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【完結】聖女召喚の「おまけ」として捨てられたので辺境でパン屋を開いたら、無口な騎士様が毎朝通ってきて離してくれません  作者: フトダマノミコト


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第11話 メロンパンと涙

 夜明け前、窯から出したメロンパンは、私の知っているそれとほとんど同じ顔をしていた。

 表面のクッキー生地には格子模様がきれいに浮き出ていて、ところどころ砂糖がきらきらと光っている。

 焼きたての甘い香りが、厨房いっぱいに広がった。


(問題は、どうやって渡すか、なんだよね)


 聖女様が泊まっているのは、町の奥の領主館だ。

 パン屋が「差し入れです」と持っていって、受け取ってもらえるとは思えない。

 ましてや、神官長の目もある。

 カゴにメロンパンを並べながら考えこんでいると、表の扉が控えめに叩かれた。

 いつものノック。

 けれど、いつもよりずいぶん早い。


「エーリクさん? 今日は早い――」


 扉を開けた私は、言葉を失った。

 エーリクさんの後ろに、灰色の外套を頭からすっぽりかぶった、小柄な人影が立っていた。

 フードの下から、見覚えのある大きな目が、私を見上げていた。


「……紬、さん……?」


「ひなたちゃん……!」


 次の瞬間、ひなたちゃんは私の胸に飛びこんできた。

 細い腕で、ぎゅうっとしがみついてくる。

 外套越しにもわかるほど、肩が骨ばっていた。


「よかった……生きてた……っ、紬さん、生きてた……!」


「うん。生きてるよ。ちゃんと、ここにいるよ」


 私は彼女の背中をさすりながら、エーリクさんを見上げた。

 彼は戸口に立ったまま、周りの通りを警戒するように見回していた。


「……夜明け前に、館の裏庭で、ぼんやり立っていた。眠れないらしい」


「エーリクさんが、連れてきてくれたんですか?」


「……パンの匂いが、するかと聞かれた」


 ひなたちゃんが、私の胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で言った。


「昨日、広場に着いたとき……すごく、いい匂いがして。日本のパン屋さんの匂いみたいで……騎士さんに聞いたら、この町にパン屋さんがあるって……」


「……館の者には、朝の散歩だと言ってある。長くはいられない」


 エーリクさんはそれだけ言うと、扉の外に背を向けて立った。

 見張りをしてくれるつもりらしい。




 ひなたちゃんを厨房の椅子に座らせて、温めた牛乳と、焼きたてのメロンパンを出した。

 ひなたちゃんは、メロンパンを見たまま、ぴたりと動かなくなった。


「……え」


「食べてみて。ひなたちゃんのために、焼いたの」


 震える手でメロンパンを持ち上げて、ひなたちゃんはひと口かじった。

 さくっ、と軽い音がした。

 もぐもぐと口が動いて、止まって。

 大きな目から、ぽろりと涙がこぼれた。


「……メロンパンだ」


「うん」


「メロンパンだ……ほんとに、メロンパンだ……っ」


 ひなたちゃんは、子どもみたいに泣きながら、メロンパンを食べた。

 しゃくりあげながら、それでも一口も残さずに。


「朝練の前に……いつも、駅前のパン屋さんで買ってたんです。お母さんが、お小遣いとは別に、パン代くれて……」


「そっか」


「……帰りたい」


 その声は、小さく、かすれていた。


「帰りたいよ……お母さんに、会いたい……」


 私は何も言わずに、彼女の隣に座って、その背中をずっとさすっていた。

 帰れない、と言われた。

 私も、ひなたちゃんも。

 それを知っているからこそ、軽々しく「大丈夫」とは言えなかった。




 二つ目のメロンパンを半分食べたころ、ひなたちゃんはぽつぽつと話し始めた。

 城に残されてから、毎日、朝から晩まで祈りと浄化の訓練だったこと。

 休みたいと言うと、神官長に「聖女の自覚が足りない」と叱られたこと。

 食事の席でも、作法や祈りの言葉を間違えるたびに、皿を下げられたこと。

 王都を出てからは、毎日のように魔物の出る土地を回り、浄化を続けていること。


「浄化って、すごく疲れるんです。終わったら立てなくなるくらい。でも、休ませてもらえなくて……神官長様は、聖女は国のための器だって。器が疲れたなんて言うなって……」


(器……)


 ひなたちゃんの手の中のメロンパンが、小さく震えていた。


「紬さんのこと、何回も聞いたんです。どこにいるのかって。でも、神官長様は『国の外れで静かに暮らしておられる。聖女様が気にかけることではない』って。それ以上聞いたら、怒られて……」


 彼女は、私の袖をきゅっとつかんだ。

 あの日と、同じように。


「だから、紬さんがどこにも、いないんじゃないかって……怖くて……」


 私は、ひなたちゃんをもう一度、ぎゅっと抱きしめた。


「いるよ。ここにいる。ノルデンでパン屋さんやってるの。ちょっとした人気店なんだから」


「……ほんとに?」


「ほんと。騎士団のパンも焼いてるんだよ。すごいでしょ」


 ひなたちゃんが、泣き顔のまま、ふふっと笑った。

 あの広場で見た人形みたいな微笑みとは違う、ちゃんと十七歳の女の子の笑顔だった。


「ひなたちゃんがノルデンにいるあいだ、毎朝パンを焼いておくから。メロンパンも、クリームパンも、なんでも。眠れなかったら、ここに来ていいよ」


「……いいんですか?」


「もちろん。約束」


 戸口の向こうから、エーリクさんの低い声がした。


「……そろそろ、戻らないとまずい」


 ひなたちゃんは慌てて涙をぬぐい、残りのメロンパンを大事そうに外套の内側にしまった。

 フードを深くかぶり直して、戸口でもう一度振り返る。


「紬さん。……ありがとう」


「うん。また明日ね」


 エーリクさんに付き添われて、小さな背中が夜明けの通りに消えていった。

 私はしばらく扉の前に立ったまま、二人が去った方角を見つめていた。


(エーリクさん、ひなたちゃんを見つけて、ここまで連れてきてくれたんだ)


 あの人は、いつも、誰かのために黙って動いている。

 胸の奥が、じんわりと熱かった。

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