103 “後顧の憂い”の名のもとに
新たな年を目前に、王都カーランが騒然としている。
昨日から街のあちこちに魔女が出没しては、衝撃的な内容を民衆に訴えかけ、人々の闘争心に火を付けているのだ。
「穏やかな農業王国パルナバッシュが、大量破壊兵器を密かに製造していた!」
「それはたった一発の爆弾で街一つを蒸発させる悪魔の爆弾だ!」
「パルナバッシュ王レアンドロ六世の直轄領に秘密の製造工場があり、民主化運動で捕まった市民が政治犯として強制労働させられている!」
「そしてそれに気付いた宮廷魔女と西海の魔女連合は王を諫めたが、逆に国家反逆罪の疑いで宮廷魔女コンチェッタが捕らえられて幽閉されている」
「パルナバッシュ建国の象徴である魔女に対してこの仕打ち。魔女はそれを絶対に許さない!」
「老いて自分の判断がつかないレアンドロ六世、そして王を陰で操る宰相マファルダ。魔女連合は彼らを討ち倒して清廉だったパルナバッシュを取り戻す!」
宮廷魔女ナンバー2であるクラリッチェが、街頭で拳を振り上げながら民衆に訴えた内容がこれだ。
このクラリッチェの演説の巧妙なところは、民衆よ立て!武器を手にレアンドロ六世体制を崩壊させよ!と煽っていない点にある。民衆の意識の根底に民主化運動がくすぶっているのは承知しており、民衆の背中をポンと押せば簡単に火は付くのだが、本格的な内戦に発展してしまう恐れを抱いたクラリッチェは、演説内容についてオレルに相談していたのだ。──民衆を焚き付けると、焼け野原になるまで殺し合いが続く。そして建国の象徴である日陰の立場から、革命の頂点に立つのだけは避けたい
彼女の真意を聞いたオレルは、民衆が立ち上がりながらもパルナバッシュの血筋を残せるような、灰色決着の折衷案を彼女に授けた。
レアンドロ六世と宰相マファルダの体制を悪として、二人を引きずり下ろして別の王族にすげ替えるために魔女は闘うと主張しろ。民衆には傍観者、第三者であれと距離を置くよう匂わせろ。そして新たなパルナバッシュは「今よりマシ」と判断すれば、民衆は魔女を尊敬しながら王国体制の維持に協力するだろう。
“白黒付ける完全決着が無くとも、民衆が望む結末に到達しなくとも、カタルシスがあれば山は動く。外道な言い方かも知れんが、それが飲み込めないならコンチェッタは諦めろ”
手を汚す覚悟が無い者は、綺麗事を口にするな。腹にしまって隠遁してろ……オレルの静かな気迫に対して、クラリッチェは反発しながらもそれを燃料に自分を奮い立たせる。そして彼女は隠れ家から王都に飛び出したのである。
もちろん、王都カーランから南西に遠く離れた地方都市……魔女の本拠地である『魔女工房』に式神を飛ばして通信を試み、状況の全ては報告してある。そして“大ババ様”を筆頭に幹部魔女たちの了解も得ており、近日中には援軍の魔女が大挙して王都に集う事も約束された。
だからクラリッチェは声を張り上げる。声が枯れる事すらいとわずに、必死に民衆へ訴え続ける。
アムセルンド公国の諜報部隊、その狙撃班の身辺護衛を受けながら、年の瀬のこの寒空の下で、魔女らしく肌を露出したコスチュームのままに、公園や広場や大通りの真ん中で彼女は立つ。
囚われた仲間の無事を祈りながら、王と宰相の不実の治世をひっくり返すために。
一方、宮廷魔女トリオ最年少のアンナベッラは、王都カーランの郊外にある、王族の邸宅を訪問している。
王族の名はベスティーニ・ルド・パルナバッシュ、宰相マファルダの息子でありレアンドロ六世の孫にあたる皇位継承権第二位の皇太子だ。
アンナベッラは、このベスティーニ皇太子の元を訪れて皇太子に事の顛末を全て話し、民衆側と宮廷魔女に対しての後ろ盾を得ようとしていたのである。
王都カーランに鎮座する水晶宮と違い、質素な雰囲気を醸し出すこの皇太子の邸宅は、まさにこの館の主人の心根を表しているかのようでもある。
王や宰相の直系血族だけでなく、親戚なども含めて「覇気がない」だの「器じゃない」「優しすぎる」などと陰口をたたかれながらも、自分の信念を貫き通して質素倹約に努めるのは、なかなかの人物であると推察された。
応接間に通されたアンナベッラとレイザーは、パルナバッシュに今起きている事を包み隠さず打ち明けて、逆にベスティーニ皇太子の真意に触れた。皇太子は皇太子で憂慮の時代だと発言したのだ。
「母はね、農業国である現状をひどく憂いていてね。工業力や軍事力など、世界に対抗出来る国にするのだと言って聞かなくてね、強引な変革を断行して民を疲弊させていたのは知っている。“古き良き”が必ずしも全て正しいとは言わないが、その国その国で培ってきた風土や土壌があるはずなんだ。母のやり方は争い事しか産まないと考えていた」
ベスティーニ皇太子とテーブルを挟んで反対側に座るアンナベッラ、レイザーはオブザーバーとしての立場で臨席を許されながらも、王族と建国の象徴に敬意を示す意味で、アンナベッラの後ろで直立不動を保っている。
「今、宮廷魔女序列二位のクラリッチェが、街に出て王家の不実を訴えているです。民主化運動弾圧を重ねて来た過去もあるので、民衆は間違いなく立ち上がるです。でも、でも魔女の立場としては王族に寄り添うのが古来よりのしきたりです。どうか、どうか皇太子殿下のお口添えをいただきたいです、建国の魔女に寄り添い民を導くと。皇太子殿下が後ろ盾となっていただけるなら、流れる血も必ず少なくなるです」
「うむ。以前にね、旅の異世界転生人に話しを聞いた事があるんだ。彼は歴史学者だったそうでね。近代化の時代に民主化運動が成功し、革命と言う言葉に飾られた華々しい時代が始まるのだそうだが、市民同士の主義主張を武器に変えて、血で血を洗う暗黒の時代が必ず闇の歴史として存在するそうだ。私はそれを良しとしない。別に王家を延命させようとは思わないが、パルナバッシュの民に血を流させるのは避けたいものだ」
「皇太子殿下、それでは!」
「うん、君たちに協力しよう。王位継承レースで母親に暗殺されるよりも、今の内に芽を積むと言う保身の気持ちも無い訳ではないが、このままではパルナバッシュが無くなってしまう。宮廷魔女と民たちに協力を約束する。そして平和が訪れたら、君たちや民が国をどうするか決めれば良い」
……あれ?何故だろう?何故この皇太子は代わりに自分を王にしろと要求して来ないのですか
違和感を覚えるアンナベッラだが、目の前にいる穏やかなこの青年は、アンナベッラの抱いた疑問に気付いたのか、優しげに笑いながらこう答えた。
「年が明けたら、コンチェッタに求婚する覚悟でいたのだ。私は彼女が囚われたと聞いて怒りを覚えている、極めて個人的理由だがね。私としては、王位継承の醜い争いから離脱出来て、コンチェッタと結ばれればそれで良いと思っている。もちろん、民に平穏な日々が一日も早く戻る事もね」
……ひいいい!あの姉さん、知らないところでやる事やってるですね
頭から湯気が出そうな勢いで赤面するアンナベッラ。皇太子の全面的な協力を受けて、全ての水が堰を切って流れ出した事を実感する。
「ただ……ただ一点だけ懸念が無い訳ではない」
「何ですか?後顧の憂いが無いよう、お話ししていただきたいです」
それまでアンナベッラを好意的に見詰めていたベスティーニ皇太子は、その視線を彼女の左後方へとずらす。そして鼻から軽くため息を吐き出しながら、その品の漂う表情に、怪訝な色を浮かべたのだ。
「アムセルンド公国陸軍の諜報部隊、通称レイザーこと、リア・バルツァー少尉。君が自らの素性を隠す事無く明かしてくれたのは賞賛に値するが、この国の政変に他国の諜報機関が関与していた事実、これはさすがに波風が立つ。民主化運動が成功して新たな体制が始まったとしても、それが他国の意向に沿った傀儡政権ならば、運動の正統性が失われてこの国の未来が危ぶまれてしまう」
「皇太子殿下、発言をお許しください。皇太子殿下におかれましては、我々諜報部隊が後顧の憂いにならぬ事を明言させて頂きます。我々がこの地に足を踏み入れたのはあくまでも、大量破壊兵器の開発阻止と、暴走を始めた異世界転生人の排除でございます。目的が達成されれば、即座に我々は帰国しますゆえ、ご安心いただきますよう」
「なるほど。そもそもがパルナバッシュに赴いた理由が違うのだと。そう信じて良いのだね?」
「はい、信じていただくしかありませんし、もしそれが叶わぬのなら、殿下の近衛を監視部隊として我々に付けていただいても構いません。国境を渡って帰って行く我々の姿を確認していただければと存じます」
……そうだ、みんな帰っちゃうんだ……
これはアンナベッラの心の隅っこで、チクっと疼いた寂寥感の鼓動。誰の背中を見詰めて手を振るのか、そんな自分が見えてしまったのだ。
「あはは、良いよ良いよ、そこまではしないよ少尉殿。正直なところ無理にでも信用しなければ、話は前に進まないし、コンチェッタも救えない。だから私は君たちを信じよう」
「皇太子殿下のご配慮に感謝申し上げます。一両日中に我々の部隊が目的を達成すれば、帰国の途につく手筈なのですが、信用と信頼の証として皇太子殿下にご提案を申し上げたく存じます」
「構わないよ、話してみたまえ」
あらためてお辞儀して口を開いたレイザーは、驚くべき内容いや、恐るべき内容を話し始めた。その話を聞く者によっては、不快感を露骨に放ったり、怒りに眉間の皺を寄せたりと、これが闇に潜む者たちの流儀なのかと身震いする内容の提案を行ったのだ。
「我々にも後顧の憂いがございます。見知らぬ土地で知り合って肩を並べた宮廷魔女、そして皇太子殿下。そして内戦の危機に瀕した国民たち。今後彼らの負担が少なくなるような提案ならばしても良いと、指揮官からの許可を得ております。殿下、民主化運動が成功すれば、間違い無く宰相マファルダは人民裁判で死刑判決が出るでしょう。彼女がギロチン刑に処されるのは時代の象徴となるので、コンチェッタ救出作戦においてはマファルダを射殺せずに、生きたまま捕らえる事をお約束します」
もうこの時点で、ベスティーニ皇太子とアンナベッラは、目をまん丸にして呆然としている。
淡々としていながら、何て恐ろしい事を言っているのだと驚いているのだが、提案の本筋が彼女の口から出た瞬間、二人とも凍り付いたのだ。
「殿下、パルナバッシュの未来を考えれば、殿下による早期安定が望ましく存じます。下種な言い方をすれば、我がアムセルンドにも平和をもたらすのですから。そこで我々からの最初で最後の提案です、宰相マファルダ以外で殿下の政敵になり得る人物の名前をリストアップしてください。信用の証として、ことごとく闇に葬ります」
皇太子は頼むと即答はしなかった。だが、苦しい表情で多少の時間をくれと保留にしたのである。つまりは提案受諾、リストアップはするから頼むと言うサイン。
ベスティーニ皇太子はアンナベッラと参謀情報部三課に、全面的な協力を約束したのである。
ベスティーニ王朝が誕生すれば、絶対にアムセルンド公国に歯向かう事の無い仕組み作りが出来上がっている。
つまりこれは、提案と言う名の内政干渉であり、政権奪取を狙う皇太子が避けては通れない魅力的な提案なのだ。
まさにこれこそがレイザー。オレルが認めた三課の頭脳の、本領発揮であった。




