128 Re: プロローグ 記憶
結局のところ、人の幸せとは何なのか、自分が求める幸せとは何なのか。
一つの世界軸で輪廻転生を繰り返す事無く、全く別の世界軸を旅するように転生を繰り返し、更には前世の記憶も背負って来た。
それらは教訓となって、あらたな人生で道を誤らなずに充実した日々を過ごすための糧となるはずであったのに
──私は繰り返し繰り返し転生を重ねて、果たして何を得たのか?──
中流階級相手と言うよりも、労働者を客層としたような荒々しいパブの一角で、テーブルを独り占めしたオレルは、キツめの蒸留酒を触媒に物思いにふける。
周囲はガサツで荒くれた男たちが、日頃の鬱憤を酒で吐き出しながら、豪快な笑い声で明日を迎えようとしている。そしてそんな喧騒すらオレルの鼓膜には届かないのか、嫌な顔すらせず冷ややかにグラスを見詰めている。──店の自慢の料理、ソーセージの盛り合わせすら、湯気が消え失せるほどにだ
“状況を整理しよう”
堕天使の転生人たちこの国に侵食を果たした。それも数を頼りにした完全浸透は、もはやアムセルンド公国が堕天使の転生人の国と化したと言っても過言ではない状態にある。
汚職や賄賂や組織犯罪が横行する終末期のこの国は、いたずらに強い軍事力も備えている事から、他国・隣国の脅威であるのは間違いない。
私の任務である国家安全保障問題の解決だが、大まかに二種類の問題が存在する。国内の内的要因と国外の外的要因がそれなのだが、これほどに内的要因の度合いが強い国家も珍しい ──貴族合議制の公国を隠れ蓑にした、一部転生人による擬装全体主義国家なのだから
国民は金づる、国民は安価な労働力。決して成功する事が出来ない社会において、成功する夢だけを見させられ、堕天使たちに搾取されまくる。それが正常な国家システムである訳がなく、民主主義国家への進化も阻まれてしまう可能性が非常に高い。
『堕天使の転生人、彼らが作る闇の巨大ネットワークは粉砕しなければアムセルンドは人間牧場のままだ』
結論としては、堕天使たちの一切を排除する必要がある。前世のノウハウに左右されず、人が文化と文明を進化させるにはそれが必要なのだ。
──だが、今はそれだけの戦力は無い。更に言えば、参謀情報部三課に関わる全ての者の身辺が明らかにされてしまい、下手な動きをすれば暗殺の嵐が吹き荒れる恐れもある。また、何故それほどに堕天使の異世界転生人の人口比率が多いのかについて、その現象を解き明かして粉砕しないと、どんどんと敵の数が増える不利な状況が続く。
“その日”が来るのを信じて、今は静かに体力を温存するしかない。
グラスの底に残った酒をグイとあおり、その空のグラスを高々と掲げてウェイトレスを呼ぶ。
「お客さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫?何がだね?」
「料理に手を付けてないですよ。何か食べながらじゃないと胃が焼けちゃいますよ」
「それはつまらない心配させたな。ちゃんと食べるから、お代わりを頼めるかい?」
ガサツな荒くれ男たちに辟易していたのか、若いウェイトレスは品の良い青年将校に興味津々のまま、カウンター奥へと消えて行く。
“待てよ、私は何故これほどまでに奴らを嫌悪する?”
その時、オレルの脳裏をこの疑問が一色に染め上げる。ラーゲルクランツ少将を爆殺した主犯たちが、奴ら堕天使の転生人だと言う事で腹の底から殺意が湧き上がるのは分かる。
だが、冷静に考えれば考えるほどに、堕天使に対する怒りや呪いの感情はオレルの前世に遡るような、ひどく古臭く、記憶の隅にこびり付くような怒りなのである。
ならば、その根源は何かと考えても、ゲヘナ・ウォーカーと成り果てた前世において、堕天使たちが黙示録戦争を引き起こしたと言う点に結び付くのみで、堕天使に対して決定的な怒りの感情を抱くきっかけが思い出せないのだ。
“ゲヘナ・ウォーカー以前の記憶がほとんど消え失せてしまった以上、何がきっかけだったのかは断定出来ない。だが、あの時……普通の人間として生きていたあの時、私を待っている者の存在を確かに感じた。私の帰りを待つ者の存在を”
冷めたソーセージをゴリゴリとかじり、どんどんと胃袋に放り込む。この店の自慢の逸品なのだが、考え事に全神経が注がれている事から、申し訳ないが美味いとも感じられない。
お酒のお代わりを運んで来たウェイトレスにも、機械的に笑顔を作って礼も言うが、彼女が話したそうにこちらをチラチラと見詰めていても、会話に乗ってやれるだけの欲も封印されている。
ゲヘナ・ウォーカーとして世界を彷徨った前世で、堕天使たちは自分から何を奪ったのか──その一点にのみ、オレルの興味は集中されていたのだ。
「……今は良い、今だけは我慢する。しばらくは屈辱に満ちたまま、奴らの靴を舐めてやろう……」
小さくそう呟き、並々と注がれたグラスの酒を一気に飲み干して、代金をテーブルに置いて店を出る。
「多分、失敗続きの転生で、何かを見つけたはずなんだ。それを否定されたから、私はこれだけの殺意が湧いて来るんだ」
今宵のバルトサーリは雲一つ無い晴れ。
満天の星明かりと月明かりが、白銀の世界を照らす青白い夜だ。
コートの襟を立てて口から真っ白な湯気を吐きながら、オレルは不適な笑みを口に浮かべて帰路につく。まるでその表情は、負けを絶対に認めずリングから降りようともしない、、、客のブーイングを受けながらそれでもファイティングポーズを取る、挑戦者の表情でもあった。
大人になればなるほど、歳をとればとるほど、自分のダメな部分を変えるのは難しくなる。
嗚呼振り向けば、麗しの綺麗な思い出は忘却の彼方に。そして脳裏にこびりつくのは忘れてしまいたい嫌な思い出ばかり。
……前世の記憶など無い方が良かったな……
“いや、あるからこそ、私はここに立っていられるんだ”
大陸有数の巨大軍事国家『アムセルンド公国』の首都バルトサーリでの夜
ほろ酔いとなったオレル・ダールベックは帰路にふと立ち止まり、輝く二つの三日月を見上げながらそう呟いた。
◆ 絶望の四面楚歌 編
終わり




