124 衝突 ~バカ天使とクソ悪魔~
「オレル・ダールベック、申し訳ないけどバッド・ニュースよ。パルナバッシュ支部長のフランカ・ペトラが遺体で発見されたわ」
──陽の当たらない薄暗い地下のバーカウンターから、マリールイス・アルムグレーンが悲しそうに語りかける。
異世界転生人ギルドのアムセルンド支部、首都バルトサーリのどこかにあるこのギルドの窓口で、オレルは衝撃的な話を聞かされた。パルナバッシュ遠征の際に現地で再会した前前世の知人が、無惨な姿で発見されたそうなのだ。
「怒ってる?」
「いや、怒ってはいないよ」
心配そうに顔を覗き込んで来る彼女に微かな笑みで応えるオレル。
ギルドが処分した事に間違いはないはずなのに、ギルドの立場側から怒ってる?と質問するマリールイスと、激怒しているはずなのに怒っていないと答えるオレル。互いの言葉が裏腹になってはいるものの、その底にある苦しさを隠した、欺瞞と配慮に満ちたやり取りではある。
「どうする?詳細な情報も伝わって来てるけど、詳しく聞きたい?」
「いや、やめとくよ。聞いたところで何か変わる訳じゃないからね。それに、ギルドと一緒に君まで嫌いになってしまいそうだから」
「あら優しいのねオレル・ダールベック。私が身に付けた香水の香りは評価してくれないのに」
「いや、部屋に入った時から気付いていたよ。だけど君と顔を合わせてから直ぐにその話題を出してしまえば、会話はそこで終わってしまうからね。それじゃ嫌だろ?」
「私の嫉妬をオモチャにするなんて、ひどい人ね。ふふふ、良いわ、サディスティックなあなたに敬意を評して言う事を聞いてあげる」
マリールイスが右手を差し出しオレルの顔に近付ける。するとオレルは彼女の手首に鼻を近付け、眼を閉じながらスウと息を吸い込んだ。
「香木系だけでブレンドしたのか。悠久の歴史と栄光に輝き続ける君を象徴するような香りだね」
悠久の歴史は余計だわと、恥じらいながら腕を引っ込める彼女を追いかけるように、カウンターから身を乗り出して顔を近付ける。
「昨年末にこの街で爆弾テロ事件が起きた。その際に使われた爆弾が、時代考証に合わない対人殺傷用の新型爆弾である事が分かった。ギルドの立場上、犯人を追い始めた俺に対して、礼があって然るべきじゃないかな?」
「それは大変な事よ、オレル・ダールベック。この街にも転生前のスキルを悪用している者がいるなんて、そんなの許される事じゃないわ」
どこで誰が聞いているのかを意識しながら、わざとらしく大声を上げたマリールイス。ウィンクして見せるあたりが確信犯と言ったところ。オレルは苦笑しながら唇の動きだけで「ありがとう」と礼を言う。
すると、いよいよもう我慢出来なくなったのか、バーの奥にあったビップルールの扉がバチン!と開き、中から支部長が飛び出して来た。
「いつまでもまあダラダラと!聞いてるこっちが首筋がかゆくなる!」
──ああ、聞いてたんだ──
オレルとマリールイスはのっぺりとした表情で見詰める先には、転生人ギルドのアムセルンド支部長である、ジョスリーヌ・バイルホイスの姿が。イライラの極致だったのか、顔を真っ赤にオレルを睨んでいるではないか。
「他人の会話に聞き耳を立てるのは、あまり良い趣味とは言えないな。元クソ天使はそんなマナーすら身に付けていないのか」
「ゲヘナ・ウォーカーごときに人の道を説かれる筋合いなど無いわ!」
黙ってれば上流階級の麗人と間違われてもおかしくないのに、どうしてまあコイツはいちいちピーキー (天井・頂上)な反応を示すのかと、痛々しい目で見詰めるオレルだが、どうやらジョスリーヌは爆弾テロ事件について独自の情報を持っているのか、盗み聞きの内容については核心を突いて来ない。
新型爆弾がこのバルトサーリで使用された事実に関してあまりにも反応が薄い事で、彼女に対して違和感を覚えるのだが、何よりもジョスリーヌ自身がオレルに向かって違和感の正体を指し示したのだ。
「新型爆弾の件、一旦棚上げにしろ」
「うん?今何と言った?」
「ボールベアリング球を約一万五千発内蔵させた、指向性の対人殺傷爆弾を作った異世界転生人については、その犯人探しを凍結させろと言っている!」
──ジョスリーヌが声高らかに宣言したのと同時だった
オレルは「サタニック・オルガン(悪魔器官)開放」と呟き、ジョスリーヌがそれを言い終えるのと同時に、自らの身体から圧倒的な負のオーラを吹き出させたのである。地下室はあっという間に、絶叫する悪意にも似たようなオレルの殺意に包まれる。
「貴様知っていたな!バカ天使の分際で情報統制を敷いていたな!今貴様が言った事は、転生人ギルドの不文律を自ら破壊したのと同義だぞ!フランカ・ペトラは抹殺されたのに、同じ過ちを犯した貴様は何故のうのうと生きている!」
「自分は正しいなどとハナから言う積もりはない!事は貴様のようなクソ悪魔ごときがどうこう出来る問題ではない!極めて高度な政治的判断に基づいているんだ!」
「だったら言ってやる!様々な時間軸世界の人間社会において、高度な政治的判断がまともだった試しなどない!そんなものは道を誤った者の臭い詭弁だ!」
あああ、この二人は仲が良いのか悪いのか……
呆れるマリールイスはがっくりと肩を落としてため息を吐く。
罵り合い、そして罵倒し合ってそのままいつもは終わるのだが、何故か今日だけは違った。烈火の如く怒りながら最後は物にまで八つ当たりするジョスリーヌだが、スッと血の気が引いたように落ち着きを取り戻し、怒りの欠片すら無い真剣な顔でオレルに迫ったのである。
「これから車を出すから乗れ、オレル・ダールベック。貴様に高度な政治的判断と言うものはどう言うものか見せてやる」
──この世界の裏で一体何が起きているのか、貴様の目で確かめろ──
ジョスリーヌが差し出した手は、果たして共闘の申し入れなのか、それともオレルの調伏なのだろうか