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141 「邂逅」 公国領事館襲撃事件 後編


  ■十四時三十二分

 アムセルンド公国プロニスラフ領事館正門前に不審者が一名現る。茶系のコートを羽織った青年で推定年齢二十代前半。

 正門を敷地外で警護するプロニスラフ側の警察の警官二人と、何やら押し問答を始める。

 ビザ等の許可証を取得するために領事館を訪れる一般人は少なくないが、フラフラとした足取りで表情は怒っており、警官二人は異常を感じたのか、領事館を背にして青年を近寄らせないようにしている様にも見える。


  ■十四時三十五分

 正面門の外が騒がしいと感じたのか、敷地内から正面門を警備するアムセルンド公国警備隊の衛兵二人が顔を覗かせる。

 外のプロニスラフ警官に対して何事かと話しかけていた際に、突如青年が爆発して辺りは爆炎と衝撃波に包まれる。


  ■十四時三十六分

 騒然とする領事館正門前。爆発の威力は凄まじく、青年と警官二人、そしてアムセルンド側の衛兵二人の身体は四散して確認出来ず。正門扉も吹っ飛んでしまう。

 爆弾を身体に巻き付けた青年の自爆攻撃、領事館の正門を意図的に破壊するための攻撃と推察される。


  ■十四時三十七分

 領事館前の道を猛スピードで走って来たトラック三台が領事館の敷地内に突入。停車したトラックの中から推定二十名程度の武装集団が降りて領事館建物内に突入。無数の銃声が轟く。

 武装集団の武器は単発式歩兵小銃と思われ、銃身には銃剣が装着されている。


  ■十四時四十分

 領事館建物内から五名のアムセルンド人らしき領事館職員が逃げ出して来るも、建物内から追って来た武装集団の銃撃に遭い射殺され脱出出来ず。


  ■十四時五十六分

 散発的になって来た銃声が止む。武装集団が領事館内を完全制圧したと考えられる。

 二名の武装兵が中庭から現れ、乗って来たトラック一台を正門側に移動させて停車。小銃でタイヤを撃ち抜き正門側の出入りを完全に封じる。


  ■十五時二分

 プロニスラフ警官の緊急車輌四台がかけつけ領事館前に停まるも、トラックで入り口が封じられており中には入れず。

 正門前で警官たちが中の様子を伺おうとしていると、中から正門の外を監視していた二名の武装兵が警告射撃で空に発砲。警官たちに対して「突入したり下手な工作をしたら、アムセルンド人の人質を皆殺しにする」と宣言。

 これらの状況を鑑みて、正体不明の武装集団によるアムセルンド公国プロニスラフ領事館人質籠城事件と認定する。


「以上がこの監視部屋での経過観察と、正門前に集まった警官隊からの証言を総合した報告書になります」


 ベルメル大佐とテーブルを挟んで座るカールとレベッタ、その傍らで立ったままのオスティンが経過報告を淡々と終わらせた。


「カールさん、ハウトリムセン少佐、報告書の最後に記載された時間から、既に二時間が経過しておりますが、つまりそれ以降は白紙。未だに襲撃者からは何らのアクションも無い状態です」

「ベルメル大佐、その武装集団に関しては何か情報は無いのでしょうか?奴らの目的が分からなければ、今後の対応も方法も定まらなくなってしまう」

「ハウトリムセン少佐のおっしゃる通りです。今現在奴らについて把握出来ているのは、領事館を襲撃したのは人間と獣人の混成チームである事、その一点のみです」

「つまりは民族問題ではない可能性が高いと?ですがそれだけでは情報があまりにも薄い……」

「もちろん、当方としましては貴国との友好関係を最重要視しておりますので、首都の大使館とフォンタニエ政府に電信を送り報告はしております。だが、現地にいる我々がどう行動方針を定めれば良いかに苦慮しているのです」


 そうだな、確かにこのまま警察に任せたままでは千日手となって破滅的な未来しかないし、軍に任せて勢いで突入作戦を敢行すれば、それこそ人質の命が危ない──

 両腕を組んで独り言を始めたレベッタの表情は苦悶に満ちており、今すぐ彼女の頭脳に奇跡的な閃きが起きるとは、とてもじゃないがあり得ない様子だ。


 ベルメル大佐とレベッタとの重苦しい会話が主となっているこの光景を、オスティン・フリートラントは奇異に見詰めていた。レベッタだけが頻繁に発言してカールが黙り込んでいるこの状況は、おかしいと感じていたのだ。何故なら、このアムセルンド人の男女ペアは、男性側が頭脳でありダイナモであり、切れ味の鋭い刀なのだから


「……カールさん」

「うん?何だい?」

「黙っていると怖いですよ」

「そう見えたのかい?それは悪かった。私だって考えがまとまらない事もあるさ」


 苦笑しながら問い掛けたオスティン、苦笑しながら問い掛けに答えたカール。互いに苦笑はしているが、その苦笑の質は全く違う。


「分かったよ、オスティンのために私の考えを披露しよう」


 オスティンだけでなく、ベルメル大佐やレベッタが熱く見守る中、カールは自分の考察を淡々と述べ始めた。


「武装集団が乗って来た三台のトラック、そのトラックを一台潰して領事館正門を堰き止めた事が気になる」


 ──三台で乗って来たのなら、帰る時も三台で帰るはず、それなりの人員を抱えているのならば、帰りの足を自ら潰すのは異様な判断だと感じている。もし奴らの作戦に第二段階があり、人質を連れて逃走するのならば、帰りのトラックは三台"以上"必要となって来るはず。ましてや、正門でトラック一台を潰したならば、領事館敷地内に残る二台のトラックはどう脱出する?

 先ずこの不審な点を持って考えられるのは二つの可能性だ。

 一つは“武装集団は全員が自分の死を覚悟して領事館を襲撃した” つまり、奴らは逃走する予定は無く、人質と一緒に盛大に自殺するのかも知れない。

 もう一つの可能性は、“全く別の逃走ルートがあり、わざわざ正門から逃げる必要がない” どこかに秘密で安全な逃走路があるのかも知れない。


「奴らはそこまで用意周到な作戦を立てて襲撃して来たのだ。現状のままでは、警察のマニュアル通りの人質対応や、軍による強襲人質救出作戦は失敗する可能性が高い」

「さすがカールさんです、私もそこまで考えが回らなかった」

「気楽な事を言うなオスティン。このままでは君の責任問題にも繋がるんだぞ」

「えっ、えっ?私がですか?」


 急に矛を向けられうろたえるオスティン。カールは穏やかな表情でいるものの、その瞳には強い怒りの色が浮かんでいる。まるでそれは視線の先にいる者を射殺してしまうほどの苛烈さだ。


「武装集団は人間と獣人の混成である事から、過激な民族主義者の集団ではない。更に言えば、最初の爆発を起こした者の自殺攻撃を考慮すれば、何かしら宗教に関係する集団なのではと推察が及んでもおかしくはないのだ」

「宗教……宗教?……ああっ!あの夜私とカールが襲われたのも!」


 何かに気付いたレベッタが目をまん丸に大きな声で叫ぶ。──そう、襲撃事件は今始まったばかりなのだが、それに及ぶ“兆候”は既にカールたちに影響を及ぼしていたのだ。


「オスティン・フリートラント、多分君は中央軍のエリート諜報部員なんだろう。だから北西州軍情報将校のベルメル大佐にも報告していない情報を抱えているはずだ」


 カールはそう言いながらベルメル大佐に視線を移す。すると大佐は、大佐自身が思っていた事をカールが代弁してくれたと、感謝の微笑みを返して来たではないか。


「協力はする、領事館の内部情報も惜しまずに提供する。だがそれにはオスティン、君の知っている情報をぶちまけてくれる事が前提なんだ。まだ我々は互いに信用が担保されていないんだよ」


 フォンタニエ側とすれば、外国領事館が襲撃されて死傷者が出る事は恥である。近代国家としては万死に値する失態であり、今後アムセルンド公国との外交関係に明らかなアドバンテージが発生する、何としてでも無事に解決させるべき事案なのだ。

 また、カールやレベッタの公国側も、領事館職員や関係者など、一人でも多くの人質を救出する義務がある。

 互いの利害が一致するならば、もったいぶって情報をケチる事は、後に遺恨を残すとカールは説いたのである。


「……分かりました、私が知りうる範囲の情報を提供しましょう。衝撃的な情報になるかも知れませんが、覚悟してください」


 オスティンは空いている椅子に座り、テーブルの前に着いた。あらためて四人が一同に顔を介したのである。



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