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104 符牒「海神の門が開き漁師は飲み込まれた」


 オレルがブリーフィングの場でオペレーション・セメタリーの発動を宣言したのが一昨日の夜。 明けて昨日は朝から、全員がそれぞれ自分に与えられた役割を果たして日没を迎えて終了する。

 オレルたち突撃班はその日、昼間の間に突入のための準備を行い、日没とともに直轄領へと出発した。

 その間クラリッチェと狙撃班は街に出て街頭演説に没頭し、アンナベッラとレイザーは皇太子不在でアポイントメントが翌日に繰り越されて、初日は宰相マファルダの邸宅の監視に明け暮れた。


 ……そして作戦二日目の昼過ぎの事…… 

 近衛警察に追われながら声を枯らして民衆に訴えかけるクラリッチェたちと、皇太子の後ろ盾を得たアンナベッラたちの元に、マザーズネストからオープンチャンネル (全域通信)で思念交信が入る。──誰もが歓喜に打ち震える内容が、彼らの脳裏を駆け抜けたのだ


(マザーズネストよりオールユニット、マザーズネストよりオールユニットへ通達。コヨーテより通達が入ったので今から読み上げる)


 もうこの時点で、王都に残ったメンバーたちは確信している。小型の思念送受信機を支給されたクラリッチェとアンナベッラも確信している。

 ──朗報だ!朗報が来た!──

 決して失敗したなどとは思わず、頭の片隅にネガティブな予感など浮かべずに、彼らは期待に胸を膨らませて思念送信の続きを待つ。


(本日未明、海神の門が開き漁師は飲み込まれた。繰り返す、海神の門が開き漁師は飲み込まれた)


 ──作戦成功だ!目的は達成されたのだ!──

 王都の街頭を車で移動していたり、皇太子との折衝が終わりマファルダの邸宅を監視していたりと、それぞれがそれぞれの場で平静を保っていたのだが、みるみる内に高揚感が表情に浮き上がる。

 頬を朱色に染めて瞳に漂っていた疲労感を吹き飛ばすこの符牒(ふちょう)……同業者や仲間内でしか分からない言葉は、海神の門が開いた事で核爆弾の秘密製造施設の完全破壊を意味しており、漁師が飲み込まれた事でヴァレリ・クリコフの排除に成功したのを意味していたのだ。


「すごい、すごいね!あんたらの親方は!」


 近衛警察と乱闘したり追跡したり、とうとう銃撃戦に発展したりと……

 王都カーランを縦横無尽に駆け巡るポンコツ自動車の中で、魔女クラリッチェはそう叫ぶ。


「私たち自慢の指揮官殿よ」

「私も姉さんも、あの人大好きなの」


 近衛警察の車輌が何台も追いかけて来る緊迫の場面で、運転していたフルモナと、助手席から身を乗り出して警察車輌を射撃していたハルヴァナが、クラリッチェにそう答える。


「大好き?二人とも大好きなの?あのいつもムッツリしてて冗談の一つすら言わなそうな人が?」

「あはは、クラリッチェも失礼ね。ペラペラ喋り通す軽い男なんかよりも、闇を感じる寡黙な人の方が好きよ」

「私も姉さんもあの人に救われたの。私たちハーフエルフはどっち付かずで居場所無いでしょ?でも中佐は私たちの居場所を作ってくれた」

「そう。同情心からじゃなくて、私の能力を信じてくれたの。だから大好き」

「私も姉さんに負けないくらい大好き。まあ、バイパーみたいなお子ちゃま好きには分からないかな?」


 ──この前ハルヴァナなんか、恋の魔法だとか言ってシャリヘットの実を煎じて祈ったら、恋の魔法じゃなくて呪いの呪術になっちゃって、中佐がお腹壊して大変だったの

 ──やめてよ姉さん、私だって知ってるよう。睡眠学習だとか言って、寝てる中佐の耳元でシルフに「フルモナ大好きフルモナ最高」って言わせてるの

 毒気も無くケラケラと笑うフルモナとハルヴァナ、後部座席のクラリッチェは無邪気で絶対的な二人の愛に食傷気味になりながらも、笑い過ぎて蛇行を繰り返すフルモナに青ざめながら「前!前見て!」と叫び続ける。


 一方、アンナベッラとレイザーも、宰相マファルダの邸宅を監視するために、近所にある石造りの三階建てマンションの屋上から中の様子を伺っている。

 中から氏名不詳の少女が出て来た事から、使い魔の黒猫ステッラを追跡に出したのだが、あえなく失敗。街中で振り切られて行方を見失ったとの事で、二人揃って意気消沈していたところに、マザーズネスト発の朗報が入ったのだ。


「すごい、すごいです。オレルさん、とうとうやっちゃったです」

「私たちも気を抜いていられないわね。あの方の役に立たなきゃ」


 一度アンナベッラに微笑み、再び双眼鏡から覗く光景を喰い入るように見詰めるレイザー。その真剣や横顔をチラリと見たアンナベッラは、レイザーの任務に対する意識……つまりプロ意識の高さに驚く。

 目的が達成されたと連絡を受けて、嬉しいのは当たり前。だけどまだ全てが終わった訳ではなく、ここで気を緩ませて失敗すれば、それこそ仲間に迷惑を掛けてしまう。


「喜ぶのはいつでも出来る、、、です。そう言う事ですね?レイザーさん」

「そうね。後で後悔したくないなら、今を全力で走り抜けないとね」


 ──そして、あの方は必ず全力で走る者たちに言ってくれる。今は休め、良く頑張ったな と

 さすがにレイザーがこれを口にする事は無かったが、マザーズネストから次の指令が入った事で、全員は再び全身に緊張を走らせる。いよいよ終わらせる時が来たのだ。


(マザーズネストよりオールユニット、マザーズネストよりオールユニットへ。囚われた姫を助けるために若き剣士は聖剣を手に取る。繰り返す、囚われた姫を助けるために若き剣士は聖剣を手に取る)


 その内容はまさしく、宰相マファルダの邸宅を襲撃して彼女を拉致し、囚われたコンチェッタと黒魔女のフェデリアの救出を実行する符牒。これから実行するぞと言うオレルの宣言だ。


(なお、本件にあってはヒトヨンサンマル現地集合にて開始するが、周辺を徘徊する熊に注意されたし。合言葉はワルプルギスの夜)


 宰相マファルダ邸襲撃は、午後ニ時に現地集合。邸宅周辺の目立たない場所に装備を積載したトラックを付けるのでそこに集合して作戦説明。合言葉はワルプルギスの夜と言うように──


 いよいよパルナバッシュでの実力行使も最高潮を迎える。皇太子が要求して来るであろう暗殺依頼を除けば、これが全体で行う最後の実行作戦であるのだ。



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