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凛として外道のごとく 『ワレ、異世界ニテ特殊部隊ヲ設立セントス』  作者: 振木岳人
◇◆◇ 第3部 アムセルンド領事館人質籠城事件 編
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116 ユア・マジェスティ(御身のままに) 前編


 在外公館、つまり海外や国外に設立された大使館や総領事館・領事館には、駐在武官が駐在する事が認められている。

 駐在武官とは軍事方面の情報収集や情報交換を主たる任務にしており、軍人としての地位と外交官としての地位を保証された、軍人外交官の事をそう称している。


 駐在武官の部屋までの短い距離、カールは廊下をゆっくり歩いて時間を稼ぎながら、副領事との会話を反芻している。あの異常なまでの駐在武官推しが、一体どう言う意図をもって行われたのか、それが酷く気になってしょうがないのだ。


 おさらいとして、彼の脳内に副領事と面会した際の光景がダイジェストでリピート再生される。挨拶から雑談までの間は、根は悪い人ではないが、自称インテリ型で余計な一言で損するタイプだと判断した。その一言で危うく情報が露呈する、諜報活動に向かないタイプだと言う事だ。

 そして、カールが赴任して来た理由を語り出すと、ビジネスチャンスがやって来たかもしれないと、彼が色めいた瞬間をバッチリと確認した事から、政府派遣の役人ではあるが、サイドビジネスに全く興味が無い訳ではない……つまり袖の下や企業癒着などの軽い汚職程度なら問題だと思わない人物である事も承知した。

 ただ、麻薬などのアンダーグラウンドの話題を振った段階においては、副領事は完全に尻すぼみとなってしまい、完全に欲は消え失せたかに見えた。

 自分の知らない世界には手を出さないと言う、裏社会の怖さを知る警戒感からなのか、それとも重大犯罪に対して悪寒を覚えるほどの遵法精神を持ち合わせてあたのかまでは分からないが、安全と危険に対して鼻の効く人物である事も分かった。

 ──だから、カールは頭を抱えてしまったのだ──


 駐在武官を護衛係につけると言えば聞こえは良いが、本当に経済調査官の身を心配するならば、軍人外交官などよりも、本国から連れて来ている警備部隊の兵士をつけるはずである。これがまず一点。

 そして二点目がこれ。駐在武官側の事情として本人をキャリアアップさせたいから護衛につけると言う理由。

 本来駐在武官は相手国の高級将校や政治家が開催する夜会に赴いては、そこで様々な現地人と知り合って会話を重ねて、情報交換の人脈を作る事が最大の務めである。とにかく華やかでなくてはならないのだ。つまり護衛などと言う血生臭い職務からは一番遠い軍人外交官を最前線に何故投入させたがるのかと言う疑問。

 これら二つの不審な点が腹の内で蠢いては平常心を食い散らかしている。まるで秋の夜長の痴話ゲンカ── 心地よい睡魔にいざなわれているのに、隣の部屋でドタンバタンと始まった男女の痴話ゲンカのように、騒々しくて迷惑なのだがついつい気にしてしまう状況なのだ


(副領事はキャリアアップのために駐在武官を同行させろと説明していたが、本心からそう思っているのか?)


 副領事にとって本当にその駐在武官が大切な存在ならば、護衛などと言う横道に逸れるような実務はやらせる訳がない。

 ならば、今現在このプロニスラフ領事館に駐在する駐在武官は邪魔で好ましくない存在であり、早々とトラブルを起こして更迭されれば有り難いと考えているのだろうか?だが話を切り出した際の副領事に、駐在武官に対する嫌悪や不快感などの感情は感じられなかった。

 心底キャリアアップして欲しいと願っているのか?それとも失敗して帰国させたいのか?

 それとも……想像の遥か斜め上を行く第三の理由として、駐在武官が大切な存在だからこそ、つまらない失敗でつまづかせて、一刻も早く帰国させたいのか。


 永遠にも感じられるような二分間を過ごしたカールは、やがて“彼女”の部屋へとたどり着き、消極的な勢いで部屋の扉をノックした。


(……入りたまえ……)


 高音域が凛と響く女性の声が中から聞こえて来た

 カールは失礼しますとことわりながら中へ入ると、そこには目を見張るような美しくて若い女性が立っている。燃えるような真っ赤な髪と切れ長の目が印象的な、情熱的でありながらも豊かな知性が溢れている。


「すまない、朝の日課でね」


彼女は軍服の上着を脱いで、軍刀のサーベルを振っていたようだ。


「ところで君は誰だ?私とは初対面だな」

「お初にお目にかかります。私は大使館から派遣された経済診断士のカール・オーウェンミュラーと申します。赴任の挨拶に参りました」

「なるほどそう言う事か、私はアムセルンド公国陸軍の駐在武官、レベッタ・ハウトリムセン少佐だ。よろしくたのむ」


 タオルで汗を拭きながら、レベッタはカールに握手を求める。

 気さくな印象と、上着を脱いでワイシャツ姿でありながらも恥じらいを見せないところは、公国軍人としての薫陶(くんとう)が行き渡っているようにも思えるのだが、それもそのはず。軍人外交官として外国に派遣される駐在武官は、軍の中でもエリート中のエリートでなければ任命される事は無いのだ。

 つまり彼女は公国の陸軍大学をトップで卒業した後に、陸軍士官学校でも首席で卒業して軍務に就いているのだ。

 だがその反面、カールには見えて来たものもある。副領事が彼女を護衛にと強烈に推して来たその背景が、あくまでも推察ではあるが見えて来たのである。


 目の前にいるこの女性は若い、若くして少佐の階級を持って駐在武官に任命されている。駐在武官に任命されるのは佐官以上の高級将校である事から、彼女は「成り立て」だと言って良い。

 そして、良き将校の見本のような立ち振る舞いを見せる彼女が、単なる民間人である自分自身の話に異常に興味を示す事、そして身の回りの世話をする兵士「従卒」を呼んでコーヒーではなく紅茶を淹れてくれと頼んだ事。更には紅茶を飲もうとする際に、ソーサーを左手に持ち右手の小指をピンと立ててカップを持ち上げた事……これらをもって、ある核心にたどり着いた。

 “ああ、なるほど。この人は貴族の御令嬢だ。確かに優秀なのだろうけど、周囲の反対を押しきって軍人になったタイプなのだろう”


 副領事も伯爵号を持つ人物であったが、副領事とはファミリーネームが違う事から、副領事と古くから縁のある貴族の友人がいて、このレベッタはその娘なのだろう。

 下手に優秀である事から、貴族令嬢の枠に収まるのが我慢出来ずに社会進出。トントン拍子に出世してフォンタニエの駐在武官にまでなったが、家族は今でも家に入れと反対している。

 たまたま旧友のファルセン伯爵が副領事を務めるプロニスラフ領事館に配属された事から、レベッタの家族特に父親が、副領事に娘を早く家に帰って来る工作を頼んだのではないかと疑われるのだ。


 ──彼女は退屈しているから、何かしら面白い提案をすれば途端に必ずノッて来る。君が責任を持って彼女を連れ出して、適当なところで怖い思いをさせるか、些細なミスで騒いで本国帰還の道筋をデザインしてくれないか──

 副領事の思惑はそこにあるのではと推察したのだ。

 だが、もしこの考察が真実に近いとするならば、もう一つ重大な側面も浮かんで来る『彼女に傷一つつけたらただじゃおかないぞ』と言う、はた迷惑なルールだ。


 いずれにしても、下手な荷物を背負わされてしまった事がカールにとっては今一番の痛手となる。

 闇経済・地下経済の実態調査だと副領事には説明したが、まだ本当の任務は話していないのだ。


(気安く彼女を巻き込めるような質の任務じゃない。彼女が怖気付いて護衛を断わる方向に話を持っていかないと)


 フォンタニエの首都での笑い話、このプロニスラフでの文化の違いの話など、互いが互いに引き出しから談笑のエピソードを持ち寄りながら会話を重ねて落ち着いて来た頃。やがてカールが仕事の話を切り出すタイミングが到来したのである。


(ここは一つ、ピュア令嬢が蒼ざめる話をするしかない)



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