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139 もたらされた重大ニュース


……タン!……タン!……

 雪深き針葉樹の森、ひと気の無いプロニスラフの郊外に、激しい炸裂音が響く。

 驚いた鳥たちが慌てて飛び立ち、針葉樹に降り積った雪の塊が、その衝撃音でバサリバサリと落ちて行く。

 深い緑と純白に包まれた大自然の中で、風靡さをぶち壊すような騒音を出しているのは一組の男女。

 プロニスラフの街にあるアムセルンド公国領事館に籍を置く経済調査員カールと、駐在武官のレベッタが何と、この寒空の下で射撃練習を行なっていたのである。


 ただただ広い牧場の外縁から始まる針葉樹の森。その境界線は今も開墾途中なのか、ところどころに切り株が顔を覗かせている。

 カールはその切り株の上に酒の空き瓶を並べて、レベッタに撃ち抜いてみせろと指示したのだが、未だにカールの表情は晴れていない。

 ──それもそのはず。レベッタは古典的な「士官用射撃術」で凝り固まっており、とてもじゃないがこのまま荒事(あらごと)に突入出来る状態ではなかったのだ。


 “謎の協力者” オスティン・フリートラントから譲り受けた最新式の軍用拳銃、スヴェン自動拳銃二丁と実弾六十発。その銃に慣れるために二人は郊外のこの地で練習を始めたのだが、とにかくレベッタが酷かった。

 (先ずはあなたの射撃が見てみたい。あの瓶の的に狙って撃ってくれ) とカールに言われて早々、レベッタは自分の拳銃を取り出して片手で発砲したのだ。

 身体を半身にし、的に銃口を擦り付ける勢いで右腕を延々と伸ばし片手で発射。これにはさすがのカールも頭を抱えてしまう。

 確かに見栄えは良い。的に対して身体を垂直に見据えて足を大きく開き、右の肩にアゴを乗せる形で右腕をピンと伸ばせば、まるで拳銃で狙いを定める闘いの女神のように凛として美しい。

 だがそれは、ライフル小隊の兵士たちが困難に抗う事が出来ずに有象無象となってうろたえてしまった時に、混乱を治めるために指揮官が放つ一発の時の声と同じ。

 兵士たちが銃声に目を覚まして気を引き締めるための「注目を浴びる」ための凛々しい射撃であり、まるで実践的ではないのだ。

 だからカールは、彼女の射撃に対する概念を一から作り替える事を決心した。何故なら、カールが身を置く"戦場"には花形の魅せる指揮官など邪魔者でしかなく、必要とされるのは少数の人員で確実にピンチを切り抜ける、実践的拳銃格闘術の使い手でなくてはならないからだ。


「レベッタ、今あなたが持っている儀礼用のリボルバー拳銃とこのスヴェン自動拳銃、動作機構が全く違うのですが、それと同時に射撃術も全く違うのだと覚悟して習得してください」


 見た事も無い直線的なデザインの新型拳銃を興味津々に見詰めていた彼女は、カールの説明に神妙な面持ちでうなづく。彼女は彼女で、自分が軍のお飾りにされている現状に辟易しており、このカールとの接触を好機として真なる軍人への脱皮を模索していたのだ。


「片手で狙いを付けて一発必中を狙うスタイルは捨ててください」


 レベッタの射撃スタイルを無慈悲にもばっさりと切り捨て否定する。だが、プライドがズタズタにされたはずの彼女は、怒りも腐りもせず真剣な瞳でうなづく。彼女の手中に収まったスヴェン自動拳銃の直線的な手触りと鉄の冷たさが、新たな世界を彼女に見せようとしているのが分かるからだ。


「拳銃の最大射程距離などの性能など、覚えていてもしょうがないです。この短い銃身の武器が敵を殺せる距離……狙って当たる有功射程距離は、せいぜい十メタルだと考えてください。それはあなたの大口径回転式リボルバーでも、このスヴェン自動拳銃でも同じです」

「同じ?私の銃とこの銃の有功射程距離が同じだと?」

「はい。つまるところ性能じゃないのです。手ブレ、引き鉄を引く際の人差し指の力加減、何より拳銃を取り出して相手を倒さなくてはならなくなった時の、身体の緊急動作状況。それらを加味すると、拳銃で確実に相手を殺す距離など知れているのです」


 見ていてください と、カールはレベッタを後ろに下がらせて切り株の空き瓶を睨む。


(まと)は動きません。的は武器を持って襲って来ません。的は自分が的なのだと教えてくれます」


 ──一般人だらけの人混みで、見知らぬ中年男性がいきなりナイフを取り出して襲って来たら、または買い物帰りの女性が、いきなり手下げバッグから銃を取り出してあなたを狙って来たら、いちいち片手で構えて一発必中を狙うのですか?多分、一度も発砲せずに殺される可能性が高いです


 カールは身体にビクリと電気を走らせ、腰のホルスターにしまっていたスヴェン自動拳銃を一瞬の早技で抜き放つ。

 銃を抜いたと同時に左手も銃を握る右手に添え、身体を丸めるような猫背の姿勢で狙いを定めた。

 ……タタタン!

 レベッタが二度まばたきをしている間に、彼女の鼓膜は三回悲鳴を上げる。電光石火の三連射に驚きを通り越して呆けるしかない状態だ。


「一発必中はあり得ません。ハートショット(心臓狙い)やヘッドショットも考慮しながら、一瞬の内に敵を無力化するならば、最低でも二発は叩き込んでください。敵と勝敗を競うためじゃないです、絶対に勝って生き残るための発砲なのですから」

「すごいな……すごい速さだ。いや分かる、分かるよカール、君の言わんとする事が。君は百名の兵士に囲まれ、味方に守られた戦場で闘わない。常に敵地に身を置いて一人で闘い続けるからこその射撃術なんだろ?」


 前のめりになって説明を受けるレベッタは、まさにやる気の塊。その後も自動拳銃の操作方法や射撃姿勢、予備弾倉の再装填練習など精力的に取り組み、メキメキと上達していく。


「基本操作、基本動作はここまでとします。本来なら何ヶ月も習得に明け暮れるべきものなのですが、我々には時間がありません」

「残念としか言いようがないが、正直なところカールの言う通りだ。私も今の教えを無駄にしないように自主練習に励もう」

「良い心がけです。銃を構えた際の二等辺三角形(両肩を底辺とし、両腕・両手で頂点を作る三角形)を意識さえしていれば、決してあなたが撃ち負ける事はありません」


 カールは自分が握る自動拳銃とレベッタの持つ自動拳銃から弾丸を全て抜き、次のステップに進むと宣言した。


「レベッタ、より実践的な動きを教えます。ツーマンセルでの挙動を習得しましょう」

「ツーマンセル?何だねその言葉の意味は」

「ツーマンセルとは二人一組を意味します。単独で作戦行動を行ったり、二人でちぐはぐな行動をするよりも、遥かに生存確率が増える行動方法です」

「そうか!それを私が習得すれば、少なくとも君の足手まといにはならないな!」


 ニッコニコの笑顔でやる気を見せるレベッタ。銃と言う物騒な物を手にしながら、この天真爛漫な笑みを浮かべる彼女を見て、微笑ましいのか危なっかしいのか良く分からなくなるカール。苦笑の笑みを口元に浮かべながら、それではツーマンセルについての具体的な説明から始めますよと講釈を始める。


 だが、その「カールによるエージェント養成学校」は突然の訪問客で閉校を余儀なくされてしまった。

 何故ならば、ボヘボヘボヘ!と頼り無さそうな排気音を響かせながらも、一台の車が猛スピードで二人の元へと近付き、雪煙を巻き上げながら急停止したのだ。

 一体何事だと見詰めるカールとレベッタの前に現れたのは、謎の協力者であるオスティン・フリートラント。普段ならカールたちに余裕たっぷりの笑みで接して来る彼が、この時ばかりは血相を変えて慌てていたのである。


「カールさん、レベッタさん、重大ニュースです!プロニスラフの公国領事館が武装勢力の襲撃を受けました!急いでホテル・ベシュナイテバーグ(雪山)に向かってください!」


 オスティンは皮肉は言うが嘘や冗談で人を驚かすタイプの人間ではない。彼の言っている事は本当の事なのだろうが……何故領事館の隣にあるホテルに向かう必要があるのか?

 不審に思うカールたちだが、事の重大性を鑑みて射撃訓練は中止。一路市街地へと急いで戻ったのであった。



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