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凛として外道のごとく 『ワレ、異世界ニテ特殊部隊ヲ設立セントス』  作者: 振木岳人
◆ プロニスラフの暗闇から見つめる者 編
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132 腹の探り合い


 横に広がる楕円のサークル、その中心を射抜く矢……それが彼女たちの額にあった小さなタトゥー。目を凝らして見なければ単なるアザに見えてしまうが、そのシンボルマークこそが、奴隷少女たちの心の拠り所。

 ──そう考えたカールとレベッタは、プロニスラフにはびこる裏社会に対してのアプローチを一時中断。奴隷の少女たちが入信している宗教について調べるべきと行動を開始した。

 

 二人が赴いたのはプロニスラフの国立図書館。このプロニスラフ県だけでなく、北西州随一の蔵書を誇る巨大な図書館である。歴史書や文学文芸だけでなく、禁書指定の無い魔導書なども収められており、市民の憩いの場としてだけではなく、学問を修める者たちにとっても膨大な知識を提供する、まさに知識の泉であったのだ。


 雪深い朝の開館時間から図書館を訪れたカールとレベッタは、早速神学書や宗教書が収めてあるコーナーへと乗り込み、奴隷少女たちのタトゥーが宗教的に何を意味しているのかを知るべく片っ端から蔵書を開き始めた。

 だが、半日が経過して初日が終了してしまった段階でも、残念ながら未だにそのタトゥーの意味は判明していない。

 レベッタの閃きに対してカールは異論を持ち合わせておらず、何かしらの宗教によるシンボルマークであると彼自身も推察しているのだが、何ら手掛かりを得ないままに一日目が終了してしまった。

 徒労に終わってしまったものの、突破口は必ずそこにあると信じた二人は、気持ちを切り替えて二日目に突入。眼精疲労との闘いが始まったのである。


 大陸全土に古来より広まった神話に基づく宗教や、起源を同じくしながらも各地で変遷して行く土着宗教など、それだけでも無数に存在するのに、新興宗教や魔導系宗教やその土地独特の宗教まで含めると膨大な数が存在する。

 それを片っ端から調べるのは時間の無駄に等しい事から、何か絞って調べる事は出来ないかと昨晩話し合った二人は、「亜人の宗教」についてポイントを絞る事で合意した。

 人間社会には知られていなくとも、エルフやドワーフやホビットそして獣人たちが独自の宗教を持っているならば、それが書かれた宗教書を紐解けば良いのである。


 ただ……二人は煮詰まっていた。

 宗教書の表紙や様々なページに描かれた紋章の図や挿絵を見さえすれば、簡単に見つかると思っていたものの、思ったほど簡単に見つからない。古い本には挿絵すらないものもあり、パラパラめくっただけで判別するのは難しいのだ。


“長期戦になりそうだな”


 目頭をグイグイと指で揉み解しながら、カールは喫煙のために席を立つ。休憩してくれと声をかけた先で、レベッタは目をくるくると回転させながらカールに手を振り見送った。


 大した人だ── 今のところ、レベッタに対する評価は総じて高い。

 貴族の令嬢として生まれながらも、外の世界へ羽ばたく事を求めて軍に入隊したのであろうが、士官学校で首席卒業の栄誉を受けながらも、まるで軍人に染まっていない頭の柔軟性。そして貴族令嬢特有の好奇心の塊のような性格を持ち合わせていながらも、仲間たちをその好奇心で振り回そうとしない協調性の高さ。

 カールの護衛役でありながらも、必要ならばカールの秘書役となって面談相手の前で控え目な役を演じるなど、特殊な任務に即座に適応するその順応性の高さも相まって、カールは内心レベッタに対してかなり高い評価を付けていた。

 軍にありながらも軍人らしくなく、貴族令嬢でありながらも貴族令嬢らしからぬ彼女が、自分の見据える世界に何を求めているのかまでは分からないが、奴隷少女たちの姿に憤る彼女の正義に対する価値観も踏まえて、カールはこう感じていたのだ…… 諜報員として高い能力を発揮出来る人だと

 だが、それを親や親族が許す訳は無いであろう。何故ならば、知り合いの副領事に頼み込んで、彼女に華を持たせながらも家元に戻そうとする親がいるくらいなのだ。

 カールは口元を歪めて静かに苦笑しながら、図書館のロビーにたどり着き、脇に設置してある灰皿台の前へ。懐からタバコを取り出して咥え、マッチに火をつけた。


「すいません、火を頂いても宜しいですか?」


 タバコの先端がホタルの灯りのようにジワッと橙色に輝いた時、右手に持ったマッチの炎に吸い寄せられたかのように、一人の男性がタバコを咥えたまま顔を寄せる。

 どうぞと言って火を着けてやり、無事にタバコの先に火がついた事を見届けてから火を消した。


「助かりました。上着が雪で濡れてマッチが湿気ってしまいまして」


 紫煙を美味そうに吐き出しながら、その男性はにこやかに礼を言って来た。

 大きなバッグを肩から下げたスーツ姿の青年で、三十三歳のカールよりも少し若いかなと感じるくらいなのだが、愛嬌たっぷりの丸い黒縁眼鏡のその奥に、鋭い目を持っているなと言うのが第一印象だ。


「友人からオイルライターを譲り受けたのですが、どこかで落としてしまいまして。予備でマッチも持っていたのですがこのありさま。オイルライターはもったいなかった事をしました」

「オイルライターはタバコの風味を消すと言われていますよ。時代が変わっても、私はマッチの香りで火を点けたいと思ってます」


 青年のボヤきのような言葉にそう返事をしたカール。未だにオイルライターは高価な官制品で、陸軍兵士にしか支給はされていない。そしてそれはアムセルンド公国陸軍だけでなくフォンタニエ陸軍でも同じはず……

 この胡散臭い内容の話を初対面の者に切り出して来るあたり、この人物は何かしらの理由を持って自分の前に現れた可能性があると、カールは内心警戒感を高め始めた。

 するとカールが抱いた警戒感は、さっそく現実のものとなって目の前に現れたのである。


「あれ?あなたはもしかして……アムセルンド公国の領事館の方ですか?」


 ──まあ、そう来るだろうね。そして私は領事館に知己のある「どこぞの者」だと自己紹介して、我々が何故に図書館に詰めているのか聞き出そうとする。彼がその流れを踏襲するなら当たりだな

 カールは目の前にいる青年の行動予測を腹の底で深読みし、尚且つ相手の会話のペースに巻き込まれないようにと、タバコの煙をゆっくりと吸ってゆっくりと吐き出し、間を開けてあらためて「そうですよ」と突き放すように答えた。


「ああ、やっぱりそうですか。最近領事館から出て来るのをたまたまお見掛けしたものですから……失礼、私プロニスラフ新聞社の社会部記者で、オスティン・フリートラントと申します」

「どうも、民間委託の経済調査官で、カール・オーウェンミュラーと申します」


 差し出された右手を掴んで握手し、挨拶を終えたカール。

 このフリートラントなる人物は、さっそくカールの事を「ミスタ・ホッフェンミョラ」と言い難そうに口ごもり、純粋なフォンタニエ人である事を露呈させながら、結局のところ呼び方はカールさんに落ち着いた。

 そしてまさにカールが予測した通りに会話を進めたのである。


 ──何度も領事館に赴いて、様々な方に取材させて貰った。領事とはこれこれこうで、副領事とはこんな内容でと、自分と公国領事館との良好な関係をアピールしつつ、フリートラントは微笑みながら核心をズドンと突いて来た


「最近、領事館で見慣れない顔の方がいるなあと思っていたら、まさかカールさんだとは。どちらから赴任されたのですか?プロニスラフでは何の調査を?」


 多分この男は、私の素性をある程度知っている。どちらから赴任して来たのか質問し、私が首都の公国大使館から来たと答えるかどうかで、私がどれだけ素性を偽装しているのかどうかを測っている。極力真実を伏せつつ、偽りの動機を真実だと思わせないと……

 ここでカールの態度が“多少”変わる。あまりつっけんどんな対応を続けると、個人的な理由ではあるが感情を害して相手の不興を買い、余計に執着される恐れがある。逆に雄弁に喋り始めれば、何かを隠すために饒舌になったと判断されてしまうのだ。自然を装いながら、核心ではない核心を語る事で、この場を誤魔化さなければならないと感じたカール。その根底にあるのは、このフリートラントと言うフォンタニエ人の青年の素性が、ひどく闇深いものがあると直感が働いたからである。


「今年度の公国白書に外交貿易関係が記載される事になった」

「よって、隣国フォンタニエの経済情勢も調査して報告を上げる必要が出て来た」

「更に言えば、今フォンタニエで一番の活況に沸いているのは、北西州プロニスラフ県である。プロニスラフを調べる必要性に駆られて、首都の大使館から派遣されたのだが……」


 いよいよカールの真骨頂が繰り出される。相手が何に興味を抱き、カールの発言に対してどう反応するかで、会話自体の落とし所を狙うやり方。それが炸裂したのである。


「経済と言うものは、表社会のみを額面通りに報告しても意味がありません。資本があり労働力があり、そこで流れる金が社会に出て、様々なところに行き着いて循環するから経済なのです」

「確かにそうですね。綺麗事だけでは社会の一片だけを見ているに過ぎないし、それで貧富を語る事は出来ない」

「ただ、このプロニスラフに来て頭を抱えているのは、裏社会が健全過ぎる事。何の抗争も起きずに高値安定が続くと言うのは、健全でもあるが別の視点では社会悪のシステムが完成されているとも言える。首都の麻薬抗争もさる事ながら、プロニスラフは裏社会が元気だと発表されたら、フォンタニエの人々は気分を害するに違いないと考えて、悩んでいるのです」


 なるほどそうでしたか── フリートラントはそんな陳腐なセリフでしか対応出来ていない。

 元々カールの目的を知ろうとして接近して来たのだが、そこに来てカールの報告内容によりフォンタニエの評判が左右されてしまうと知れば、彼も軽率な発言が出来ないどころか、事の深刻さに判断を持て余してしまったのだ。

 つまり、フォンタニエの威信を考えるならば、カールの裏社会の調査をやめて欲しいと言いたい、報告しないでくれと言いたい。だが、その発言が出来る立場ではないため、自分の組織の「上」に対して判断を仰がなくてはならなくなっている。そして、このフリートラントの反応でカールは確信したのである『オスティン・フリートラントは新聞記者を装った政府機関の諜報部員』だと。


「ま、何か気が重い調査活動になりそうなので、裏社会は一旦中止。この街は神聖魔法系の聖地でもある事から、宗教の側面から街を見てみようと、予備知識を入れるために、この図書館で勉強しているのですよ」

(うるわ)しの駐在武官殿を秘書に付けてですか?羨ましい限りですねえ」

「彼女を知っているのですか?」

「ええ、そりゃもちろん!この街の社交界で彼女を知らない者はいませんよ」


 何とか話題を別の方向に切り替えるのに成功し、二人は二人とも各々の事情をもって安堵する。そしてタバコの火が根元まで迫っていた事に気付き、その場を別々の方向へと分かれて歩き出す。

 細かい挨拶などはいらない。またお会いしましょうや、今度ゆっくり話す機会が欲しいなどと言う締めの挨拶はいらない。何故なら、二人ともまた顔を合わせると直感していたからだ。


「どうしたんだい?何か親しげに話をしていたが、知り合いかい?」


 気分転換にお茶と甘味が欲しいと思い立ったレベッタが、ホールに駆け付けてカールたちの姿を目の当たりにしたのだが、彼女の質問に対してカールは断定口調でこう答えた ──彼はフォンタニエ陸軍のエージェントで、我々を監視しながらもワザワザ挨拶に来たのだと


「フォンタニエ陸軍にそんな組織があったのかい?初耳だな」

「あけっぴろげで名の知れたスパイ組織なんか意味ありませんよ。昨年密かに発足されたばかりの防諜部隊、陸軍防衛委員会対外諜報部……FDIA、それが彼が所属するであろう機関の名前です」

「良く分かったね。さすがはカールと言ったところかな」

「無意識なのでしょうが、律儀に"殿"なんか付ける彼が甘かっただけですよ」


 ──この世界は、我々の居る世界の時間軸で言うならば、第一次世界大戦前に似ている。世界大戦前夜と表現しても良い。

 つまりは、敵国情勢などの情報量が多ければ多いほど、そしてスパイ活動や防諜活動に力を入れれば入れるほどに、トータルとしての戦争勝利に結び付く事が立証された時代。情報に価値を見い出したスパイ誕生の時代である。


 オレル・ダールベックは独自の発想で諜報機関を作り上げたが、それはもうオレルだけに許された独自の発想ではなく、世界標準として各国が動き始めた事を意味している。

 それはつまり、オレルのいる世界も大戦前夜の不気味な静けさに包まれていたのだ。



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