101 阿吽の呼吸 ──中央制御室突入
──見えたものは事実、見えたものは真理、見たままを感じるのは素直。清廉なれば清廉なほどに、見た事象を信じて迷路にはまり行く。昼と夜の神聖神ボホールノルニェの力を借りて、今ここに人々は闇夜を眼に焼き付ける。ダークネス・オン・サイト……来たれ闇よ、人の網膜に闇を落とせ──
地下に広がる核開発施設、その物質搬入口となる地下二階のトラック駐車場に停まっている一台のトラックから、少年の囁き声が聞こえて来る。
これは三課の魔法使いであるファウストが解き放つ戦闘補助のエリア魔法、「ダークネス・オン・サイト(闇の視認)」の呪文の一説。
この魔法を行使すると、そのエリアにいる生物の網膜に作用して、取り込む光量を抑える作用が働くのである。つまりこの呪文の影響下にあるエリアでは、明るい部屋にいる者は薄暗がりに感じ、暗い廊下を歩く者は闇夜を歩く感覚に陥れるのだ。
そうなれば、侵入したオレルたち突入班にとっては好都合の環境に変わり、警備員などの敵に発見される確率が圧倒的に下がるのである。
現に、螺旋のスロープを下って、地下二階のこのトラック駐車場に到着したオレルたちは、ファウストの魔法が発現したのをきっかけに突入を開始した。そして、駐車場に繋がる物資の搬入倉庫から中央エレベーターへ進み、難無く地下一階の中央制御室へとたどり着いたのである。
この間に戦闘らしき戦闘は一切無い。巡回していた警備員たちを、音を立てず一方的に排除したのが三回。未だにオレルは警備員たちに見つかって、警報を鳴らされたり、ライフル銃を向けられてはいないのである。
地下一階に上がった突入班は、あっと中央制御室の扉へと辿り着く。
皿を重ねて作ったかのような地下施設は、碁盤の目のように直線が折り重なる通路は少なく、絶えず外縁に沿う形でカーブする通路を進むのだが、制御室はまさしく施設の心臓部だと言わんばかりに中央エレベーターの背後に広がっていたのである。
──夜間だからなのか、それともセキュリティが万全なのか、出入り口に歩哨は立っていない──
バイパー、シルバーフォックス、そしてグリズリーに対して"その場で待機"を命じたオレル。銃を構えながら地を這うように足を進め、中央制御室の扉に取り付いた。
さすがはこの施設の心臓部と言ったところなのか、壁から扉から分厚く頑丈なスチール製で囲まれており、出入りはこの扉一箇所のみ。つまりは中央制御室に侵入するには、突入戦を仕掛けなければ、その後の作戦を進展させる事はままならなくなるのだ。
扉と壁のわずかな隙間に耳を寄せて、静かに内部の様子を伺うオレル。
(たまには街で派手に遊びたいよなあ)(その前に俺が貸した金返せよ) (お前も貸してたのかよ)と、中からは警備員たちの会話が微かに聞こえて来る。どうやら複数人で配置されているらしい。
──数は一、二、三……四人目がいるか?──
会話は二対一、つまりこの制御室に詰めている警備員は確実に三人いる。しかし二対一の一の方が別の第三者に同意を求める発言を行なっているようにも感じ、四人目の存在を匂わせているのだ。
(排除対象は四名。数を低く設定して突入するよりも、四人目がいるものと仮定して行動した方が良い)
オレルは振り向いて手招きでチームを呼ぶ。三人は無言でそれに答え、一切足音を立てずにすり寄って、オレルの周りに集結した。
オレルは無言のまま、全員を見回し、ハンドサインで指示を送る。
──人差し指で自分の胸をトントンと叩き、その指で扉を指し示してノックをするジェスチャー。そしてその手で何かを掴んで引っ張る仕草を行い、親指を床に向けて下方向を示した後、バイパーに向かって指を差した。
(私が扉をノックして係員を呼び、扉を開けさせる。扉が開いた瞬間にその係員を掴んで引っ張り出すから、バイパーが排除しろ)
バイパーがそれを理解して親指を立てると、オレルは次にグリズリーに視線を合わせる。
──右の手の平を下に向け、パーとグーを何度も繰り返しながら、左手の人差し指を自分の目に当てる。そして両手を使って右手に持つ物体のピンを、左手で抜くジェスチャーを行い、制御室の室内に放り込む仕草を見せた。
(バイパーが対応に出て来た係員を排除している間に、グリズリーは擲弾を室内に放り込め。使用する弾種は無音閃光擲弾だ)
通常の閃光擲弾……スタングレネードは炸裂時の大音響と閃光で敵を無力化するが、今は隠密潜入時の途中であり、制御室制圧が最終目的ではない。
他の警備員たちに音で察知される危険性もある事から、炸裂音を抑えた閃光擲弾を使用するのが好ましい。
オレルの意図を理解したグリズリーは、ゆっくり頷きながら、腰のホルダーに入れておいた無音閃光擲弾を手にする。
ハンドサインの仕上げとばかりに、オレルはシルバーフォックスに目を合わせる。手の平を下に向けてグーとパーを繰り返したあと、彼女を指差したのちに左手の手首を右手でガッチリと掴んだのだ。
無音閃光擲弾が炸裂したら、君が終わらせろ。君が突入を指揮して制圧するのだ……突入班の司令塔である彼女に対して、突入戦の流れをコントロールをしろと命令したのである。
シルバーフォックスの決意に満ちた瞳を確認すると、オレルはスッと立ち上がって扉の前へ。おもむろにコンコンコンとノックを始めて、こう叫んだ。
「すいませえん!下の魔法研究室の開発部の者なんですが、館内の電灯暗くないですか?作業がはかどらなくて残業が終わらないんスよ!」
オレルのこのセリフは説得力があった。ファウストの魔法の影響下にあるエリアなので、この中央制御室に詰めている警備員たちも、館内の暗さを自覚していたのだ。
(すみません、ご迷惑をお掛けしてます!ちょっと電圧が落ちてるのか、こちらも原因を探ってるんです……)
オレルのクレームに即座に反応した警備員。制御室の中からそう返事をすると、扉のロックを外して無防備に扉を開けた。
「うん?……あれ?」
扉を半開きにして現れた若い警備員は、外に立っていた人物の異様な姿に疑問を抱いて唸った。何故なら、魔法研究室の職員だと思って扉を開いたのに、目の前に立っていたのは、頭のてっぺんから足の先まで真っ黒の、暗闇そのものを表現しているかのような人物だったからだ。
「あ、あんた……!」
不審に思った警備員が、声を上げようとした瞬間だった。オレルは無造作に警備員の服の胸元をむんずと掴んで、力任せに外へと引っ張り出したのだ。
すると「ぐうっ!」っと、肺を押し潰されたかのような断末魔の声が闇に響き、反対に制御室の室内には円筒形の缶がカランコロンと投げ入れられる。いずれも瞬時の連携なのだが、オレルの動きに呼応したバイパーとグリズリーが、警備員にナイフでトドメを差して、無音閃光擲弾を投げ込んだ瞬間だ。
そして「パン!」と言う金属が破裂する音と共に、制御室の中が真っ白に輝くと、残っていた警備員たちが目を押さえながら悶絶を始める。床を転がる円筒形の缶をついつい目で追ってしまった事で、太陽の光ほどある強烈な閃光を、ダイレクトに網膜で受け止めてしまったのだ。
制御室内で瞬間的に太陽が誕生し、そしてあっという間に暗がりが戻る。その終わりの時が警備員たちの最後だった。
無音閃光擲弾の効果が消えるタイミングを見計らい、バイパーとシルバーフォックス、そしてグリズリーは制御室に突入。タス!タス!タス!と三発の銃声をもって、全てを終わらせたのだ。
わずか数秒、まさしく電光石火の早技で制御室の侵入口を確保したオレルたち。静まり返った室内に、シルバーフォックスの状況終了宣言が響いた
「よし、この施設の内部構造が分かる資料を集めろ!グリズリーは発電室を隠密偵察、危険を感じたら引き返せ」
「了解しました」
グリズリーは爆弾がぎっしり詰まった大きなリュックを降ろして、拳銃一丁だけを手に廊下の奥へと消えて行く。
──館内全ての扉を開放して、濃縮ウランの貯蔵庫を爆破。放射線汚染区域として立ち入れないようにするか、それとも、グリズリーに施設全体の建築爆破を指示するか。もっとも効果的でインパクトのある破壊方法とは?──
古典的な目盛りのメーターがズラリと並び、いかにも秘密基地と言った装いの中央制御室で、オレルは最終段階の方法について決断を迫られていた。




