126 垣間見た真なる敵 後編
輝かしい軍歴を背景に貴族社会へとデビューしたヤーズフェルト公爵は、その若さとは対照的な渋くて巌のような表情で圧力を高めながら見詰めて来る。
その隣に座るローゼンプラド侯爵は、突如現れた訪問者たちなどに興味は無いとばかりに、ステーキ肉をほうばってはワインでそれを流し込んでいる。
テーブルを挟んで反対側に座るアリョーシャ・ライル夫人は紅茶に垂らしたブランデーの香りを楽しみながらも、酷く冷めた視線を見下ろすようにぶつけて来る。
そしてテーブルの奥の正面には大公アレクシオス……ヘイデンスタム家の若き当主が優雅な雰囲気を放ちながら、超然とした表情でオレルたちを品定めするように見詰めていた。
「突然の来訪には寛容ではあるよう心がけてはいるのだが、挨拶も無しとは……。いささか卿らは不敬ではないのか?」
絶対的な力の差を見せ付けるようなプレッシャーをかけながら、ヤーズフェルトは抑揚無く訪問者たちにそう告げる。抑揚が無いのはあくまでも言葉だけの話で、オレルとジョスリーヌを見詰めるその瞳は、射殺しそうなほどに苛烈極まりない。
「し、失礼しました。異世界転生人ギルド、アムセルンド支部の支部長を務める、ジョスリーヌ・バイルホイスと申します」
……知っているクセに、知っていていつでも来いと挑発しておいて、高みから見下ろすか……
屈辱にまみれて怒髪天となるも、怒りを露わに出来ないジョスリーヌ。彼女の歯ぎしりが聞こえて来そうだ。
そこでオレルは確信する。ーー本来なら異世界転生人ギルドは国家のしがらみになど左右されない、完全に独立した世界的組織であり、その力関係は単一国家よりも上である。そのギルドの支部長には絶対的な権力が有されており、国の国家元首など比では無い。
『転生人が前世から持ち込んだ知識やスキルを管理して、現行世界の文明秩序を管理する』……短時間で超文明が誕生する事を阻止するギルドに対して、各国家は三顧の礼をもって遇するのが通例であり、今目の前で起きている光景は、異常以外の何物でもない。
つまり、ジョスリーヌは立場が逆転しても異論を挟めない状態に貶められている。オレルはそれに気付いたのだ。
だが、ジョスリーヌは何を人質に取られているのか、どのような脅迫を受けて屈辱にまみれているのかと、熟考などしている暇など無かった。五大貴族のうちの四貴族が、オレルに食指を向けたのだから。
「支部長の隣にいる軍人は何者ですの?ここは安い者が易々と足を踏み入れる場所じゃございません。しっかりと身の証を立てなさい」
キン……と 辺りが凍り付くような冷たさでライル夫人が言い放つ。思い切り相手を突き放すような言い方なのだが、オレルはその声に含まれる微量な嘲笑を感じとっていた。
「アムセルンド陸軍総局参謀部所属、参謀情報部三課のオレル・ダールベックです」
「わざわざお時間を頂いて」や「挨拶が遅くなって」などの失礼を詫びる事無く、ただ軍人らしく名乗っただけのオレル。これには彼なりの理由がある。
目の前の五大貴族の四家の代表が、闇の貴族の頂点であったり、闇社会のトップである以上に、非常にシンプルな理由でオレルは彼らに嫌悪を覚えたからだ。
──気に入らない──
この酷く原始的且つシンプルな感情が、彼に追従や服従を許さなかったのだ。
だが、貴族たちの反応は完全に予想外だった。箇条書きのような彼の挨拶に対して、無礼だと言って怒り狂うのかと思いきや……何と、貴族たちは声高らかに笑い始めたのである。
ヤーズフェルトは握り拳を口に当てながら、肩を盛大に揺らして苦笑する。
ライル夫人は絶対零度のような刺す空気を漂わせていたのにも関わらず、今度はまるで少女のように開けっぴろげにカラカラと笑う。
食事に夢中になっていローゼンプラドはフォークとナイフを皿の上に放り投げ、腹を抱えて豪快に笑い出し、それまでは優雅に振る舞っていた若者……大公アレクシオスまでもがクスクスと笑い出したのだ。
オレルが馬鹿にされている事は間違い無い。何かの理由をもって『オレル・ダールベック』と言う名前が貴族たちの琴線に触れて嘲笑を誘っているのは間違いが無い。ただ、何故それほどに彼の名前が爆笑を誘ったのか──その理由が判明した時点で、オレルの腹の底にみなぎりつつあった怒りは、吐き気をもよおすような恐怖へとうって変わる。
「オレル・ダールベック、オレル・ダールベック!ギャハハハハハ!まさかまさかまさか、あのオレル・ダールベックとは愉快愉快!」
それまではまるで無関心を装っていたエサイアス・ローゼンプラド侯爵が立ち上がり、笑いながらオレルの前に足を進める。
試験の答案用紙を配りながら、惨敗だった生徒の前で立ち止まり、あれ程言ったのに何故範囲を間違えたのかと嘲り笑うような、そんな下卑た表情でご丁寧に語り始めた。
「ひいっ、ひいっ!転生を繰り返すも、ことごとく失敗するあのオレル・ダールベックがまさか君とはね」
──不遇な境遇に心を病んで自殺したのが一回目。魔法使いで若き革命家になるも、革命が失敗してギロチンにかけられたのが二回目。格闘家として名前を上げるも、平和な時代で何事も起きずに老衰でサヨナラが三回目。そして黙示録戦争に巻き込まれてゲヘナ・ウォーカーに成り果てたのが四回目。ひひひひ!五度目の人生はどうかね?楽しいかね?
オレルの胸の内に広がっていた製作中のジグソウパズル。謎や疑問だらけで虫食いのような姿であったのだが、このローゼンプラドの言葉であっという間に完成に近付いた。謎や疑問の点が、線で結ばれたのだ。
顔色を真っ青にジョスリーヌに視線を合わせる。アイコンタクトで“もしかしてコイツらなのか?”と問い掛けると、ジョスリーヌは無念に満ちた顔付きで、そうだと視線を返した。
「なるほど、なるほどな。道理でさっきからデジャブのような悪寒を覚えていた訳だ。貴様ら黙示録戦争で人の命をオモチャにした……堕天使どもだな」
「口を慎みたまえゲヘナ・ウォーカー。君がゲヘナ・ウォーカーと呼ばれるのを嫌うように、我々も前世の記憶など忘れようと努力している。今の生活をエンジョイしているのだよ」
「ふざけた事を言う!貴様ら堕天使が画策して黙示録戦争が勃発したはずだ。そのお前らがこの世界で画策しないなどと信用出来るものか!」
──そう、アムセルンド公国を統べる五大貴族のうち、ランペルド・マルヴァレフト侯爵を除いたこの四人は、異世界転生人であったのだ。それも、オレルが最も思い出したくない忌むべき前世、ゲヘナ・ウォーカーと成り果てた世界で、黙示録戦争を引き起こした堕天使たちの生まれ変わりであったのだ。
“だが待てよ、奴らが異世界転生人だとしても、ギルドにおいて全く噂にぬらない理由とは何だ?”
“あの多重人物のネットワークを駆使する、マリールイス・アルムグレーンでさえ堕天使の転生人など知らないのに、ギルドを介さずに何故コイツらは合流出来た?”
ハッとしたオレルは、再びジョスリーヌに視線を移す。彼女が苛立つ理由の根源が、そこにあると気付いたのだ。
「秘密組織である異世界転生人ギルドとは別の組織がある。堕天使やギルドに申告出来ないような前世を持つ奴らが集まった、まさしく裏の異世界転生人ギルドが。ジョスリーヌ、貴様が言った高度な政治判断とは、こう言う図式か」
ジョスリーヌはうなづき、そしてその通りだと言おうとした瞬間に、今まで一切言葉を発していなかった人物の声が室内に響き渡る。猛々しくも無く、力強くなど無いのだが、脳にダイレクトに届くような澄んだ叫び声でだ。
『ゲヘナ・ウォーカーよ、まだ全てを知ったふうな顔をするのは早いのではないかな?』
その声は紛れもなく、大公アレクシオス・ヘイデンスタムの声。
オレルの背中を冷や汗でびっしょりにさせるようなその質は、間違い無く霊的加護に彩られた神秘的な声。それでいて堕ちた者特有の毒々しい負の力も含んだ、まさしく堕天の者の声であったのだ。




