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123 まだ見ぬ敵を見る


「ヴィヴィ、悪いけど外で昼飯食った後、そのまま外回りするから戻らないよ」


 バルトサーリ管区警察本部庁舎の奥、まるで活気が溢れて来ない陰気臭い部署の一角で、狼の獣人は事務職員にそう言い放って外出しようとする。


「ゴルトベルクさん、今週ずっと外出って、何かあったんですか?」


 バルトサーリ管区警察本部において、窓際部署と呼んでも誰一人異論を挟まない“警備隊”。貴族が行事に参加したり様々な儀礼などを行う際に、そのイベント管理や警備を行う極めて平和的且つ緊張感に包まれない部署において、唯一の同僚で事務職員のヴィヴィが、ゴルトベルクの背中に声をかける。

 ここ最近、頻繁に外回りに出る事を不審に感じて、彼の行動を心配してくれるのだが、このファルカー・ゴルトベルク巡査部長なる人物が完全なる一匹狼で、他人には秘密を一切打ち明けない人物だと理解している事から、それ以上に突っ込んだ質問はしない。

 ただ穏やかに質問するだけ。彼の事だから未だに「例の事件」に夢中になっているんだと悟りながら、無茶しちゃダメよと現実に引き戻す……ヴィヴィの言葉にはそう言う意味が含められていた。


 今度甘いものでも買って来てやるかと、同僚の配慮に感謝しながら、コートの襟を立てて庁舎から出た彼は、先ずは腹ごしらえだと飲食街へと足を向ける。

 迷う事無く彼が向かう先にあるのは、最近オープンしたばかりのリストランテ。山岳民族の食文化とパルナバッシュ王国の上質な小麦粉が融合した創作料理店で、そこのメニューにある『マンティ』と言う料理を初めて食べた際にいたく気に入ってしまい、それからと言うもの週に何度も足繁く通っている店である。

 羊肉のミンチと根菜のみじん切りを炒めて、小麦粉を練った生地に包み、スープで茹で上げるこのマンティと言う料理は、別の地方ではマンドゥや饅頭(まんじゅう)とも呼ばれ、製法も味も違う地域色豊かな料理である。


「うううっ、寒い。こんなに冷える日はスパイスの効いたマンティで身体の中から温まるか」


 凍てつく風から逃げるようにお目当ての店に入ると、繁盛店なのかほぼ満席の状態。もうちょっと早く出てくれば良かったとゴルトベルクも後悔するのだが、もう後悔したところで何かが変わる訳でもない。

 諦めて他店にしようかと肩を落とした矢先に、ぎっしり詰まったカウンター席で一つだけ空いている席を見つけた。これは不幸中の幸いと滑り込むと、隣に座る客の姿を見て彼は心底驚く。何と、食後に待ち合わせの予定だった人物とばったり鉢合わせしたのだ。


「コ、コヨーテ。何であんたがここにいる?」

「いや、普通に食事していたのだが、何か問題でもあるのか?」

「いや、問題なんか無いんだけどさ」


 自分のお気に入りの店、お気に入りの料理は自分のものだけだと、子供じみた独占欲に支配されていた事に気付いてゲンナリするゴルトベルク。だが、今日食べようと考えていた料理をオレルが美味そうに食べるのを見て、少しだけ口元に苦笑いを浮かべる。


「せっかく身体が温まったのに、わざわざいつもの場所で話す事も無かろう。用件を済ますぞ」


 ──羊肉と根菜とひよこ豆のマンティ、チリトマトスープ煮込み

 これだけを頼んでしまえば、オレルと丸被りになってしまうため、さらに揚げパンを頼んだゴルトベルクは得意げな表情を浮かべた上で、オレルとの情報交換に臨んだ。


 麻薬組織壊滅作戦から発展したバルトサーリ管区警察の巨大汚職事件、その際に副署長の執務室で見つけたメモ用紙に書かれた貴族の名前。ゴルトベルクは今の今のまでずっとこの名前を追い続けて来た。

 『アンドレアス・ブルメルテン伯爵』と言うのがそれなのだが、全くもって該当者がいない。貴族の血統を記録した名士録を調べてもそれらしい名前は無く、貴族領地に対する公国課税の帳簿にも該当する人物はいない。

 つまり、アンドレアス・ブルメルテンは「伯爵」とはメモに書かれていたものの、それが公式ではなくニックネームのような通称ではないかと推察し、商人の線で追いかけてみても、やはり登記などにもそんな名前は一切無かった。

 覚悟を決めて、公国国民で名前が該当する者を片っ端からリストアップしようと動き出したのだが──


「さすがに国籍の台帳を確認するのは骨が折れる。バルトサーリ市民だけでも膨大な量だし、役所関係にルートは出来たが、明るい時間帯は忍び込めない」

「そのアンドレアス・ブルメルテン伯爵なる者、まるで幽霊のような存在だな」


 ひと皿たいらげて、食後のコーヒーを頼んだオレルは、マーヴェリックと会話していると周囲に気付かれぬよう、うつむいて独り言のように言葉を吐く。


「もしかして、本当に存在しないのかも知れんな」

「存在しないだと?オレが見つけたメモには、間違いなくその名前はあったんだ。それを突き止めなければ、全ての糸がプツリと切れるぞ」

「熱くなるなマーヴェリック、君の捜査手法に問題があると言っている訳ではない。むしろその執念は称賛に値するくらいだ」

「こう言う時あんたならどうする?切れそうな細い糸を辿り続けるのか、発想の転換を狙うのか」


 ……そうだな と、熱いコーヒーをすすりながら一呼吸置き、オレルは自分自身の思考構築をいちいち確認するようにゆっくりと語り出した。


「管区警察の副署長レベルに対して絶対的な影響力があると考えられる人物である事から、偽名やコードネームの可能性も考えられなくはない。だが、それならば何故抽象的な名前などではなく、アンドレアス・ブルメルテン伯爵なのか。ここが引っかかる」


 ──実名が出回ったり、身元の特定を心底嫌うのであれば、鷹や猫や魚などのニックネームを名付ければそれで済む。だがそこまで警戒しなくとも良い環境にいるとは考えられないか?不正や汚職を暴こうとする者が追跡出来ない場所にいるからこそ、本名を晒しても平気でいられると言う理屈。ならばブルメルテン伯爵とはどのような外道の楽園から大地を見下ろしているのか


 ここでオレルの目がカッと開く。そしてまさしく同時にゴルトベルクの目もカッと開いた。

 何かを思い付いた二人の表情に、もはや鈍重な陰りはかかっていない。何かに目覚めた二人は、既に不敵な笑みを浮かべながら、まだ見ぬ敵を睨みつけていたのだ。


「アンドレアス・ブルメルテン伯爵は、アムセルンドの国民ではない」

「ああそうだ。コヨーテの言う通り、伯爵は公国国民じゃない、外国人だ」

「外国人でありながら、このバルトサーリに多大な影響力を持つ人物」

「それも、自分の名前を晒したとしても、不正を追及されない立場にいる」

「そうだ、だから伯爵は今もこのバルトサーリにいる、それも一番安全な場所に」


 オレルはコーヒーをグイとあおり、ゴルトベルクは大きなマンティを一つすくって豪快に口へ放り込む


「ヤツは外交官だ、外交特権に守られた悪党なんだよ」

「道理で名前が全然出て来ない訳だ。これでかなり絞れたぞ」


 このバルトサーリに大使館などの在外公館は存在するが、それでも二十と無い。そこに詰めている者を片っ端から調べ上げるだけで、本人にたどり着けるのである。

 目標は見えた、どうすれば目標に近付けるかも分かった。だが、それを踏まえた上でオレルがあえて注意を促す。


「管区警察の汚職が明るみになった頃と時を同じくして、獣人が被害者となる連続猟奇殺人事件がピタリと止んだ。謎のベールを被ったまま公安警察も沈黙している。気を付けろよ、全てがリンクしている可能性も否めない。もしその杞憂が本当の事ならば、我々は最大の犯罪組織とぶつかる事になる」


 まあ、負ける積もりは毛頭無いけどな と、立ち上がったオレルはサイフから小銭と一緒に高額な紙幣を何枚も取り出してテーブルの上に置く。お代を置くフリをして、ゴルトベルクに活動費を支給したのだ。


「何か危険を感じたら、陸軍本部の参謀情報部に駆け込め。司令官に話はしておく」


 そう言って独りで店を後にした。

 暗礁に乗り上げて前にも後ろにも進めなかったオレルたちに指した一筋の光明。今回のこの前進がまさしくそうなのだが、この後オレルにとって最大のピンチが訪れる事となる。


 彼はその足で異世界転生人ギルドのバルトサーリ支部へと寄るのだが、その際に支部長のジョスリーヌとばったり顔を合わせてしまった事で、思いもよらぬ事態へと発展するのである。



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