140 「邂逅」 公国領事館襲撃事件 前編
──私の立場では話せない事もあります、早くホテル・ベシュナイテバーグに行きましょう。全てはそこからです──
オスティン・フリートラントがもたらした驚愕のニュースに背中を押され、ホテルに向かうカールとレベッタ。しかし、何故ホテルに向かわねばならぬのかが解せないでいる。
公国領事館が武装勢力に襲われているのであれば、「急いで領事館に戻ってください」と言い出す者がいるとするなら、渦中に飛び込めと言うその者は、愚者中の愚者に違いない。それならば「公国関係者として狙われているから早く身を隠せ」と言われた方が一定の理解は出来る。
しかし謎の協力者は領事館に帰れとは言わず、逃走しろとも言わずに、公国領事館の隣にそびえる五階建ての豪華ホテルへ向かえと言うのだ。カールとレベッタが自然と警戒感を抱くのも、無理も無い状況ではある。
だが尋常では無いほどに、オスティン・フリートラントの手際は良かった。
警察車両などで道がごった返し、警官や野次馬で騒然とする領事館前を通過し、隣のホテル前に車が急停止すると、エントランスホールへ二人を誘う。
すると、エレベーター前にはスーツ姿の男性二人が待っており、オスティンと目配せを交わした途端にエレベーターのボタンを押してゲートを開け、カールたちを無言で先に乗り込ませておいて、自分たちが壁になるようにエレベーターを塞ぐように乗り込んで来たのだ。
「五階の七号室に向かいます。全てはその時に」
オスティンが二人に耳打ちするのだが、このあたりでカールは気付いた ……この手際の良さと無駄の無い動き、なるほど彼らはフォンタニエの諜報部隊。以前から公国関係者の情報収集を行なっているグループか と
五階に到着して長い廊下を進むと、部屋の番号が十五からどんどんと減って行く。進む右側に部屋が並んでいるのだが、なるほど公国領事館の敷地内を監視するには最高の立地条件と言える。
「……二つの月が重なる年はヒヨコ茸が緑に輝く」
(……入れ……)
オスティンの合言葉に七号室の室内が反応したのか、チェーンロックがカチャリと外され扉が開く。
「うわ、これはたまげたね」
部屋に入ったレベッタが呆れるのも無理は無い。何故ならば、昼間なのにカーテンで遮断された暗い部屋には、窓側に三脚で固定された屈折型単眼鏡や双眼鏡がズラリと並んでいたのだ。今日準備されたのではなかろう物々しさはつまり、この五階七号室は遥か昔から公国領事館を監視するために利用されて来たと言っても過言ではなかった。
レベッタと一緒に七号室に入り、レベッタは窓側に並ぶ双眼鏡に目を奪われてしまっていたが、カールは入った段階で部屋の間取りと人員配置を頭に入れている。協力者と見ていたオスティンが実は協力者ではなかったと言う可能性だってあるし、オスティンの所属する組織の方針が変われば、カールたちも切り捨てられる可能性だってあるのだ。
(出入口の扉前には、エレベーターから同乗して来た二人が立っている。廊下側だけでなく私とレベッタも警戒対象なんだろうな。そしてバスルームの扉は開いたままで人は潜んでいない。室内にはオスティンと椅子に座ったままの中年男性、この中年男性が彼らの指揮官で間違いはないだろう。つまり、フォンタニエ陸軍防衛委員会対外諜報部『FDIA』のユニットリーダーだな)
目に見える空間と物体を全て目に焼き付けたカール、目の前に立つオスティンにではなく、その奥で椅子に座る中年男性に対し、極めて丁重に声を掛けた。
「この状況を目の当たりにして、色々質問したい事もあるのですが、そちらも答えられる事と答えられない事がありましょう。ですから我々が置かれた状況にのみ質問させていただきます。手短にいきましょう」
「そう身構えないでくれたまえミスタ・ホッフェンミョラ、事情はしっかり話す。その前に自己紹介だ。私はフォンタニエ陸軍北西州管区参謀部の情報担当、ウルリッヒ・ベルメル大佐です」
ここでカールは(おや?)と脳裏に疑問符を沸かせる。オスティンが所属する防諜部隊FDIAはフォンタニエ首都にある中央軍が管轄しているはずで、目の前で握手を求めて来たベルメル大佐はこのプロニスラフを中心とする西辺境軍の情報将校だと自己紹介して来た。今まで自分と接点を持とうとしていた相手が中央のエリートスパイ部隊かと思っていたら、いなかのスパイマスターが挨拶して来たこの事実。カールが奇異だと感じてもおかしくはなかったのだ。
「はじめましてベルメル大佐、私は公国の民間委託経済調査員、カール・オーウェンミュラー准教授です。彼女はプロニスラフ領事館の駐在武官、レベッタ・ハウトリムセン少佐です」
「レベッタ・ハウトリムセンです、はじめまして大佐」
握手を求めて来たベルメル大佐に対して、レベッタは公国軍人として恥ずかしくないようにと敬礼で答え、そしてカールは“あくまでも”民間人として握手を交わす。
その光景を側で眺めていたオスティンが「ここまでバレているのに民間人を貫きますか、あなたも強情ですね」とでも言いたそうな顔で苦笑していると、それを見ていたカールが不敵に笑う。
「オスティン、君は諜報員やエージェントが作戦行動中に自身の素性を明かすとでも思っているのかい?」
「いや、これは失礼。私は個人的にカールさんの素性に興味津々だったもので。あくまでも個人的にガッカリしただけですよ」
オスティンの苦笑いに挑戦的な笑みで返したカールだが、この空気を打ち壊したのは意外にもレベッタであった。彼女は敬礼を解いて二人の間に入って無駄話を断ち切り、そしてベルメル大佐に向かって乞うたのである。
──大佐、公国領事館の現状と我々が今後すべき事、ご説明願えないであろうか? と




