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もしも俺が若い女性が1人で切り盛りしているカフェのカウンターにいつもいるおっさんになってしまったらそのときは躊躇わず殺してくれ  作者: 梅野飴


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命と体験の天秤

こないださ、取引先が売掛金持ったまま飛んでんよ。

弊社とは20年来の付き合いだったんだけどね。怖いねAI。

んで、債権者なんたらで地方裁判所に行ったわけさ。

まあ35年間生きてきて初めての場所さね。裁判所なんて。

俺もまだこの歳になってこんな新鮮な体験ができるとは思ってなかったよ。

んでさ、以前おじさんになって新しい文化を嫌悪しないように気をつけようねみたいなことを書いたんだけど、今回はもう一歩進んで年を取るほど逆に体験を求めるようになったなって話。


【もしもぼくが刑務所に入ったら】

いきなりヤバい話になるんだけれど、この歳になってくるとなんかねもうね。刑務所とか入るのも悪くないのかなって思うようになってきたのよ。待って。通報しないで。お願いだから。防犯ブザー置いて。

これはね。別にやりたい犯罪があるわけではないのよ。

泥棒がしたいわけでも強姦したいわけでもない。

もちろん殺したいアホがおるわけでもないよ。……いないよ?いやほんとに。

つーかこの辺がたとえ罪に問われませんよって言われても普通にやりたくないやん。相手を傷つけるメリットがなさすぎるよ。何が楽しくてわざわざ人に恨み買わなあかんねんて話よ。

だから俺は一生犯罪をしないと言い切れるし、刑務所に入ることはないと思う。やっぱどうしても他人を傷つけるの嫌いなんよ。いい人やし。俺。ね。だからほら通報しないで。

ただ、まあなんかの間違いでさ、刑務所に入る日が訪れんとも限らんやん。人生ってわからんから。

でも、たとえそんな日がきてもそれはそれで人生が終わるとも思わなくなったのよね。

昔はさ、犯罪者になんてなって警察に手錠掛けられて刑務所に入れられたならもうそれで終わりやと。出所してもその後の人生は完全なる生き地獄だから犯罪なんてやったらもう人生終わりやと思ってたのよ。ほぼ死同然やって。

でもさ、この歳まで生きてくると色んな人と出会うし色んなものを見るのよ。

自分の歩く半径5メートル以内に、想像以上に色んな人がいるし、それらの人達もパッと見じゃわからない色んなものを背負っているのよ。俺と同じように。

きっとみんなの街にもさ、地方裁判所や簡易裁判所はあると思うんよ。

まあなくても近隣の大きめの町に行けば必ずある。

で、そこにフラッと行ってみたら毎日のようになにかしらの裁判をやってるわけよ。

田舎の小さな裁判所で特殊詐欺の裁判とか普通にやってる。

そこで実刑判決を受ける若者とかが普通にいる。

ドラマでしか観たことないような、人間の人生が大きく歪む瞬間がそこにはあんのよ

それを想像するとさ、世の中ってんなものなんやなって思うんよ。

全然気軽に、ライトに、お手軽に人生って狂うんやなって。

だったら、まあ逆に言えばそんな深刻に考えすぎなくてもいいのかもしれないよね。って最近は思うのよ。

みんな結構ぽんぽん狂ってんのやったら、たとえ俺にその鉢が回ってきたとしても、それって別にレアなことじゃないのかもなって。

生きてりゃ人生って終んねえのかもなって。

ただ改めて言うけど俺は

「みんなやってるから犯罪やろうぜ刑務所入るのも武勇伝だぜ」

なんてことを言っているわけじゃないよ。そういう話じゃないからねこれ。

言いたいことはあくまで、死ぬまで人生は終わらないよねってこと。

飯食ったらうんこ出るくらい当たり前の話やけどさ。

それの例えとして犯罪を出しただけだからね。燃やさないでね。


【他のたとえ】

なんか犯罪って例はちょっとあれだから他に例を挙げるとさ、最近は借金や自己破産なんかも同じように感じるようになったよ。

もちろん借金や自己破産。こんなものはしないに越したことはない。消費者金融なんて一生関わらないに越したことはないよ。

ただ、まあ、なんというか、こんなことですら意外とまあ大丈夫なんじゃねえのかなって思うのよ。

勿論当事者はひどくキツいんだろうけどさ、その地獄さえ耐え抜けばさ、のど元過ぎればなんとやらで時間が癒すことにはなっていく。

人生って終わらねえから、そんな簡単には。

俺の友達で借金抱えて人生どえらいことになった奴いるけどさ、今日も元気に酒飲んでたよアイツ。

だからね、やっぱ死ななければ人生はそこまで絶望する必要はないのよ。

もちろん、借金というのは家族や友人関係を壊すし、破産というのは貴方を信用してくれた債権者に全てを押し付けることになってしまう。

だからやらないで済むなら、そりゃそれに越したことはない。

しかし、なんというか、子供の頃に思っていたほどは絶望じゃないんだよね。全然人生の落伍者とかそんな感じじゃないのよ。

ていうか生きてたらそら人間借金背負うこともあるさ。人生って色々あるもんマジで。しゃあないよ、しゃあない。そらそんな時期もあるよ。

あとさ、離婚もあるやん。あれもさ、子供の頃から両親の仲がいい家庭で育った人間にとっては結構別世界のことというか「離婚なんてしたら人生終わり」とか「その後は孤独のまま死ぬことになる」とか「一生後ろ指指されて生きていくことになる」とかそんな風に思ってたわけよ。

でもね、意外とそんなことないよ。全然生きていけるよ。だって俺がそうだもん。10年以上前だけどさ、浮気されてバツついちゃったよ。

でもね、まあいざなってみるとバツが付いているという事実そのものを忘れそうになるくらいどうでもいいのよこれが。

なんてこたないよ。みんな色々あるんやから。


【命と体験の天秤】

で、まあここからが本題なんやけど。つまりここまでは前振りやったんやけど。

こういうことを考えすぎるとさ、どんどんメンタルが変に強くなっていくのよ。

やべーってことが起こったり起こりそうになっても、まあ死ぬわけじゃないし経験値積むことになるかって気分になる。まあまやかしといえばまやかしなんだけどね。自己防衛のためのさ。

とはいえ、やたらと平気になってくんのよダメージというものに。

こう聞くとすごい良いことみたいじゃん。なんかめちゃくちゃメンタルつよつよになって向かうところ敵なし人間みたいな感じするやん。

でもね、これ怖いところがあってさ。

突き詰めるとこれ、自分が軽くなるんよね。

メンタルの弱さって自分の大切さだと思うんだよね。

だってさ、傷つくことが怖いから怖気づくんじゃん。及び腰になるんじゃん。人は。フラれるの怖いから告れないんじゃん俺達は。

じゃあ逆に、メンタルが強くなるってことは傷くらい上等って気持ちになるなんよ。フラれ上等で特攻する奴みたいになんのよ。

ケガ上等になれば当然だけど己が傷だらけになっていく。

そしてその傷が増えるごとにメンタルもさらに強くなっていく。なんだ、案外痛くねえじゃん、じゃあまだいけるかって。

でもね、これ本当に恐ろしいのよ。だって、ただ痛みに慣れていってるだけだからねこれ。傷は増えているのに、麻痺していってるだけ。

決して傷がつかない鉄のハートと鋼のボディになってるわけじゃあないのよ。

だけどそのことに気付かない。

そうして、どんどん体験に振っていく。自分自身よりも体験を大切にしてしまう。

自分自身の価値が高すぎて体験をないがしろにしてしまう思春期意識は非常によろしくないのだけれど、転じて体験の価値を高めすぎて自分を軽くしすぎるのも恐ろしいことだと俺は思うんよ。

それはいつか壊れる可能性を秘めているから。

以前、海外の冒険家が精神を病んで自死を選んでしまった話を聞いたことがある。

もちろん、彼にどういう経緯があってそのようになってしまったかは本人にしかわからないのでこれは非常に失礼な予測でしかないのだが、あまりにも人生を体験に振ったことも原因の一つなんじゃねえかと俺は思うのよ。

己が傷ついていっていることに気付けてなかったんじゃねえかなって。

冒険家って人種はまさに体験全振り型人間だ。

己の身体や精神を少しでも大切にしている人間には絶対不可能なことをしている人達。

しかも冒険家は別にお金があるわけではない人が多い。

彼らってば冒険していない時は湾岸で肉体労働なんかして自分の身体をこれでもかって犠牲にして大金を稼いで、そしてその金を全て突っ込んでヨットで太平洋を渡ったり南極に行ったり、アマゾンに行ったりしてんのよ。すごいよね。かっこいいよ冒険家。

でもさ、やっぱりこんなのって普通じゃないよどう考えても。

いや、めちゃくちゃかっこいいよ?憧れるよ?

まさに死ぬこと以外かすり傷って精神性でさ。人生なんて一度きりなんだから限られた時間の中で見れる景色全部見て、行けるとこ全部行って、食えるもん全部食って、体験できることは全部やろうぜっていうその精神性は本当に哲学の一つの極致だと思うよ。

でもさ、この極致点に待つものは死だと思うんだよ。

生活とは緩やかな死だけどさ、彼らはそれが急なんだよ。急すぎんだよ。

別に冒険家に限らないよ。戦場カメラマンとかさ、誰に強制されることもなく自らの意思で命を張ってなんかをやっている人はみんなその極致にいるんだよ。

そして、どこかのタイミングでまあ大体死んじゃうんだよみんな。

それは戦場で凶弾に倒れるような外的要因ももちろんだしさっき言った自死もあるよね。

それが怖いんよ。

いや、当たり前の話っちゃ当たり前の話だけどさ。でもよくよく考えてみてほしい。

かっこいいよたしかに。エベレストに登頂する人はかっこいいよ。なんなら、登りきれずに道半ばで亡くなってもそれはそれで人生を全うしている感じがしてかっこいいよ。

でも、それって結局どこかで自分と体験の天秤がぶっ壊れた結果でもあると思うんよ。

引きこもりやニートという存在が自分側の価値ばかりが重くなった天秤だとしたら冒険家は体験の方が一方的に重くなりすぎた結果で、これはベクトルが違うだけで同じ壊れ方だと思うんだよね。

でもさ、じゃあどっち方向に壊れたいかって言われると体験ぶっこわれの方にはなりたいやん?どっちか選べって言われたらさ。

だってどう考えてもそっちの方がひきこもりよりかっこいいし、世間体もいいし。人生やり切った感あるしね。そらこっちよ。モテそうだし。

でもさ、引きこもりって死なないんだよね。

冒険家と違って長生きするんだよね。

長生きするとさ、人って変われるんよ。

自分の天秤の修理をするチャンスがあんのよ。

死んじゃうとさ、そのチャンスもないのよ。

死ぬこと以外はかすり傷だけどさ、死んだらそれは致命傷なのよ。終わりなのよ。もう戻れないのよ。

しかもさ、体験側にぶっ壊れている人はひきこもりと違ってそれはヤバいことだとは思ってないわけだよね。むしろそんな自分が好きだと思うんだよ。俺だったら好きだもん。

だから一度そっち側にぶっ壊れたらもう二度と治ることなくエスカレートしていく一方でいずれどこかでかすり傷ではない致命傷を負って何かしらの形で人生が終わる。

そしてきっと彼らはそこに後悔がない。から、まあいいんだろうけどさ。


で、俺の話で言えば最近の自分の天秤はそっち側に傾いてきてる気がすんのよ。

それがとっても怖い。本当にこれでいいのか。自分の中で自分の命を軽くしすぎてやしないか。俺、本当に未来を見なくてもいいのか。

だってさ、俺恐ろしいことにさ、なんかもう仮に戦争になって徴兵されてもそれすらも運命なのかもしれないという気持ちになってきているんだよ。

俺は戦争は絶対に反対だよ。ネットで勇ましいこと言っている人たちのことを冷ややかな目で見ているよ。そういうタイプよ。

徴兵なんてされたらなにもかも捨てて逃げてどこか山奥にでも隠れてやろうと思っていたよ。10代の頃からずっと。それくらい自分が大切だと思っていた。醤油一気飲みも辞さない構えだったよ。

でも、不思議。多分いま徴兵されたらそんな風には考えられないかもしれない。徴兵されて戦地で死ぬことも体験なのかなとすら最近は思っている。

この長い人類史の中で考えていたら沢山の人間がそうやって死んでいるわけで、自分だけがその体験から逃げられると考えていたこと自体が恐ろしいことなんじゃないかとすら思ってんのよ。

つまりは、徴兵という究極なまでに自分を殺されなければならない行為に対してそれを受け入れるメンタルになってしまっている。

でも、まあ、いざ本当にそうなったら絶対泣くだろうね。震える。死ぬほど嫌だ嫌だって駄々こねる。超後悔する。ちびる。それには自信があるよ。俺はそういう人間だから。だからぜったいやだ。


【今の自分はギリギリ】

とはいえ、現時点での結論としては、今の俺の天秤は緩やかに傾きながらもまだなんとか堪えている状態なんじゃないかとなっている。

経験からある程度の傷までは許容できるし運命もそこそこ受け入れることができるようになってきている。

でもまだまだ南極縦断しようとか有り金ぶっこんでギャンブルしようとか、頭金なしで6000万円の住宅ローン組もうとか、そこまで体験に傾いてはいない。

天秤はまだ揺れている。壊れていない。はず。

ここからも壊れないよう守りながら少しずつ人生の体験を増やしていけたらいいなあって思う。

自分を大事に大事にしてきたおかげで生きてるし、俺。まだ。まあガキも生まれたしな。


あっ、でも燃やさないでね。その経験マジで要らないから。



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小説短編集・コント集・詩集もあるから読んでね
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