131 闇を見詰める者は 後編
自らの名前をゴランゾと名乗る人身売買マフィアのボスは、友人のツテでやって来た訪問者たちとテーブルを囲み、問われた内容について面倒臭そうに答えている。ただ、面倒臭そうではあるのだが、決して話を端折らないその姿は、この面談に退屈しのぎとしての利用価値を見出しているようにも見えた。
「人の命に貴賎など無く、皆平等だなんて言う奴もいるが、だったら値段なんか付かねえっての」
悪びれもせずにカラカラとした笑いを飛ばし、ゴランゾは酒に酔い痴れながらそううそぶく。
「愛玩用や労働用、引き取り手の事情も様々なんだが……先生さんよ、一番値段が張るのって何だと思うかね?」
嫌悪感による苛立ちや胃のムカつきを抑えながら、カールは作り笑顔で分からないと答える。するとゴランゾは悪魔のような毒々しい笑みを口元に浮かべながら、二人の背筋が凍り付く内容を語り出した。
──基本的に男も女も若ければ若いほど高い。労働力も夜の商売で長い期間金ヅルになるからな。逆に若過ぎとあまり需要が無いから安くなる。結局ガキは愛玩用にしか使えないから、貴族や起業家が住処や生活一式を用意しなきゃいけないからな。余計な金が掛かっちまうんだ。だから肉体労働向けよりは値段が落ちる。
そこでだ、一番高値で取り引きされるのはどんなものかって言うとな……健康な内臓なんだよ。医学と魔法医療学が近年目覚ましい進化を遂げたって話らしくてな、内臓が病んでるクライアントに健康な奴の内臓を手術で移植するらしいんだよ。
ゴランゾが言うには、臓器移植に関してはクライアント側からの注文内容が事細かく指示されており、それに見合った人体を探すのが酷く難しのでコストが掛かる大商いになるそうだ。
もちろん、臓器移植をする側は自分の命が延命される事で大喜びだが、臓器移植される側に待つのは「死」であり、他人のために喜んで死ぬ者などいない事から、臓器目当ての人身売買は非道とも呼べる裏稼業であるのは間違いない。つまるところこれはマーダーケース、つまりは殺人以外の何ものでもない。
──今は獣人の内臓が人気があるらしい。連中の内臓はタフらしいから、多少の魔法医術を施せばある程度の人間に適応するそうだぜ──
それを聞いて更に嫌悪感を高める二人ではあるのだが、何とか自重の言葉をギリギリと噛み締める事で、悪夢の時間帯を切り抜ける事が出来た。
自分たちの闇商売だけでなく、この地域での闇の物流、闇の金の流れや裏社会の勢力分布なども詳しい話を聞いて、だいぶ見えて来た感はあるものの、カールは再び心の中で首を傾げる。裏社会は裏社会で平和すぎる── と
聞けばプロニスラフを含むこの北西州では『荒事』がほとんど無い。マフィア間での抗争が無いどころか、国境を跨いだアムセルンドやアークヴェストなどの裏社会との軋轢も無く、裏社会が平和過ぎるのである。
アムセルンド大使館の暗闇で、フォンタニエ王国の情勢分析を行った結果、このプロニスラフ周辺が危険一歩手前の“オレンジ判定”になった理由がまるで見えて来ないのだ。
表社会も裏社会もさしたる騒動や騒乱など無く、常に活気に湧いている。
首都のどんよりとした沈滞ムードとは裏腹に、鉱物は飛ぶように売れ、物流運搬は止まる事を知らず、労働者は好景気に喜び、街の飲食街や色町はその灯りを落とす事は無い。またこれらの循環サイクルの影に潜む裏社会も、血で血を洗う抗争を起こさずとも入って来る、莫大な利益にホクホク顔である。
それをもって何が危険の兆候なのか、まさに五里霧中の状況下にカールは立っていた。
“裏社会は盛んでありながらも安定している。ならば表の社会に何かしらの歪みがあるのか?”
“国境付近でもある事から、フォンタニエが軍事行動を起こすとでも言うのか?いや、陸軍部隊が意図不明の移動をしているなどの情報などは一切入っていない”
プロニスラフが情勢不安定と判断されたその根拠を求めて迷宮に足を踏み入れたカールは、あらかた話し終えて雑談に突入した事を機と見て、面談を切り上げて去ろうとする。もはやこれ以上この事務所にいても、進展は無いものと見切ったのである。
「おう!お客様たちのお帰りだ。お前らちゃんと挨拶しろ!」
ゴランゾに挨拶して事務所を出ようとした際の事。面談中ずっと壁際に立っていた奴隷の少女二人が、カールとレベッタの間近に歩み寄り、つたないフォンタニエ語で「オツカレサマデジタ」と頭を下げる。
おや?と思って立ち止まり、少女の顔をマジマジと見詰めてしまったカールだが「何かに気付いた事を気取られる事」を避けるため、そのまま彼女たちに背を向けて事務所から出た。
……帰りの車中は散々である……
我慢に我慢を重ね続けたレベッタが、どうにも腹の虫が治まらないと、ストレス発散に騒ぎ始めたのだ。
「許せない、絶対に許さない!あれは人の成す事ではない。人が人を売り買いするなど、あってはならないのだ!」
助手席の床をブーツでガンガン踏み付け、ダッシュボードをポカポカ殴り付ける彼女は、そう叫んで荒ぶるもののカールを責めたりしない。レベッタも分かっているのだ、少女二人を助けたところで──と
「公国の名前さえ出さなければ!悔しいなあ、悔しいなあ。私にもっと力があれば、あんな人身売買組織など、業界ごと消し去ってやるのに」
「公国貴族の身分を持つあなたが、奴隷少女を見て憤慨する姿。私には意外でしたよ」
「意外かい?意外なのかい?貴族とはね、身分の一つを指し示す名称ではない。貧民や一般市民の頂点に立つような階級の事を言う訳じゃないんだ。貴族とは責任を請け負う立場の者を言うのさ」
「責任を請け負う立場、、、ですか?」
「ああそうだ、貴族は領民を守る職業の一つと考えれば良い。領民の代表として責任をもって領土と領民を守り、いざと言う時は領民の代表として責任をもってギロチン台に上がる。彼らにとって貴族は、清貧で高潔な模範でなくてはならないのさ。だからこそ、奴隷などと言うシステムを認めてはならない。人の魂に上下などあってはならんのだよ」
「レベッタのその認識には感服します。今まで自分の立場を利用して肥え太ったような、そんな貴族しか見た事が無かったものですから」
「ふふ、君の称賛は甘んじて受け入れよう。今は貴族業を営む連中ばかりで、本当の貴族は絶滅危惧種なのさ」
皮肉っぽく笑うレベッタであるが、時代の移り変わりを通じて彼女自身も忸怩たる思いをした事があったのだろう── そんな想像をかき立てられ、カールは素直に彼女を尊敬する。
そして、そろそろ領事館の正門に到着しようとする頃、レベッタがポツリと呟いた言葉が、カールの作戦活動に対して劇的な影響を与える事となる。
まるで先が見通せなくなっていたカールが、目からウロコをこぼしたきっかけの一言はこれ。レベッタが考え無しに口にしたただの感想だ。
「あの奴隷の少女たち、怯えていたが瞳に力が宿っていたな」
「やはりあなたもそう思いましたか。私もひどく違和感を覚えたのですよ」
「闇を見詰める私たちを見返すには、いささか力強過ぎた。彼女たちは何を心の支えにしている?」
人身売買マフィアの事務所で、去り際を見送った奴隷の少女たち。いずれも買い手が付けば絶望的な人生が待っていると言うのに、カールたちは彼女たちの瞳から力強い意志を感じていたのだ。
「カール、あれだな。彼女たちの左のおでこにあったアザ、あれはアザじゃなくてタトゥーだな」
「良く分かりましたね。私には共通の場所にアザがあると言う違和感しか得られませんでした」
「どこかで、どこかで見た覚えがある。あれは……宗教か!カール、あのタトゥーは何かの宗派を示すマークだった。その線で調べてみたらどうだ?」
諜報員としての教育など受けていないはずなのに…… と、彼女の着眼点に脱帽するカール。
いよいよ真なる闇は見えて来るのか、そして闇から覗き返す者の正体とは一体何者なのか
公国の諜報部員は、闇の中の更なる闇、その扉を開ける事となる。




