105 デイライト・アタック
宰相マファルダの邸宅がある王都北区は、王都カーランのランドマークにふさわしい通称『水晶宮』と呼ばるパルナバッシュ王の居城がそびえ、その周辺には王族や貴族の邸宅が古くから並ぶのと、それらに取り入った近代企業経営者たちの邸宅が並ぶ、上流社会の縮図が押し込まれている。
幅の広い道には石畳がびっしりと敷き詰められて区画整理され、かつては屋敷と屋敷の間は植林された林が境界線となった一大リゾート地のような様相を呈していたのだが、近代経済を学んだ商人たちの台頭と貴族たちの弱体化で、遊地などの空き地はどんどんと切り取られて高級なマンションや商人の邸宅が至るところにそびえるようになったのである。
そしてここ、宰相マファルダの邸宅は、早くから『土地イコール財産』の概念に気付いていたのか、なんぴとたりともその土地に色目を向ける事を許さないよう、ぐるりと高い塀で屋敷を囲み込んでいた。
──マファルダの屋敷から1ブロックほど離れた住宅地の路地裏に、何やら怪しげなトラックが一台停まっている。
深緑色のそのトラックは社名の塗装など何もなく、王国陸軍の登録番号すらペイントされていない全くもって謎の所属。
そのトラックが石造りのマンションが立ち並ぶ街路の一角でエンジンを切り、荷台から人の気配を放っていたのである。
分厚い布で覆われて薄暗い幌の中……
後部出入口に垂れている生地の隙間からは、太陽の光がチラチラと差し込んで光の柱が遊び回る、その仄暗い荷台の中に複数名の男女が蠢いている。
あるハーフエルフの女性は、周囲に人の目があると言うのに平気で服を脱ぎ出して下着姿に。トラックの積荷の中から軍服を取り出して着替えている。
ある青年はやはり積荷から拳銃弾を使用する短機関銃を取り出して肩から下げ、予備弾倉にせっせと弾丸を込めていた。
そう。このトラックは核爆弾の秘密製造施設を強襲した、マヌエルルーチョ運送のトラックで、オレル以下参謀情報部三課が都合良く使い続けているのだ。
オレルの召集を受けて、三課のメンバーそして魔女のクラリッチェとアンナベッラ全ての関係者がこのトラックに集まっている。本来は通信係で現場には顔を出さないマザーズネストまでもだ。
私服で街頭作戦をしていた者、闇夜に紛れて突入作戦を行った者たちなど、様々な役割分担に似合う格好をしていたのだが、ここに全員が集った事でオレルからの指示が出たのだ「昼間の突入戦を敢行する、全員都市型迷彩に着替えろ」と
白色の強い黄土色を基本に、数段階の薄い青色やほのかな緑色がランダムに染められた都市型迷彩服に着替え、戦士たちは次々に自分に与えられた装備を身に付けて行く。つまりは夜を待たずに、この昼間の時間をもって決着を付けるとオレルが決断し、その意図を察した部下たちは誰一人問い合わせる事無く黙々と準備を始めたのである。
三課のメンバーたちが声一つ発せずに準備を行う中、トラックの荷台の一番奥、運転席に一番近い場所にオレルがいる。
トラックの床に座り込み、目の前の床には手のひらほどの小さな木箱を置いて、その回りをチョークの白線で四角にグルリと取り囲む。
そして床にある木箱を中心として、オレルの反対側にはアンナベッラとレイザーがやはり床に座って、その木箱を指差しながら、何やらオレルに説明をしていた。
小さな木箱とはすなわち、宰相マファルダに邸宅であり、白線で描いた四角は邸宅を取り囲む塀。それに付け加えてアンナベッラの使い魔がもたらした情報と、双眼鏡で監視を続けたレイザーの所見……。それら全てが目の前にある小さな木箱に凝縮された時、オレルは小さく指笛をピイっと鳴らす。するとその場にいた誰もが手を止めて、オレルの周囲にピタリと集まったではないか。
つまりはこれがブリーフィングの開始。これより指揮官が突入作戦についての説明を始めるのである。
「人質の健康状況を考慮すると、夜までは待っていられない。今から十分後のヒトゴーマルマルをもって作戦を開始する」
声が外に漏れないようにと、オレルは消え入るような声で説明を始めるのだが、その場にいる誰もが一切の身動きを止めているので、言葉が聞き取れない者は一人もいない。
──目標は二つ。宰相マファルダの拉致と、コンチェッタたちの救出だ。宰相マファルダの拉致は突撃班が行え、私が地下牢から二人を救出する
オレルは視線を下に落として木箱を指差す。作戦目標を示した上で、一人一人の具体的な指示を出すのだ。
──フルモナとハルヴァナは屋敷正面を全て掌握出来る狙撃位置につけ。そしてクラリッチェとアンナベッラ、マザーズネストも狙撃班に同行しろ。指揮管制所としての機能を発揮して状況報告を行え。
狙撃班が位置に着いたら突入開始。バイパー、シルバーフォックス、グリズリーと、レイザーとファウストはこのトラックで正面門を突破して屋敷のホール前につけろ。私は単独で屋敷の裏にある地下牢直通の扉から地下に潜入する。
「トラックが突入したら、狙撃班は射線に入った全ての近衛兵士を排除しろ、敵は推定二個分隊で二十名だ。そして狙撃班の援護で突入したバイパーたちは、ホールから二階の西を目指して宰相マファルダにたどり着け。レイザーとファウストはトラックで待機、マファルダの確保までその場で警戒しろ」
分かりました、了解しましたと、一人として口を開かずにうなづいている。暗がりの中で、誰もが瞳をギラギラと輝かせているのが印象的だ。
「マファルダを拉致した後、バイパーとシルバーフォックスは屋敷内一階の東側にある階段を利用して地下へ下れ。地下牢の看守二名と宮廷魔導師は私が責任を持って排除するが、人質救出の手が欲しい。そしてグリズリーはトラックに残り、退路確保と追跡者排除のための地雷設置を行え」
オレルは言葉を切り、一旦間を置いて全員を見回す。クラリッチェとアンナベッラは不安を隠せないのか表情に陰を落としているが、三課のメンバーに怯えの色は浮かんでいない。最年少のファウストであってもだ。
「宰相マファルダの拉致、これと人質救出が強襲作戦の根幹であり、他の事は一切考えるな。よって立ち塞がる者は全て排除して良し。全員をトラックに乗せたら屋敷を離脱、拠点Bに移動する」
オレルはスッと立ち上がり、腕時計の時間を確認した
「時間が無い、さあ始めるぞ。前代未聞のデイライト・アタックだが、我々ならやれる」
その言葉をきっかけに、戦士たちは急いで身支度を整え、そして装備を完成させる。
闇に蠢く諜報特殊戦部隊が昼間に作戦行動を行わねばならないと言う想定外の作戦が今、実行に移されたのだ。




