102 いざ王都へ
夜明けにはまだほど遠く、暁に白む空すらまだ現れない深夜。パルナバッシュ王レアンドロ六世の直轄領を、一路東に向かって疾走するトラックがある。
日付も既に変わっており、深まった夜が折り返し地点も過ぎているのに、ヘッドライトの灯りも点けていないそのトラックは、星空の明かりだけを頼りにアクセルを踏み込んで闇を切り裂いている。
いかにも人目に付きたくないと言わんばかりのドライブ。それもブレーキランプを点灯させる事も躊躇するような、闇に同化するのを意識した運転は、そのはず。トラックに乗り込んでいるのは、アムセルンド公国陸軍の参謀部参謀情報部三課の突入班が乗り込んでおり、核爆弾の秘密製造施設から距離を取るために一分一秒を急いで離脱している途中なのだ。つまりは逃走──脱出だ
秘密施設の地下二階からスタートし、オレルたち突入班は地下一階の中央制御室を楽々制圧した。そして中央制御室にあった資料やマニュアルを通じて、いよいよブラックボックスとなっていた最下層六階までの様子が判明したのだ。
地下三階は作業エリア、濃縮ウランのコア用容器や、魔法作動具の製作などの工業系エリアである。
地下四階は魔法作業エリア、濃縮ウランのコアに対する起爆用の爆縮魔法カートリッジに、魔法を注入する作業エリアである。
地下五階は魔法機具貯蔵庫、完成した爆縮魔法カートリッジが貯蔵されるエリアで、最下層六階がウランの濃縮作業所であり、ウランが一元管理されていた。
──内部構造図を見ると、観客席も含めた野球場がまるまる入るような広いフロアが、地下に六層も連なっており、オレルは破壊作業にどう着手すべきか瞬間的に思いを巡らせる。
『ヴァレリ・クリコフの排除と、核爆弾の破壊』が主題であるこの作戦も、それに伴うと言う言葉がどんどんと増えて来ている。
完成した核爆弾を破壊して終わりではなく、これだけ製造ルートが完璧に仕上がっている事から、今ある核爆弾を破壊したところで、その後の量産体制に対してはまるで効果がない。
新たなリーダーによる新たな核兵器製造についても可能性の芽もついでおかなければならず、「破壊」の定義が爆発的に広がったのである。
ヴァレリ・クリコフの元で育った核物理学者を片っ端から排除するか?そして王立科学研究所に重力魔法を提供し続ける西風魔導協会の魔法使いを片っ端から排除するか?そうなればこの地下施設だけでなく、地上に建てられている宿舎棟で寝入っている者たちも完全排除する必要がある。
だが、持参した爆薬は限られており、地下施設と地上施設の両方を破壊するのは不可能。更に核爆弾を起爆させて全てを灰にしても良いのだが、オレルたちが安全地域まで逃げ切れるのかも怪しい。
何に対して爆破をしなければならないのか……つまり何を諦めて、何を優先破壊しなければならないのか決断を迫られていたのである。
「……おや?何だこれは?」
バイパーとシルバーフォックスが、オレルを静かに見守りながら最後の命令を待っていると、オレルが必死にめくっていたこの地下施設の階層マニュアルに、興味深い場所がある事に気付いたのだ。
「地下五階の魔法機具貯蔵庫のエリアごとに、魔法発現緊急避難装置と言う名称のポイントがある……索引ページTの7」
魔法発現緊急避難装置、この言葉が引っかかったオレルは、索引を開いてその言葉が何を意味するのかを調べる。すると、何とも興味深い事実が浮き上がったのだ。
「貯蔵庫で保管されている爆縮魔法カートリッジが、何かのきっかけで誤作動を起こして魔法を発現してしまう事がある。この緊急避難装置は、その魔法に引き込まれないように避難するためのボックスなのか」
オレルの瞳がキラリと光る。緊急避難装置が設置されている事で、爆縮魔法カートリッジの保管庫に脆弱性がある事を一発で見抜いたのである。
「最悪は濃縮ウランを爆破して汚染地区にすれば良いだけだが……こちらの重力魔法の方に何か可能性を感じる」
──オレルは決断した。保管されている爆縮魔法カートリッジがトラブルを起こせば、施設に重大なダメージが与えられると判断し、そこを破壊工作のポイントと判断したのである。
そして、それはオレルの読み通りであったのだ。
偵察から帰って来たグリズリーの報告だと、発電所は無人でいつでも爆破が可能との事。
オレルはこの中央制御室のコントロールパネルを通じて全館の扉を開放して、グリズリーに発電所の爆破を命令。発電所は小規模爆破でも全ての機能を停止させ、この施設は全ての扉を開けたまま沈黙した。
突入班は真っ暗になった地下の闇を駆け下り、地下五階魔法機具貯蔵庫へとたどり着き、オレルはそこで確信した。何と、拳大ほどの爆縮魔法カートリッジがズラリと無数に保管されており、これだけあればと……この施設の完全壊滅に希望を見出したのである。
「やはりな、やはり魔法は重力魔法ブラックホール。濃縮ウランの真球の中央に埋め込んで起爆、ブラックホールの引力で濃縮ウランを瞬間的に吸い込んで核反応を誘発させるか」
……よし、これだけのカートリッジがあれば、少しの量の爆弾でブラックホールが発生し、他のカートリッジを飲み込んで膨らんで誘爆。地下に巨大なブラックホールが誕生して全てを飲み込む……
こうして、オレルたち突入班は爆縮魔法カートリッジ保管庫に時限爆弾を設置して逃走。トラックに戻って一目散に逃走を開始したのである。
──王都に向かうトラックの中、夜間無灯火運転のスキルに長けたグリズリーが運転する中、後方の荷台に詰めているオレルたちは、作戦の成功を喜び合いながらも、言葉少なめに西の大地を見詰めている。
ファウストの質問に対してオレルが説明するには、漁船ぐらいの暗黒の球ブラックホールが誕生し、周りにある全ての物質を飲み込み続けると言う。
そして全ての物質を凝縮して満腹になったら、頭と尻から『ジェット』と呼ばれる粒子のレーザー噴射を始めて建物を縦横無尽に切り刻み、やがて勢いを無くして消えて行く。
もう、あの地下建造物は二度と使い物にはならないであろう。そして、忌み嫌われる土地として、誰も足を踏み入れる事は無いであろう。つまり、作戦の勝利条件を完璧にクリアしたのである。
西の地平線から時折り見える、小規模な爆発や火災。そして夜明けを待つ空に走る粒子レーザーの毒々しい乱舞。宿舎棟や研究棟やヴァレリ・クリコフの死体をも飲み込みながら、大地にぽっかりと巨大な穴を開け、その中心で全ての物質を貪欲に飲み込む黒い球体の存在は、容易に想像出来る。ブラックホールの存在が理解出来ないバイパーたちですら、瞳に脅えの色を浮かべるほどに壮大な悪夢のスペクタルだ。
だが、それらの光景を目の当たりにしながら、作戦を成功させた実感を覚えているものの、彼らはあっという間に表情を引き締めた。
「まだ全てが終わった訳じゃない」「他の仲間は昨日の昼間から闘っている」その想いが、彼らを駆り立てるのである── 一刻も早く王都に戻ろうと
そしてオレルだけは、もう一つの思考に想いを馳せていた。中央制御室にあった「管理日誌」と言う名のファイルを一つ盗んで来たのだが、今ほどそれを開いてチラリと眺めた時、実に衝撃的な内容が記載されていたのだ。
「そうか、これで登場人物が全て揃ったな」
それはまさしく、ジグソウパズルの最後のピースがハマった瞬間を意味するほどの重大性を秘めていたのである。




