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127 命の人質


 エレベーターの階層を示す矢印が五階、四階と、緩やかに地上階へと下がって行く。室内にいる一組の男女は一切の会話を排しており、ワイヤーを司る滑車の機械音だけが静かに響いていた。


「完敗だな……」


 沈鬱な空気に耐えられずに、ジョスリーヌは隣のオレルにそう話しかけるものの、同意も反論も返って来ない。

 それもそのはず。オレルを嫌悪して徹底的に敵対的に振る舞う"元天使"のジョスリーヌが、こうして配慮しなければならないほどに、オレルは打ち砕かれていたのである。

 まるでエレベーターの床を殴り付けでもしそうに睨むその顔は、怒りに満ち満ちていながらも、その怒りを発散出来ないほどの恐怖と敗北感に包まれている。

 最高の防具と最強の武器を装備したものの、地下闘技場に登録した途端、初戦で虐殺の邪神とマッチングされてしまったような、戦う前に負けが決まってしまった状態、、、振り上げた拳の下ろし場所を失ってしまったのである。


 ──自分の立場が分かってないね

 レストランのビップルームで、大公からそう言うニュアンスの言葉を投げつけられたオレル。

 だったら分かるように説明してみろと、大公を静かに見据えるのだが、オレルの瞳から放たれる灼熱の眼差しを軽やかに受け流し、堕天使の頭領らしきその若者は、先ずは部外者である君たちが訪問して来た理由、それを説明するのが人としての筋道ではないのかと、爽やかに笑う。

 室内は堕天使が放つ「荘厳且つ狂気に」に満ちており、オレルもジョスリーヌも腹の底から湧き上がる爽やかな吐き気を抑えるのに必死なのだが、人の道として無礼を働いたのは間違いは無い。ジョスリーヌが詫びながら訪問の意図を説明する。


「異世界転生人ギルドの見解が定まった。昨年末に起きたバルトサーリ爆弾テロ事件について、使用された対人殺傷用の指向性爆弾は、今現在の時代に合わない超文明の兵器だと判断する。従って、ギルドは犯人に対するペナルティを行うために、捜索を開始する」


 ──そう、ラーゲルクランツ少将爆殺事件において、ジョスリーヌの所属する転生人ギルドでも調査が進んでおり、この四人の貴族を中心とする堕天使のネットワークが怪しいと踏んでいたのだ。

 だが、だからと言って怯むような貴族たちではない。彼ら四人は、オレル・ダールベックの名前に爆笑したのと同じように、今度はジョスリーヌの伝えた内容に我慢が出来ず爆笑したのである。

 まるで、ジョスリーヌを見下したような下卑た笑いに対して、彼女も何がおかしいと激昂するのだが、その姿も含めて楽しんだ大公は、ひとしきり軽やかに笑い終えた後にこう結論を下した。


「ヤーズフェルト、兵器の関係は君のところだったね。今日中に管区警察に出頭させなさい」

「御意にございます」

「超文明実装の件は、それで良いね?ジョスリーヌ君」

「あ、ああ……。協力に感謝する」


 ジョスリーヌとすれば色々と思うところはあれど、彼女の義務が果たされるのであれば、それ以上言葉を増やす事は出来ない。だから握り拳にギリギリと力を込めたまま、引き退るしかないのだ。

 だが、バルトサーリ爆弾テロ事件についての情報が目の前で行き交い、その核心を垣間見てしまったオレルはそうも行かない。それどころか、彼にとってはここからがスタートだ。何故ならば、オレルにとって爆弾テロの実行犯は重要な存在ではあるが、その上に位置する共犯者にリベンジする事こそが、彼の最終目標であるからだ。

 ──カモがネギを背負ってやって来た──

 目の前に共犯者がいるのだ。つまりオレルの復讐戦はここから始まるのだ。


 だが、そこで大公アレクシオスの台詞が活きて来る。

 『ゲヘナ・ウォーカーよ、知った風な顔をするのは、まだ早いのではないか?』 つまり大公アレクシオスは、まだオレルは自分の立場が分かっていないと指摘する事で、自分がどう言う状況下にあるかと言う事を理解したら、もう君は戦意を喪失するよと言う警告を発していたのだ。


「ライル夫人、今にも銃を抜きそうなあの可愛そうなゲヘナ・ウォーカーに、今現在彼が置かれた立場と言うのを教えてあげてください」


 指名を受けた五大貴族の貴婦人は立ち上がり、長いテーブルの中間まで歩みを進めて立ち止まる。苛烈な瞳を向けるオレルをもっと挑発して楽しみたいのか、その表情が手に取るように分かる距離まで近付いたのである。


「哀れなゲヘナ・ウォーカーよ、良くお聞きなさい。このアムセルンド公国は、王国が終わった際の内戦を経て新たな国に生まれ変わりましたが、転生した堕天使の楽園と言う側面がある事を、ゆめゆめ忘れないようにしなさい」


 その衝撃的な言葉に狼狽(うろたえ)るオレルだが、いちいち動揺するその様が楽しくてしょうがないのか、ライル夫人は加虐に満ちた楽しそうな表情で、これでもかと矢継ぎ早に真実を告げ続ける。


 ──この国の要職にある者のほとんどが、別次元世界で起きた黙示録戦争で死んだ堕天使の転生者で固められている。政治や軍だけではない、財界ですらも主要ポストは全て堕天使の転生者で占められている。つまりだ、ゲヘナ・ウォーカーごときが暴れたところで、何も変わらないのだよ。

 むしろ、君が暴れれば暴れるほど、君に仲間が集まれば集まるほどに、我々堕天使の転生者が構築した社会に敵対する者が浮き彫りになるのさ。つまり君が今やっている事は単なる道化なんだよ


「それでも足掻き続けると言うのなら、足掻き続ければ良い、我々は君と君の財産を踏み潰す。そう、アリをプチっと踏み潰すようにね」


 圧倒的な力の差と余裕を見せつけられたオレル

 それでも一歩も退かないぞと、瞳だけは生気を保って輝き続けている。

 だが、トドメの一言がアレクシオスから放たれる。完全なる敗北を、大公自らが言い渡したのだ。


「君が大切にしている最後のアムセルンド、あの無垢で何の罪も無い少女の首が、ギロチンで空を舞ってしまうのは我々も残念に思う。そうしたくないならば、君は利口にならなければいけないね」

「……利口になる……だと?俺は一体……何をすれば良いと言うんだ?」

「アムセルンド公国軍人で、国家安全保障問題を解決する部署にいるんだよね?ならば公国の繁栄のために問題を解決すれば良いじゃないか」


 そこまでバレていたのかと陰惨な表情で弱るオレルに対し、「アムセルンドの姫様に、風邪ひかないように気をつけてと伝えてね」とうそぶく大公アレクシオス。

 オレルは身体にびっしょりと冷たい汗をかきながら、部屋を退出したのである。


 行動が逐一把握されている

 秘密にしていた事が全てバレている

 戦力差は圧倒的

 これらを踏まえて堕天使たちが伝えて来たメッセージは、気に入らない事したら皆殺しにするよと言う事。そうでなくとも、最後の王国血統者であるアンナリーナ・マルヴァレフトの命が人質として取られたも同然なのだ。


「少し考えたい。歩いて帰るから、勝手にうせろ」


 車に乗り込んだジョスリーヌに対してそう告げたオレルは、肩をがっくりと落として冬霧の中へと消えて行った。



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