138 誓いながらも
「……以上、これらが昨年末より今年に起きたパルナバッシュ政変の一連の流れです」
文官が読み上げた書類の内容は、昨年末より内外へ発表された政府公式発表や、新聞の外信記事の一部抜粋。時系列を追って、パルナバッシュ王国はどう変わったかと言う概略の説明だ。
「それでは、証言者ダールベック中佐への質疑応答を始める。先ず最初に、中佐の所属する参謀情報部三課について説明願おう。パルナバッシュに政変が起きた際に、どのような任務を帯びて彼の国に滞在していたのか、説明を願いたい!」
カン、カン! ──議長が木槌を叩いて時間の流れを区切り、オレルに対して立席と説明を促した。
「私の所属する参謀情報部三課に、とあるルートより秘密の情報がもたらされました。それは隣国パルナバッシュ王国が新型大量破壊兵器の製造に着手したと言う内容の情報でした」
オレルは乞われたままに全てを話す。大量破壊兵器とは核物理学に基づいた兵器であり、たった一発の爆弾で首都が一瞬にして蒸発するほどの威力を持っている。それが完成して実戦投入されてしまえば、公国とパルナバッシュ王国とのパワーバランスが完全に狂ってしまう事を主張したのだ。
「公国の国内外全てを対象として、発生した国家安全保障問題に対して解決を図るべく作戦行動を行うのが、我ら参謀部参謀情報部三課です。この大量破壊兵器の研究者と開発施設の排除を目的に、三課はパルナバッシュに極秘潜入しました」
オレルの説明にどよめく傍聴席の一般人たち。
だがオレルにしてみれば、彼ら傍聴席に座る者たちはゲヘナ・ウォーカーを見下して嘲笑する、堕天使の転生者たち以外の何者でもない。それだけではない。委員会の委員として列席に座る貴族議員たちも、オレルの証言に驚きどよめくものの、根底にあるのは傍聴者たちと同じ。先ず何よりも、オレル・ダールベックを嗤っている。
彼らは核兵器の存在に驚きながらも、悪魔と化した転生者の弱さを軽蔑しているのだ。 ゲヘナ・ウォーカーごときが小賢しいと。
つまり、この公聴会は全てが茶番
オレルが堕天使の転生者たちに歯向かわぬように釘を刺すデモンストレーション
ある程度の自由は認めるが、もし"公国"に楯突いた時は想像も出来ないほどのスケールで逆襲するぞと言う脅し
オレルに対して主従関係をはっきりさせるための、圧力以外の何ものでもなかったのである
だから、そうであるからこそ
“……壊そう……”と、そうオレルが胸の奥底に圧倒的な破壊衝動を誕生させたのである。
五大貴族に直接面会し、マルヴァレフト以外の全てが堕天使の転生者だと知った。そしてこの国自体が堕天使転生者たちの楽園である事も知った。
それ以来、堕天使転生者たちの嘲笑に打ちひしがれていたのだが、今回この公聴会出席をもって、彼は目指すべき最終到達点をはっきりとさせた。
──そうだ。壊そう、こんな国壊そう。そうしよう──
これが、転生を繰り返した末にこの世界にたどり着き、この国で生を受けた者が出した結論である。
公聴会に出席しながら、委員会の指示に従い発言をしながらも、彼の中でふつふつと湧き上がった揺るぎなき決意である。
そしてオレルの発言が終わった後は質疑応答の時間。委員会の議員たちは疑問をぶつけるように、質問をどんどん投げかけて来る。
──作戦遂行の予算はどう捻出したのか? 部隊員は何名で現地協力員はいたのか? 大量破壊兵器開発を頓挫させたのは喜ばしいが、データは持ち帰ったのか? など、あらん限りの質問をぶつけて来るのだが、オレルは答えられる事は答え、答えられない事は国家機密を盾に答えを拒んでいる。
「あくまでも噂ではあるのだが、中佐が創設した参謀情報部三課には、国家予算以外の資金が入り込んでいると聞いたのだが」
「私はそれをお答えする立場にはありません」
「わたくしも聞いた事がございます。どうやら公国有数の貴族家が個人的に出資しているとか。中佐、真偽をお伺いしてもよろしいかしら」
「三課情報部は軍事機密、国家機密に属する情報を扱う部署です。部隊の性質上開示出来る情報はありません」
「中佐、中佐ご自身がマルヴァレフト・ランペルド公爵の館に出入りする姿を見たと言う噂もありますが」
「噂に対して言及する事はありません」
「中佐、あなたは先ほど宣誓したはずです!委員会の質問には誠意をもって答えていただきたい!」
「先ほど、嘘偽りの無い発言をすると宣誓したのは私で間違いありません。しかし機密に関わる情報や、パルナバッシュ政変以外について発言するとは宣誓しておりません」
絶え間なくオレルに降りかかる「嫌がらせ」と言う名の圧力。それを頑なに押し除けながらも、オレルはその間も堕天の転生者たちをひたすら嫌悪する時間に費やしている。
“……嗚呼、嫌だ嫌だ”
“奴らの見下す眼が嫌いだ、嘲り狂う顔が嫌いだ、口元に浮かべる薄笑いが嫌いだ。人の皮をかぶり、腹の底では堕天使の行動原理を守ろうとする奴らが嫌いだ”
“しばらくは怯えるフリをしたまま、奴らに嗤われるだけ嗤われよう。だが、マルヴァレフト家と最後のアムセルンドを守り、そしてこの国の人間を守り切るには、私にはまだ足りないものがある”
堕天使の転生者たちは、何故この国に集中したのか?その原理が分からなければ、行動を起こすのは危険。
堕天使の転生者たちが、この楽園を作り上げた上で何を最終到達点としているのか、それが見えなければ行動を起こすのは危険。
堕天使の転生者たちを、その楽園を完全排除するためには、まだまだ情報も戦力も足りない。そのために今後は堕天使排除に心血を注ごうと決意したのだ。
前世の黙示録戦争のきっかけを作った堕天使たち。前世のオレルが人間時代の記憶を失うほどに激怒し、そしてゲヘナ・ウォーカーに堕ちたきっかけを作った堕天使たち。
それらがやはり転生し、堕天使の楽園として作られたアムセルンド"公国"において、今も下卑た笑みを口元に浮かべながら闇で蠢いている。
“良いか、嗤ってられるのも今のうちだ。今は屈辱をそのまま受け入れよう。だがいつか必ず、私を嗤った事を後悔しながら死んで行け”
──オレル・ダールベック。国に忠誠を誓う軍人でありながらも、忠誠を誓ったはずの公国を完膚なきまでに叩き壊そうと決めた瞬間、彼が自分自身に誓った瞬間であった。




