106 サタニック・スキル 『そうあれかしと願う人よ』 前編
水晶宮が騒然としている。水晶宮全体がと言うよりも、王政の中枢にいる者たちが、今日は朝から慌ただしいのだ。
直轄領のとある"施設"と連絡が取れないと言う理由がそれで、新しい文明の利器である電信電話が全く繋がらないのだ。
故障したかも知れないと言う事で、水晶宮に詰めている王立科学研究所の担当技官が、近衛警察を護衛に現地へ赴いたのが本日の午前中。
そして昼頃には調査団が戻って来る予定だった正午を越えて、無為な時間だけが過ぎて行く。
水晶宮で執務を終わらせた宰相マファルダは、直轄領の異変には心を寄せてはいるが、細かい事を気にするでもなく後は任せたとばかりに自分の屋敷へと戻った。──これが昼過ぎの事
そして今、マファルダの全く預かり知らぬ者たちの意志が、彼女の身近な場所で炸裂する。宰相マファルダを拉致すると言う、恐ろしい意志によってだ。
“三、ニ、一……ヒトゴーマルマル。ヒトゴーマルマル!オールユニット状況開始!”
耳に装着した思念送受信機から、マザーズネストの凛とした声で作戦開始の宣言が成された。
宰相マファルダの邸宅をトラックで中央突破する突入班、屋敷の裏から侵入して地下牢に向かう救出班、そして屋敷近隣にある高層建築物から狙撃したり指揮を行う管制班と、合計三つの意志の塊となって宰相宅を襲撃するのだ。
まず口火を切ったのは、澄み切った冬の青空に響く大口径狙撃銃の銃声。塀に囲まれた宰相宅を高みから覗いて照準を合わせる、フルモナとハルヴァナの狙撃班だ。
「……遊べ、遊べ、風の子らよ。陽気で移り気なその無邪気さをもって、私の手のひらで踊れ……」
「姉さん、見えた。風の道が見えたよ」
「それじゃ正門の二人から狙うわよ。一人に二発はいらない、ハートショット (心臓狙い)でダウンすればOK。トラックは突入出来るから」
「了解だよ、その次のターゲットも探しておいてね」
──それじゃいくよ と、石造りのマンション屋上で腹這いになるハルヴァナは、右の人差し指でセミオート狙撃銃の引き鉄を軽く押さえて自らの動きを止める。
そして極めて静かに狙いを構えたハルヴァナは、ここぞと言う自分にとって最高の瞬間を、人差し指に力を込める事で表現した。
ドキン、ドキン!と、巨大な炸裂音と炎が銃口から吹き出る。するとスコープの先に見えていた正門の警護兵が、立て続けにもんどりうって倒れたのだ。
「ハートショット、ヒット、2ダウン。続いて東の塀の内側に警備兵2、今ので気付かれたから相手の動きが激しくなるよ」
「大丈夫、風の精霊が道を示してくれてる。ターゲットオンサイト、狙うよ」
至近距離に落雷でもあったかのように、激しく鼓膜を振動させる大口径狙撃銃の銃声。周囲で伏せていたマザーズネストや魔女たちは、それに驚き目ん玉を丸々とさせながら耳に手を充てる。派手な炸裂音で鼓膜が麻痺したのか、怪しき金属音がキーンと脳裏に異常を訴えているのだ。
──なんじゃこりゃ?この凄まじい破裂音、こりゃたまらん──
クラリッチェもアンナベッラも銃声に怯えて耳に手を充て目を瞑るも、マザーズネストだけはそうもしていられない。彼女には彼女が果たすべき責任があるのだ。
『マザーズネストより突入班へ、正門の敵二名ダウン。突入を開始せよ!突入を開始せよ!』
街路に並ぶ家々の影に潜み、その時が来るまでアイドリングで突入班のトラックが待機している。恋に恋する華奢な少女を思わせる部隊最年長のホビットは、まるで鎖に繋がれていた獰猛な猛獣を解き放つように、トラックに対して突撃を命じたのだ。
その間もハルヴァナの銃声は鳴り止まず、マザーズネストや魔女たちは伏せたまま身体を縮め、顔をしわくちゃに恐れ慄いている。
「ハルヴァナ!音、音、音なんとか出来ないの?」
「ごめんねえ!目立って敵の気を引くために、サプレッサー外してるの!」
「クラリッチェ、悪いけど我慢して。私たちが目立たないと、中佐たちが危なくなるから!」
「ひいいいっ!」
謎のスナイパーに襲撃されて騒然とするマファルダの屋敷は、門番として立っていたり庭の外縁を巡回していた警備兵たちが次々と倒れて行く。異変に気付き血相を変えて屋敷の中の詰所から飛び出て来る者たちもいるのだが、ことごとくハーフエルフの放つ凶弾に倒れて行く。
──その時だ。マファルダの屋敷の正面口、鉄柵の門扉がバキバキと音を立てて吹っ飛んだ。レイザーが運転するトラックがタイヤから白煙を吹き上げならが突っ込んだのだ。
『こちらマザーズネスト、突入班がアタック開始、突入班がアタック開始!』
(こちらレイザー敷地内に侵入した、屋敷の正面口までトラックを持って行く。狙撃援護よろしく!)
『マザーズネスト了解。狙撃班へ通達!トラックは屋敷の正面出入口に停車予定、援護射撃要請に応えろ!』
「こちらフルモナ了解。ハルヴァナ、周辺は私に任せて屋敷の正面口を見ておいて。出て来た連中片っ端から撃って良いから」
「了解だよ!」
自動装填式の大口径狙撃銃は、自らの存在を誇示するかのように、その口から恐大な炎を吐き続けている。そして運転マナーや同乗者に対する配慮など微塵も感じさせないまま、レイザーが運転するトラックは猛スピードで敷地内を突っ切った。タイヤから悲鳴を発しながら屋敷前のロータリーを半周回して、車寄せにピタリと止まったのだ。
「今だ、行け、行け、行け!」
運転席から振り向いて、荷台に向かって叫ぶレイザー。すると、荷台のカーテンが強風を受けたようにめくり上がり、バイパーとシルバーフォックス、そしてグリズリーがネコ科の猛獣のようにしなやかに飛び降りて、何一つ迷う事無く車寄せから正面玄関へと駆け込んだのである。
「こちらレイザー、突入班が屋敷にアタック開始!もし窓から中を覗けるならば、狙撃班は屋内の敵を排除してくれ!」
(マザーズネスト了解!)
レイザーは助手席にいたファウストに運転席に座れと指示して車を降りた。そして軽短機関銃を構えながらトラックを盾にして、周辺警戒に睨みを効かせ始めたのだ。
近代戦の象徴とも言える、少数精鋭の特殊部隊には「勝つか負けるか」などと言う言葉は無い。このオレル・ダールベック中佐率いる諜報特殊戦部隊にも、もちろんそのような言葉は存在しない。
少ない人員と限られた武器を駆使して、最大限の結果を出すならば、「勝つ」ように仕向けるしか無いのである。つまり頭と身体と武器を駆使して、困難な状況に打ち克つのである。
勝敗は五分五分であるとか、時の運に任せるギャンブルなど有り得ず、個々の能力の限界に常に挑んで勝ち続けて結果を出す、、、それこそが特殊部隊のありようなのである。
戦闘に不慣れな魔女二人に対して過度な要求は出来ない事から、傍観者として待機していてくれと要請するしか無いのだが、一枚岩となって戦いを始めた三課のメンバーの中で、それまで沈黙していた最後のメンバーが動いた。
マファルダの邸宅の敷地内は、スナイパーを狙撃とレイザーの短機関銃の炸裂音に支配され、阿鼻叫喚の図と化している。そして屋敷内においても、突入班の銃声は一階から二階へと順調に移動を進めている。
そして、その激流のような流れの中で忘れられてしまったかの様に静かだった最後の人物から、マザーズネストに思念送信が入ったのである。
(……こちらコヨーテ、屋敷裏より潜入成功。警備員四名を排除して地下牢に侵入。現在地下階にたどり着いた)
「マザーズネスト了解。オールユニットに通達、オールユニットに通達!コヨーテが地下牢に到達、人質救出を開始する!」
コヨーテとはつまり、指揮官オレル・ダールベックのコールサイン。狼の近縁である犬科のコヨーテではあるが、伝承ではトリックスターと伝えられる動物である。
神や自然界などの秩序を破壊しながらも、人々に穏健をもたらすトリックスターのコヨーテ。その性質は善と悪、破壊と生産、賢者と愚者を合わせたような、異なるものの二面性を持つと伝えられている。
幽閉された宮廷魔女のコンチェッタと、黒魔女のフェデリアを救出するために単身地下牢に乗り込んだオレルは、目の前に立ち塞がる敵をことごとく排除している。
まさに伝承の動物コヨーテのように、オレルは片手で命を助けようとしながら、もう一方の片手で命を摘み取っていたのだ。
彼に善悪の概念も良心の呵責など無い。いや、勘違いしてはいけないのは、そう言う概念が彼には存在しないのではなく、全てあるのだ。
そう、善悪も良心の呵責も、喜びも怒りも哀しみも楽しみも全てが色濃く存在する。だからそれら全てを背負った上で彼が出した結果が二面性の維持であり、人は闘い続けると言う結論に結び付くのである。




