第6話 騎士団からの注文
雪が本格的に降り始めた、ある日の昼下がり。
売り切れの札をかけて片付けをしていると、店の扉が大きく開いた。
ぬっと入ってきたのは、熊のように大きな男の人だった。
赤茶けた髭がもじゃもじゃと顔の下半分を覆い、肩幅は扉の枠いっぱい。騎士服の上から毛皮の外套を羽織っている。
その後ろに、見慣れた黒い騎士服があった。
「あ、エーリクさん」
「……団長が、話があると」
熊のような人は、がははと豪快に笑った。
「辺境騎士団の団長、ゴットフリートだ! あんたが噂のパン屋のお嬢さんだな」
「は、はい。藤宮紬です」
「単刀直入に言おう。うちの騎士団に、パンを卸してくれんか」
私はきょとんとした。
「騎士団に、ですか?」
団長さんは懐から、紙に包まれたものを取り出してカウンターに置いた。
包みを開くと、中から私の焼いたカンパーニュの切れ端が出てきた。
少し乾いてはいるけれど、断面はまだしっとりしている。
「これはな、エーリクが四日前の巡回に持っていったもんだ」
「四日前……」
「冬の巡回は、山の中で何日も野営する。だが魔法で焼いたパンは、一晩で石みたいになっちまう。だから連中はいつも、塩辛い干し肉と、歯が折れそうな堅焼きの乾パンをかじってるわけだ」
団長さんは、切れ端をつまんでひらひらと振った。
「ところがこいつは、四日経っても食える。しかも、うまい。エーリクが野営地でこれを出したら、若い連中が取り合いになってな」
(エーリクさん、巡回に持っていってくれてたんだ)
ちらりと見ると、エーリクさんはなぜか窓の外を見ていた。
「……団長。余計なことは言わなくていい」
「何が余計なもんか。お前が『俺の分だ』とか言って、半分しか分けなかったせいで喧嘩になりかけたんだぞ」
「…………」
エーリクさんの耳が、また赤くなっていた。
私は笑いをこらえながら、カンパーニュの切れ端を手に取った。
(時間をかけて発酵させた生地は、水分を抱え込む力が強い。それに、酵母の酸が、パンを傷みにくくしてくれる)
魔法で一気に膨らませたパンが日持ちしないのは、きっと生地が育ちきっていないからだ。
私のパンは、魔法を使えないからこそ、この土地に合っていた。
おまけの私にも、ここでできることがある。
胸の奥に、ぽっと小さな火が灯ったような気がした。
「やらせてください」
「おお、本当か!」
「ただ、巡回用なら、もう少し日持ちするように工夫したいです。ライ麦を多めにして、少し硬めに焼いて……それと、木の実や干した果物を入れたものも作れると思います。山の中で、甘いものがあると元気が出ますから」
団長さんは目をまんまるにして、それから髭をなでながら大笑いした。
「がはは! こりゃ頼もしい。エーリク、お前、いい人を連れてきたな」
エーリクさんは返事をしなかった。
でも、その口元がほんの少しだけ、ゆるんでいる気がした。
騎士団への注文は、週に二回。大きなライ麦のパンを五十個ずつ。
一人で毎日の店のパンと並行して焼くのは、正直かなり大変だった。
窯は一つしかないし、薪だって山のように必要になる。
(でも、やるって決めたんだから)
注文を受けた翌朝、裏庭に出て、私は目を疑った。
薪置き場に、割ったばかりの薪が、屋根に届きそうなほど積み上げられていた。
「……え?」
呆然としていると、表から聞き慣れたノックの音がした。
扉を開けると、エーリクさんがいつものように立っていた。
外套の肩に、木くずがついている。
「エーリクさん、もしかして、裏の薪……」
「……騎士団の注文だ。騎士団が薪を出すのは当然だ」
「でも、あんなにたくさん、一人で割ったんですか?」
「……訓練だ」
(絶対、訓練じゃない)
私がじっと見つめると、彼はふいっと目をそらして、カウンターの端の包みに手を伸ばした。
私が毎朝取り分けておく、三つの丸パン。
それを大事そうに抱えて、彼はぼそりと言った。
「……無理は、するな」
「はい。ありがとうございます」
扉が閉まったあと、私は裏庭の薪の山をもう一度見上げた。
不器用で、言葉が少なくて、でも、とても優しい人。
(お礼、何がいいかな。甘いパン……クリームパンとか、喜ぶかな)
この世界にカスタードクリームなんてあるのだろうか。卵と牛乳と、砂糖があれば作れるはず。
考えているうちに、なんだか楽しくなってきて、私は鼻歌まじりに生地をこね始めた。




