↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/157

108 生々流転として


「貴様が宮廷魔導師のフィルデナンド・ベスタロツァか」


 オレルが地下牢の扉を蹴破ると、こじんまりとした牢屋の奥には二つ分の人影が確認出来る。一人は壁に両手を繋がれた痛々しい少女の姿が、そしてもう一人はその少女の喉元にナイフを突き付けながら、オレルを睨み付ける大男だ。


「まさしく私がフィルデナンド・ベスタロツァだが。なるほど、貴様がアムセルンドのネズミだな。たしかオレル・ダールベックと言ったか」


 ベスタロツァにナイフを突き付けられている少女は、コンチェッタと一緒に救出する目標であった黒魔女のフェデリアだ。

 全裸で鎖に繋がれ執拗な拷問を受け続けたのか、全身のいたるところが赤黒く変色して腫れ上がり、口や鼻から滴る血も干からびている。

 その彼女が渾身の力で目を細々と開けてオレルを見る……ベスタロツァと敵対するオレルを味方と考えたのか、傷だらけで割れた唇が微かに「助けて」と動いた。


 ──オレルの瞳に怒りの色が浮かぶ。世の中では悪と定義付けられるような残酷な事でも、任務や自分の使命であるならば平気で決断するオレル・ダールベックが、少女の無惨な姿に怒りを覚えている。自分を棚に上げるなと指摘されたとしても、自分の身の回りにあるものが穢される事には、我慢ならないようだ。

 まさしく『生々流転(せいせいるてん)』。……人は産まれてそして生き、変化を起こして死んでいく。そこには良いも悪いも、酸いも甘いもあるものの、固執せず全ては諸行無常に身を任せる。

 以前、アンナベッラに心情を吐露した通り、気に入る者は助けて気に入らない者はブン殴ると言う理屈そのままに、ベスタロツァに向けて凶大な殺意を向け始めた。


「不思議だな、フィルデナンド・ベスタロツァよ。どのような拷問を受けても、宮廷魔女コンチェッタは私の正体を明かさないであろう。貴様が以前から周到に魔力探知を王都内に張り巡らせて我々の動向を探っていたとしても、私の名前と所属までは知る事が出来ないはず」


 オレルはゆっくりと一方踏み出して距離を詰める。するとベスタロツァは近付くなと吠えながら、慌ててフェデリアの喉元にナイフの切っ先を突き付ける。


「アムセルンドの犬どもに好き勝手させてたまるか!それ以上近付いたら、この娘の命は無いぞ!」

「ふうん、パルナバッシュ初の宮廷魔導師様が、追い詰められて最後に出した武器がナイフとはね。せめて重力制御魔法の一つでも出してくれれば尊敬したのに」


 オレルのこの一言に激しく反応した。前段の挑発に引っかかる事は無かったのだが、後半に出して来たキーワードに動揺し、目をまん丸に叫んだのだ。


「じゅ、重力制御魔法だと!貴様は、貴様は、貴様がなぜそれを知っている!」


 釣れた、盛大に釣れたと実家したオレルは、ここぞとばかりに言葉を並べ立てる。五大属性魔法の概念には無かった、重力魔法の発見やその利用方法など、パルナバッシュが核爆弾の開発を目標として、水面下で進めていた魔法の進化を全てぶちまけたのだ。


 ──生きとし生ける者全てに魔力がある。その魔力を分類したところ五つのジャンルに分かれた事から、人はそれを五大属性魔法と呼ぶ。だがそれが全てではなく、未発見の魔法の可能性もある事から、正式に五つのジャンルだと定義付けられた歴史は無い。

 魔力を魔法として行使するには、その人個人の魔力波長を変える事で魔法として発現する。簡単なところで言えば、魔力波長を短くすれば火の魔法、魔力波長を長くすれば冷気の魔法。つまりは、魔力の波長変化で魔法が成立する事になる。


「核科学者のヴァレリ・クリコフは、とぼしい火薬を補うために、魔法で代用する事を考えて研究を始めた。そこで見つけたのだ、魔力を様々な魔法に転換する際の【基点となる魔力波長】を。その基点に手を加える事で、五大属性以外の新種の魔法も生まれる事を発見したのだ。貴様ら西風魔導協会がクリコフに嬉々として飛び付いた理由だ」

「ダールベック!俺は何も話さん!俺は何も話さんぞ!」

「ヴァレリ・クリコフ率いる王立科学研究所に協力すれば、そして核開発に協力すれば、様々な新種の魔法を会得する事が出来る。そのためにパルナバッシュ全土の魔法使いを極秘に招集して核開発に協力させた。そして魔法使いの地位が低かったこの魔女王国で、魔女の失脚を画策した。違うか?」


 ベスタロツァは完全にパニックを起こしている。

 なぜそんな裏事情を知っている?なぜそんなに魔法に詳しい? と、図星に次ぐ図星を刺されて全くもって冷静でいられなくなっていたのだ。


 ──だがここで、宮廷魔導師フィルデナンド・ベスタロツァは自分の身に起きた新たな違和感に動揺する。

 オレル・ダールベックが扉を蹴り破ってこの地下牢に足を踏み入れてから、一歩しか進んでいないはず。

 人質にナイフを向けて、それ以上近寄るなと警告してから奴は一歩も進んでいない。

 ベッドを縦に並べて二つ分以上は距離があったはずなのだが……


「な、なんだ?……何が起きている?……」


 冷や汗を全身から吹き出したベスタロツァが、失禁しそうなほどに蒼ざめて怯えているのも無理は無い。

 何故ならば、距離を置いて対峙していたはずのオレル・ダールベックが目の前にいるのだ。それも初対面の挨拶をする距離よりももっと近く、夜会でダンスが踊れるほどに近いのである。

 それだけではない、彼が握って構えていたはずのナイフの感触がまるで感じられず、左手の手のひらは空気に晒されている。更には、右手で何かしらの冷たくて重い鉄の塊を自分で握っており、その手を外すまいと、オレルが手を添えて力を込めているのだ。


「あ、あれ?……あれ?……銃だ……銃が……」

「ベスタロツァ、お前はうたかたの夢を見ていたのさ。扉を蹴破る前から、お前は既にこうなる運命だった」


  ■サタニック・スキル 『こうあれかしと願う人よ』

 かつてゲヘナ・ウォーカーだったオレルが現世に継承した悪魔スキルの一つ。

 「こうあって欲しい」と願う人間の魂を暴走させ、その通りのビジョンを見せてやるスキルで、そのビジョンの中では術者である悪魔との会話も可能となる。

 だがあくまでも魂の暴走である事から現実とは全く違い、その願いが叶う事は無い。


 オレルは地下牢に入る直前にこのスキルを発動させ、ベスタロツァの魂と会話しながら突入。

 ベスタロツァと長々と会話を続ける“刹那の一瞬”の中で彼に接近して、ナイフを取り上げて、自分の銃をこめかみに当てさせたのである。

 以前、アムセルンド国内の麻薬組織チャルナコシカのリーダーを倒したのと、図式は全く同じである。


「ひい、ひい!やめろ、やめてくれ!」

「この娘が泣いて頼んでも、お前らは拷問をやめなかったよな?」


 ──最後に一つだけ質問する。お前の後ろに黒幕がいるよな?そう、お前が今心の中で必死に隠そうとしている魔導師の少女だ。彼女の名前は何て言う?──

 ベスタロツァは答えない。オレルより一回り大きな体格でありながらも、何らかの暗示を受けているのか身体を一切動かせずにいる。唯一動くのは、銃の引き鉄に当たる指が、オレルに押されていると言う事実だけ。

 そんな危機的な状況にありながらも、黒幕について一切暴露しないのは、裏切りについてのリスクが大きいとも言えるのだが、たとえベスタロツァが自分の舌を噛み切ってまでして質問に答えなかったとしても、オレルにとっては些細な事であったのだ。


「……なるほど、彼女だったか」


 一瞬、ほんの一瞬だけオレルの瞳に寂寥感が浮かぶ。

 ベスタロツァの魂と勝手に会話して、黒幕の正体を掴んだと思われるのだが、決して喜んではいなかった。


 地下牢に「パン!」と甲高い炸裂音が響き、全てが終わった。

 タイミングを同じくして、マザーズネストから思念通信が入り、宰相マファルダをトラックに収容したバイパーたちが、人質救出のサポートのために地下牢へ向かい始めたと伝えて来た。

 コンチェッタとこの娘を幽閉から解き放ち、全員がトラックに乗れば作戦は成功。前代未聞の昼間強襲は大成果を上げて無事終わるのである。


「大丈夫か?」


 頭を吹き飛ばされて横たわる者などにわき目も振らず、少女の腕に固定された鉄腕のボルトを外して上半身を抱える。拷問の爪痕は思いのほか酷く、一刻も早く治療を受けさせないと命の危険に関わって来そうだ。


「君を痛めつけた悪党は倒した。さあ帰ろう、アンナベッラが待っている」


 自らの上着をかけてやり、息も絶え絶えの彼女を抱き抱える。そして牢屋を出たところでやって来たバイパーたちと合流。オレルの単独作戦はこれで終わりを告げた。


  ◇   ◇   ◇


  まだ時代は変わったばかり

 重槍歩兵ファランクスの盾に守られながら、剣と魔法と弓矢をもって野原を進む戦闘が、大砲に守られたライフル小銃部隊が野原を進み、大軍と大軍による衝突で大量の血が流れる時代へと変わったばかり。

 第一次世界大戦初期の塹壕戦が始まった時代だと言うのに、もう既に近代戦を行っている者たちがいる。

 戦局を左右するポイントに対して、少数精鋭部隊で一点突破を図る特殊部隊方式は、第二次世界大戦になって初めて採用される。ナチスドイツの電撃戦で結果を出した空挺特殊部隊「シュトルム・トルッペ」がその先駆けであり、後に連合国側も空挺部隊パラトルーパーを投入するのだが、何よりもそれは第二次世界大戦に入ってから。

 それでもこの特殊部隊の構想が異世界転生人ギルドから「時代にそぐわない超時代の発明」だと指摘され非難されなかったのは、あくまでもオレルが道筋を立てて構想したからである。

 もしこの特殊部隊構想が世に出て軍事関係者の耳に入ったとしても、すぐにそれを模倣する者などいないであろう。

 ──何故なら、まだ時代は大軍同士の正面衝突で勝敗を決める、軍人の矜恃とロマンが溢れる戦いを求めているからだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。