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凛として外道のごとく 『ワレ、異世界ニテ特殊部隊ヲ設立セントス』  作者: 振木岳人
◆ プロニスラフの暗闇から見つめる者 編
134/157

134 星空の下に咲く白い花


 『サンクトパタラルチア大聖堂』

 プロニスラフの旧市街にあるこの古い建物は、神聖魔法発祥の場所として、宗教的魔術者……つまり教義に基づいて魔法を操る、神官や司祭が聖地として崇める場所である。

 百年二百年の単位ではなく、千年二千年単位で遡った先にこの大聖堂のルーツがあり、悠久の歴史をこの地で見詰めて来た背景がある。

 ただ、遡れば遡るほどに顕著に現れて来るのは、歴史的史実の曖昧さ。この大聖堂も後に聖人の認定を受けた『聖ヤンカミル司祭』が建立したとされる聖堂であるとの言い伝えがあるだけで、本当にヤンカミル司祭なる人物本人が建立したかどうかは分からない。

 また、五大属性魔法以外の新たな魔法形態として、神仏祈祷による魔法発現ジャンルである「神聖魔法」を氏が確立したのかどうかも分からない。

 それに対する詳細な文献が残っておらず、言い伝えと言う口伝で現在まで受け継がれて来た事から、どこまで信憑性があるのかは不明だ。だが、今もなお熱心な信者や神聖魔法の術者や研究者たちが詣でている事からも、そのルーツの根幹を求めるよりも、この今を大事にする気運があるのは確か。


 だからこそ、その根幹にこそ秘密があるのではと考えたカールとレベッタ。ランチに満足したその後は、再び図書館に篭って一心不乱にページをめくり続けた。『サンクトパタラルチア大聖堂と、それにまつわる宗教形態の変遷』

 二人はこれらについて調べ始めて初日の夜を迎えたが、思いの外文献の量が多く難航している。だが、まだ漠然とはしているものの得たものもある。

 神聖魔法についての初期研究者……つまり魔法神学者たちが、大聖堂建立にあたりヤンカミル司祭に協力し、それに感謝した司祭は後々まで残るようにと、大聖堂の壁に協力してくれた神学者たち各宗派の紋章を彫り込んだと言うのである。

 つまり、もしあの奴隷少女たちに彫られていたタトゥーと同じ紋章が大聖堂に彫られているなら、あのマークは神聖魔法に深く関わる古代宗派の一つである事が証明され、今も亜人たちに対して何らかの影響力を持っていると証明されるのだ。


 まだ詳細は掴めていない。濃い霧の中を手探りで進むよりはマシな程度ではあるが、表情の明るくなった二人は図書館閉館後に街で食事を取り、そして大聖堂へ行ってみようと歩き出した。


 図書館から大聖堂までは徒歩で十分ほどの距離しかなく、飲食街から図書館に置いた車に戻るならば、途中で大聖堂に横道を逸らしたとしても、さほどくたびれる距離ではない。

 もちろん、大聖堂は門が閉まっており、なんぴとたりともその敷地に招き入れられる事は無い。だからこんな夜に行っても、何が分かるでもないのだが、レベッタが行ってみようと言い出した。

 雪雲が晴れた久々の星空に照らされながら、二人で夜の街を歩く。そこにロマンチックなものを見い出したのかどうかは分からないが、高揚感に満ち溢れる彼女は行動力の権化と化していたのだ……


「いやあ、さすがに寒いね。鼻水が止まらんよ」

「これだけ晴れていれば地上の熱は空に逃げて行きますからね。もっと冷え込んでくるはずですよ」

「カール、君は遠回しに私を責めているね。良いじゃないか門限がある訳ではないのだから」


 ブーツの足首まで積もった雪を、ギュッ、ギュッと乾いた小麦粉を押し潰すような音で踏み締めながら、夜のプロニスラフを歩く二人。ほどなくしてサンクトパタラルチア大聖堂の前にたどり着くも、大聖堂を囲む高い門に閉ざされており近付く事すら叶わない。


「うむ、暗いし遠いしで、これじゃ分かる訳無いよね」

「だから私は言いましたよ、行くだけ無駄だと」

「いや、違うんだよカール。これはね、気持ちの問題なんだ」


 二人の行く手を阻む格子状の高い門に向かい、レベッタは人差し指でビシリと指差す。そして左手は腰に添えてポーズを作り、まるでそれは挑戦状を叩き付ける態度のデカいチャレンジャーのようにも見える。


「これから戦うであろう敵や、これから攻略するであろう難関陣地に向かって、こう言うのさ。……良いか、今に見ていろ。とね。がぜんやる気が湧いて来るだろ?」


 ──いやそれ、逃走する時とか悔し紛れに言う捨て台詞なんじゃ? と思ったカールではあったが、彼女の名誉のために沈黙で通す。本来ならば盛大にツッコミを入れてやりたい欲求に駆られるのだが、星の降る夜に二人と言うシチュエーションが、彼を近衛騎士(ナイト)に変えてしまっていたのだ。


 だが、結果としてカールの沈黙は別の副産物を産んだ。沈黙した事で、周囲に存在する“他人”の息遣いに気付いたのである。

 彼の表情はあっという間に険しい顔へ。「後ろに下がって」と低く呟きながら、レベッタの左手を掴んで丁寧に引っ張った。


「どうしたカール、何事だ?」

「複数名の足音が聞こえた気がします。気のせいであれば良いが」

「足手まといにはなりたくない、君の判断で指示を出せ。私は素直に従う」


 大聖堂の門を背中にして身構えた二人の視線は、道路の反対側に並ぶ家々の街路に。そしてカールの杞憂に終われば良かったのだが、それは現実となって二人の前に現れたのだ。


「な、何だ彼らは?」


 カールのコートの裾が軽く引っ張られる。怯えたレベッタが彼に近付き無意識に掴んでいるのだが、彼女が怯えるのも無理もない。二人が見据えた路地から、ゆっくりと四人の男女が横に広がりながら向かって来たのだ。


(……アムセルンド人に死を……堕天使の血族に死を……)


 ローブのような真っ黒いコートに身を包んだ四人組は、人間や獣人などまるで統一性の無い集団だ。だが、まるでキャッチフレーズのように簡潔でインパクトのある残忍な台詞を交互に吐きながら、じわりじわりとカールたちとの距離を詰めて来た。目を凝らせば、四人が四人とも宗教的な意匠を施したようなナイフを握っている。


「どうやら、交渉の余地が無いほどに、やる気満々みたいですね」

「カール、額に注目しろ。彼らにもあのタトゥーがあるぞ」

「なるほど、我々がこの地にたどり着く前から、敵の尻尾は踏んでいたと言う事ですね」


 じりじりと後退するカールたちだが、背後には大聖堂を守る鉄柵の門と壁がそびえており、図書館側か飲食街側に舵を切らなければ逃げ出す事すらままならない状態。

 尚且つこの雪深き状態では足場が悪く、格闘戦で彼らを撃退するのは至難の技である。自分は生き残る事が出来たとしても、ほぼ実戦経験の無いレベッタの負担が計り知れないからだ。

 逃げ出すのが精一杯、それしか方法は取れない以上、この襲撃者たちが追撃して来ない状況を作るしかない。


「……レベッタ、銃を貸して下さい」


 襲撃者たちに射るような視線を向けて威嚇しつつ、彼女が肩から下げているバッグに手を伸ばす。だが思いの外バッグは軽い、そこに銃が入っているとは到底思えない軽さだ。


「レベッタ、銃はどこに?」


 先日、新聞記者を名乗る謎のフォンタニエ人が接近して来たのを機に、カールは街に出る際に銃を隠し持つのをやめた。れっきとした政府外交官であるならば外交特権を理由として、身体検査を拒否する事も出来るのだが、カールのような「怪しい」民間委託外交官は、最悪身体検査で銃を取り上げられる可能性もあるからだ。

 ──だから駐在武官である彼女の銃が最後の砦だった。銃を装備するなとは言わず、アップサイド・ホルスターやヒップ・ホルスターではない方法で銃を携帯しろと指示した。だが肝心の彼女のバッグに、銃が入っていないのだ。


「……中にある」

「うん?今何て言ったんです?」

「……トの中にある」

「レベッタ、銃が必要なんです。貸してください」


 何故かこの期に及んで、レベッタはうつむき加減で顔を真っ赤に染めている。そしてカールの問いにまともに答えられず、言い出し辛そうに口をモゴモゴさせているのだ。

 だが彼女も馬鹿ではない。今自分が置かれた環境が時間との闘いである事を充分承知しており、無為にこのままここに留まれば、どんな悲劇が待っているかなど分かり切っている。

 だから叫んだ。彼女は恥を押し殺しながら、パートナーの要求に大声で応えたのである。


「カール、スカートの中!右の太ももにホルスター!」


 彼女が叫んだと同時に、彼も電光石火の勢いで瞬時に動く。

 小さな声で「レベッタごめん」と謝りながら、彼女のロングスカートを両手でバサッと、盛大にめくり上げたのである。


“銀世界に一輪の白い花が咲いた”


 詩的な表現を胸に抱くも、その感慨に浸っている状況ではない。

 白い花が咲いているうちに、雪のような真っ白な太ももにに、ぴったりと付いているホルスターから銃を抜き、カールは星空へ狙いを付けて引き鉄を引く。

 ……タン!と、シンとした銀世界に反響する巨大な炸裂音が放たれると、さすがの襲撃者たちも怯んで足を止めたのだ。


「それ以上近付くと撃つ!弾の残りは五発、君たちは四人だ。気に入らないヤツにおまけでもう一般鉛玉をプレゼント出来るぞ!」


 頭から蒸気を吹き出す勢いで赤面するレベッタは、カールが襲撃者たちとの距離を開けようとしている意図を察知し、彼のコートの裾を引っ張りながらジリジリと後退を始める。だが背後には大聖堂の門があるので、車がある図書館側か飲食街側か、方向転換を選択しなければならない。


「飲食街に走ります。人気(ひとけ)の無い方向では別の集団が待ち構えて挟み撃ちにされる可能性がある」


 襲撃者に銃口を向けたカールが転倒しないよう、彼のコートを引っ張りながら方向を変える……その時だ。暗殺集団と外国のエージェントが対峙するこの緊張高まる空間に、満を辞して予定調和のように一台車が飛び込んで来たのだ。


「カールさん、カールさん!これに乗って!」


襲撃者を散らして現れて、二人の前で急停車した車。その窓を開けて叫んだのは何と、“あの”謎の新聞記者、オスティン・フリートラントであったのだ。



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