第9話 焦げ残る声
本番前夜、最後の通し稽古。
静まり返った舞台の上で、伊織と視線が合った。
暗い客席の向こうから照明の熱だけが降り注ぐ。
彼は少し首を傾げて、静かに笑った。
「透。君はほんと、僕より伊織を上手くやるね」
その言葉に、全身が一気に熱くなった。
声を出したら震えがバレそうで、ただ頷くしかなかった。
胸の奥が焼けるように痛いのに、どこか幸福だった。
“伊織みたい”と呼ばれるたび、俺の中の何かが満たされていく。
僕は、無意識に伊織を求めていた。
もはや伊織を想像することなく、自分一人で欲求を満たせた。
伊織が甘く囁き、罵倒し、優しく抱き締める。それは伊織そのものだった。
そして本番の日が来た。
照明が落ち、幕が上がる。
伊織が動く。俺も動く。
同じ呼吸、同じ視線。
音のない糸で繋がれているみたいに、彼の体温が伝わってくる。
観客の目には、二人の“伊織”が映っていただろう。
どちらが本物か、もう誰にも分からない。
終幕の台詞を言い終えると、世界が静止した。
一拍の沈黙のあと、拍手が爆ぜる。
伊織が振り返り、俺を見た。
その唇がわずかに動く。
全身が焼けるように熱くなり、視界の端が滲む。
俺は笑いながら、何かが壊れる音を聞いた。
舞台が終わり、照明が落ち、歓声が遠ざかっても、まだ彼の声が残っていた。
――その公演から二週間後、伊織はなんの前触れもなく消えたのだった。




