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第7話 境界
自分の躰を見る。
そこに伊織の姿勢、視線の高さ、まぶたの重さを映し込む。
静かに息を吸って、吐く。
目の焦点をぼかす。
感情を上書きする。
脳の奥で、何かがカチッと切り替わる音がした。
視界が白く滲む。
呼吸が遠くなる。
目の前のモノは、伊織に成っていく。
「……伊織」
「うん?」
「これで合ってる?」
伊織は少し驚いたように目を見開いた。
そして、小さく笑った。
「やっぱり、怖いくらい上手いね。ほんとに僕みたい」
その言葉を聞いた瞬間、頭が熱く真っ白になった。体が硬直し、奥底から熱くなる。
しかしすぐに、これは伊織じゃないと抑えた。
その後の稽古では、八代と組むことになった。
八代がセリフを発すると、以前よりずっと鮮やかに、世界が動いた。
けれど、俺の中ではもう迷わない。
台詞も、感情も、全部表面を滑っていく。
稽古が終わると、八代が俺の肩を軽く叩いた。
「……今日の葉月、なんか変だったな」
「そう?」
「うん、なんか、裏表がないというか……?」
「そっか! それじゃよかった」
帰り道、夜の風が冷たい。
街灯の下、スマホの黒い画面に映る顔を見た。
そこにいたのは、伊織のような自分。
指先で画面をなぞる。
――まだ伊織じゃない
“演じる”と“生きる”の境界は、とうに消えていた。




