137 プロローグ “公聴会”
アムセルンド公国国会議事堂は今、閉会期間中でありながらも、異様な熱気に包まれている。
貴族院議員会館の会議室中ホールで貴族院議員が緊急の特別委員会を開催しており、その委員会による公聴会が開かれようとしていた。
会場は大学の講堂のように三方が階段式の客席でせり上がり、紳士淑女で埋められた客席……つまり傍聴席はほぼ満席に近く、会場は熱気に包まれている。
客席に座る者たちの視線が全て注がれているホール中央には、長い長い立派なテーブルが据えられており、特別委員に任命された貴族議員がズラリとならんでいる。
そして、貴族議員たちの視線の先にある小さな机、小さなテーブルこそが、本日の公聴会の主役が座する場所……この特別委員会に招集された者が座る証言者席であったのだ。
「定刻となりました!それではこれより、貴族院議員特別委員会による公聴会を、ここに開催いたします!」
長テーブルの一番端にいる司会進行役の議員が声高らかにそれを宣言すると、長テーブル中央に座るひときわ風格の漂う老議員が木槌を叩き、ザワついていた会館は一瞬にして静寂へと変わった。
──ダールベック中佐を入廷させよ!証言者席へ!──
カンカンと、硬い木槌の音が館内に再び響くと、中央ホールに繋がる通用門が開き、軍服姿の青年が現れて証言者席へと向かい出す。
……ゲヘナ・ウォーカーだ……
……うふふ、あれがゲヘナ・ウォーカーなのね……
傍聴席のあちこちから聞こえて来る囁き声は、間違いなく嘲笑。証言者として委員会に召喚された軍人オレル・ダールベックが、どのような前世を生きて来たのか知っている者たちが嘲る、オレルに対する侮辱を含んだ声である。
「これより、パルナバッシュ王国に対する諜報活動、それによるパルナバッシュ王国の大量破壊兵器製造阻止作戦に対する公聴会を開催する!先ずダールベック中佐は証言者席の前に立ち、所属や氏名を申告したのち、宣誓を行うように!」
巌のように厳しい顔をしたオレルは証言者席の前で直立不動となり、右手の平を肩くらいの位置に掲げながら、最近発明されたばかりの「マイク」と「スピーカー」に抑揚のない低い声を乗せた。
「アムセルンド陸軍総局参謀部 参謀情報部三課 指揮官オレル・ダールベック。認識番号336781、階級は中佐。……私ことオレル・ダールベックは、公国陸軍軍人としての誓いを穢さぬよう、当委員会の公聴会にて、嘘偽りの無い発言を行う事をここに宣誓します」
宣誓を認められて着席したオレル
ピンと背中を伸ばした凛々しい姿勢なのだが、無表情の奥にある瞳の色は酷く弱々しく、被虐的な懐疑と怒りの色に満ち満ちている。
「隣国パルナバッシュで起きた政変。公国陸軍の秘密作戦組織がとった軍事作戦行動が影響したか否か」を検証する委員会──その公聴会において、オレルは当事者としての証言を求められている。
つまり、これは単なる状況の説明会であり、秘密作戦の是非を問うたり作戦遂行者を断罪したりと、参謀情報部三課とオレルを懲戒する目的で招聘されたのではないのだ。
あくまでも政治、外交、軍事の三方面から他国への影響力を推し量ろうとする専門委員会が開催した公聴会。オレルに求められているのは、包み隠さず事実を述べる事のみ。この一点でしかない。
……だがオレルは、ギロチン台に立たされたような表情をしている。凶悪事件の被疑者として扱われている訳ではなく、ましてや被告人席に居る訳でもないのに、"全てが終わった"かのような陰惨な色を瞳に浮かべているのは、この公聴会の会場に足を踏み入れた途端に、完全なる敗北を悟ってしまったのだ。
“この会場にいる者たち、そのほとんどの者たちが堕天使の転生者だ”
出廷を求められて会場の扉を開けてから、証言者席へたどり着くまでの間に、彼は傍聴席から向けられる好奇の視線と囁き声の質に気付いていた。ーーそれはオレル・ダールベックの前世がゲヘナ・ウォーカーである事を知る者の視線。そしてゲヘナ・ウォーカーと言う哀れな存在を嗤う者たちの囁き声。つまりこの会場は動物園であり、初お目見えとして自分の姿を晒したオレルは、観客を喜ばせるための珍獣である事を求められていたのだ。
何故堕天使の転生者たちはそこまでしてマウントを取ろうとするのか……全ては、ゲヘナ・ウォーカー"ごとき"がこれ以上公国の指導者たちに牙を剥かないため。堕天使の転生者たちが集う堕天使の楽園「アムセルンド公国」をかき回さないように、彼に釘を打つデモンストレーション。
──これだけの堕天使転生者がお前を監視しているのだ、おとなしくしていろ──
オレルは晒し者にされながら、堕天使の転生者たちから圧倒的な無言のプレッシャーを受けていたのである




