135 同業者の共感
「いやあ、奇遇でしたね。銃声がしたのでニュースだと思って来てみれば、まさかカールさんだとは思いませんでしたよ」
以前カールに対して新聞記者だと名乗った、謎のフォンタニエ人、オスティン・フリートラントが、にこやか且つ臆面も無く再会を喜んでいる。
慌てて後部座席に乗り込んだカールとレベッタは、そんなフリートラントの再会の喜びとは無関係とばかりに、振り返って背後の様子を伺いながら息を整えていた。
ヘッドライトが煌々と雪道を照らしながら、街中を疾走する車。救出してくれた礼を言う二人に対して、フリートラントは問い掛けた。
「どうします?領事館に向かえば良いですかね?」
「いや、領事館は明日の昼間に行く。今日はプロニスラフ駅前にあるセントラルホテルに向かってくれ」
「ホテルですか?」
「ああ、襲撃者たちには明らかな殺意が感じ取れた。我々の素性を把握している証拠だ。あの場を脱出出来たとしても、領事館前でも待ち構えている可能性がある」
「なるほど。帰る場所まで把握されてるなら、高級ホテルで一晩明かしておいて、人目の多い日中に戻ると。さすがカールさんだ」
軽快な笑い声が運転席から聞こえて来る。
カールは彼と会話を重ねながらもレベッタから借りた拳銃を凝視しつつ、眉をしかめている ──この回転式拳銃、実戦にまるで向かない儀礼用じゃないか。何年制のレトロ銃なんだ と
そして不思議な事に、あの快活でお喋り好きのレベッタは沈黙したままうつむいている。
「フリートラント、話せる範囲で構わないから教えてくれ。奴らは一体何者だ?」
「私にも詳細は分かりませんが、不法入国者たちであるのは間違いありません」
「不法入国者だと、一体どこの国からだ?アークヴェストか、アムセルンドか?」
「いいえ、決まった国から集団で入国して来た訳ではありません。何かしらの目的を持って様々な国から不法に入国して来たのです」
「何かしらの目的?それは個別に目的があると言う事か?それとも統一性のある目的なのか?」
「それに関しては今のところ不明です。不明ですが、彼らがこのプロニスラフで行動を起こすための、原理的な意図が存在するのではと考えます」
「宗教か、あの大聖堂に深く関わりのある宗教が関係しているんだな?」
「それには言及出来ません、私が言えるのはここまでです」
フリートラントにはフリートラントの立場がある……。これ以上彼を問い詰めたところで、何も情報を引き出せないと判断したカールは、情報に対しての礼を言いながら、自分の脳裏で整理を始めた。
──襲撃者たちはアムセルンド人を憎んでいた。そして彼らはアムセルンド人を堕天使の血族と表現を変えて忌み嫌っていた──
“高値安定”で表社会も裏社会も穏やかに推移するこのプロニスラフで、我々が危険な兆候を感じ取ったのは、まさにこの襲撃者に象徴される宗教集団なのかも知れない。
そこで彼はハタと気付く。
本来なら、子犬のように尻尾をパタパタと振りながら、情報解析や分析に喜んで首を突っ込んで来るレベッタが、車に乗り込んでから今の今まで、まるで反応して来ないのだ。
「レベッタ、どうしました?どこかケガをしましたか?」
心配そうに顔を覗き込んだカール。すると彼女は顔を真っ赤にさせて唇をモゴモゴと動かしながら目を合わせようとしない。
「……カール」
「はい?」
「君は見たのか?見てしまったのか?」
「見たのかとは、一体何を見たかと私に聞いているのですか?」
レベッタは顔を朱色に染めたまま、消え入りそうな声で言う……君は私のスカートの中を見たのかと。そう、彼女は全身を襲う羞恥心の嵐に耐えていたのだ。
「ええ、見ましたよ」
「あっさり言うなよ、恥ずかしいじゃないか」
「いえ、答えを求めて来たのはレベッタですよ」
怒りのやり場や羞恥のやり場に困り、身体をうねらせながら悶絶する彼女を見て不憫だと感じたカールは、何とか彼女を慰めてやらねばと言葉を選ぶのだが、そこに彼の悪戯心が無かったとは言えない。
彼女の天真爛漫さで終始調子が崩れるカールにとっては、たまにはやり込めてやろうとリベンジ心が沸いたとしても不思議ではなかったのだ。
「レベッタ、良いですか?見てないと私が答えれば、私はあなたに嘘をついた事になる。逆に凄いの見ちゃいましたと喜べば、あなたの乙女心が傷付く。だから事実を淡々と答えたのです。目の保養ありがとうございました」
それを言われて溜飲が下がるレベッタではないのだが、今はカール以外の第三者も同じ空間にいる。いちいち騒ぐ煩い人間だと思われても癪なので、「保養になったらそれで良い」と震える声で絞り出し、この件について言及するのをやめた。
「カールさん、もうすぐホテルに到着しますよ」
「借りが出来たな、いつか返すよ」
「いえいえお気になさらず。また困った事があったら言ってください」
社交辞令、そう、これは社交辞令なのだがカールは便乗した。
謎の経済調査官と駐在武官を乗せて車を運転する謎の新聞記者に対し、駆け引きや言葉遊びに終始していた現状をぶち壊すように、カールはズドンと直球を放り込んだのだ。
「困った事か、それならば一つ相談に乗ってくれ。私と彼女の分、二丁の拳銃が欲しい。旧式の回転拳銃じゃないぞ、フォンタニエ陸軍が開発して試験運用しているスヴェン自動拳銃だ。、、、これを二丁と予備弾倉、そして弾丸六十発を用意してくれ」
この要求には、さすがのフリートラントも笑った。
スヴェン自動拳銃はまだ正式採用もされておらず、内外に向けて発表もされていない次世代の携帯武器。
その秘密兵器を寄越せと言う事は、使いこなせるから寄越せと言っているのと同義であり、カール・オーウェンミュラーは昨年アムセルンド公国陸軍の一部で採用されている自動拳銃を扱っていたと言う推察にも繋がる。
──つまり、カールが特殊な任務を背負った軍人である事を、ほのかに打ち明けてくれた事につながるのだ。
カールの要求に対して、イエスともノーとも答えずに愉快に笑った理由それは、あなたも私も同じ世界の人間、同業者なのだと言う共感から来ていたのだ。
「……明日の昼過ぎに領事館へ荷物が届くと思います、プロニスラフ新聞社からカールさん宛てでね。楽しみにしていてください。それと、今宵は良い夜をお過ごしください」
ホテルのロータリーを一周して、フリートラントの車は去って行った。
去り際の彼の笑顔、その瞳の奥には“駒が二つ出来た”と言う満足感に満ちていた事……カールは見逃してはいなかった。




