれて来た事、それこそが驚きなのだが……
──プロニスラフの夜明け前
夜通し雪を降らせていた分厚い雪雲はいつの間にか消え去り、東の空が白み始めて山の稜線をくっきりと際立たせている頃
このアムセルンド領事館の隣に建つ高級ホテル、ベシュナイテバーグ五階のとある客室のカーテンが少しだけ開けられている。
フォンタニエ陸軍の諜報部隊が監視用に借りている五階の七号室ではなく、その隣の八号室のカーテンが申し訳程度に隙間を開けて、そこから四つの瞳が領事館の敷地内を見下ろしていた。
四つの瞳……すなわち二人の人物とは、人質事件が発生した際に運良く領事館外にいたカールとレベッタの二人。帰る場所を失い、さりとてフォンタニエ諜報部隊の闊歩する監視部屋では落ち着かないであろうと、オスティンの粋な計らいで隣室を押さえて貰ったのである。
「夜が明けた、これで事件三日目が始まる……」
「不気味なほどに静まり返ってるが、人質たちは大丈夫なのだろうか?」
「近付く地元警察の警官隊には、警告射撃で発砲するが、領事館内からは射撃音は響いて来ない。人質は無事だと信じるしか無いのだが、危険度は間違いなくましてるはずです」
「カールの言う通りかも知れないね。デルフィーヌ教のバルテレミー派、、、聞いた事も無い宗派だが、私とカールを襲って来た連中が不吉な事を言っていた」
数日前、深夜のプロニスラフ市街地において、カールとレベッタは謎の集団の襲撃を受けた。間一髪で脱出に成功したのだが、彼ら襲撃者たちが呪文のように口々にしていたセリフが脳裏から離れないのである。
「……アムセルンド人に死を、堕天使の血族に死を。彼らはそう呟いていましたね」
「うむ、全く気味の悪い話だが、彼らの目は真剣だった。もし我々を襲った奴らと領事館を襲撃した奴らが同じならば、領事館の職員たちの命は危ない」
カーテンを握っているレベッタの手が、かすかに震えている。その振動がカーテンに伝播するのか、カーテンの裾がより大きくヒラヒラと揺れる。
大量虐殺に発展する恐れや、ただ見守る事しか出来ない自分への忸怩たる想いなどが混ざり合い、自分の中で処理しきれずに打ち震えていたのだ。
彼女の複雑な感情の爆発に気付いたカールは、彼女の手の上に優しく手を合わせ、カーテンを閉めながら手をそこから離してやる。
「もう少し、もう少しの我慢です。フォンタニエ首都からは彼らの特殊戦部隊が、そして我々の本国からは優秀な軍事アドバイザーが到着します」
「そうか、そうだったね。どちらも今朝の内にプロニスラフ入りするはずだったね」
「そうです。だから我々も我々が出来る事を模索しましょう。領事館の間取りなどは必ず聞かれますよ」
「そうだな、カールの言う通りだ。無為に時間を費やす事こそ罪だ、人質救出作戦が成功するためにも、我々も模索すべきだな!」
カールが重ねてくれた手に、更に自分の手を重ねる。
締め切ったカーテンがおもむろに白熱を帯び、レベッタとカールの見詰め合う顔を闇から浮かび上がらせる ーー朝、ついに逆襲に転じるべき朝が来たのだ。
絶滅したはずの古代宗教、その教えを受け継ぐ秘密の団体に襲われたアムセルンド領事館。
なぜ彼らは領事館を襲撃したのか?
果たして人質は全員無事なのか?
そして領事館に隠された秘密はいかに?
それらの謎が、今日いよいよ動き出すのだ
◆ 軍人の矜持 編
終わり




