コラム:もしも古畑任三郎がリメイクされたら最悪の場合今泉が女体化することになる
俺も観てるよ、古畑。
面白いね、ほんとにこれは。なんだろうね面白過ぎる。
俺さ、微妙に世代じゃないんよ。ドラマでやってた頃って幼すぎてリアルタイムでは観れてないんよ。放送されてる時間、当時のクソガキたる俺はお母さんのお布団ですやすや寝てたから。
でも、完全にズレてるって訳でもなく最後の三部作の藤原竜也、イチロー、松たかこ、はちゃんとリアルタイムで観たよ。
でもとにかく俺は好きだったよ昔から古畑は。なんせしょっちゅう夕方に再放送やってたからね。
で、そんな古畑リバイバルブームの現在、SNSでにわかに持ち上がってる「現代でリメイクするなら?」のこの話題。
わかるよ。嫌だよねこの話題。俺と同じかそれより上の古畑世代はさ、田村正和以外の古畑なんて考えられないし、今泉はもう永遠にあの今泉であるべきなのよ、別の今泉になってはいけないのよ。聖域なのよあのおでこは。
しかし、ありとあらゆる平成昭和作品がリメイクされる昨今では古畑だってその餌食になってもおかしくはない。
だから、その時にショックを受けないように心構えはしておくべきやと思うんよ。
というわけで以下が、ややこしいタイプのオタクである俺が考えたこんなリメイクがあったら嫌だけどあるかもしれんから覚悟しようリスト。
ちなみにこの中に「今泉へのパワハラ問題」は入っていない。みんなすぐあればっか言ってつまんないから。もういいからそれ。そして現代にリメイクされるなら必ずそこは現在の価値観に合わせて是正されてしまうから。
だからこれはもう語る価値もないの。野暮よ野暮。
【その① 古畑かっこよくされそう】
もういきなり核心突くけどさ。
地味にありそうランキング一位はこれなんよ。
古畑をかっこよくされると困るのよ、それは古畑任三郎ではないのよ。
いや、俺も子供の頃は勘違いしてたよ。古畑はかっこいいおじさんだと思ってた。
「性格ヤバくて喋り方も不気味だけど、ダンディで、ストッキングとか被ったりするおちゃめな一面もあるおじさん」
ってイメージだった。
でもあれから20年経った今、改めてみるとその認識が少しずれていたことに気付いた。
古畑って全然かっこよくないんよ。全然ダンディじゃない。素敵じゃない。
それどころか常に挙動不審だし、クレーマー体質だし、酷い猫背だし、すぐどもるし、笑い方キモいし、もちろんゴリゴリのパワハラ気質だしでマジで賢いところ以外いいところが一個もないのよ。
じゃあ俺がかっこいいと思ってた部分はなんなのか、それは田村正和なのよ。
ダンディなのは田村正和であって古畑ではないのよ。
だから正確に言えばダンディな田村正和が演じている変なおじさんが古畑だ。
という事はさっきの俺の評価は事実に即して見直す必要がある。
「性格ヤバくて喋り方も不気味だけど、ダンディで、ストッキングとか被ったりするおちゃめな一面もある」
の田村正和部分だけをカッコで分けると
「性格ヤバくて喋り方も不気味だけど(ダンディで)ストッキング被ったりするおちゃめな一面もあるおじさん」
カッコの田村正和部を切って古畑のみの評価にすると
「性格ヤバくて喋り方も不気味だけど、ストッキング被ったりするおちゃめな一面もあるおじさん」
となる。ただの変態のおじさんの完成だ。もう言い逃れはできない。
しかし、これは別に古畑を批判したいわけではない。何度でも言うが俺は古畑が大好きだ。ドラマそのものも、キャラクターとしても最高だ。あんなおもしろいキャラったないから。
しかし、決してかっこいいわけではない。むしろ見習ってはいけないタイプのおじさんである。
ということにこの歳になって改めて観ることで気づかされた。普段、一度見た映画やドラマは二度と見ないタイプだが、こういう発見があるなら見直すということも大事なんだね。
で、問題はここからなんやけど、このかっこ悪いおじさんがさ、リメイクされるとかっこよくされちゃうんじゃないかなって思うのよ。
恐らく、リメイクしてもストッキングは被る。クレーム体質も変わらない。パワハラはご時世的に出来ないかも。パフェは食べる。ストッキングは絶対被る。
つまり、古畑任三郎という男のコメディ的側面は存分に再現される。しかし、カッコ悪さはなくなりそうな気がする。
具体的に言えば、ピアノが上手い設定になりそうな気がする。これが一番怖い。
古畑ってさ、意外と不器用なんよ。なにやらせても割とできない。なんなら今泉の方が器用だからよく古畑は今泉に負けてる。将棋もビリヤードもダーツも下手。
そういうダサさが、もし今の時代に古畑が作られていたらなかった気がするんよね。
華麗にピアノを弾く古畑に木の実ナナがさ
「あら刑事さん、ジャズがお上手なのね」
みたいなシーンが描かれてそうなんだよ。令和版古畑任三郎は。
もう最悪やん。そんなん。あの回の一番おもろいのは古畑が
「昔ちょっとやったことあるくらいで……」
みたいに謙遜しながらマジで下手なところやん。「はるばる来たぜはこだて~」のメロディしか弾けないところやん。あのダンディな感じで謙遜しながらあれしか弾けない。なのに何回もあれだけを弾きまくるのが古畑の魅力なのに、もしこれがピアノ上手かったら台無しやん。そういうのいらんやん。
リメイク版があったとして誰になるかはわからないけど、どうかこの「古畑のかっこ悪さ」という部分は失わせないでほしい。
【その②埋められる行間と、重くされる犯人】
これねー。あると思うんよね。
現代はとにかく行間を埋めるやん。引き算の創作ができない俺が言う事じゃないけどさ。
古畑って、行間凄いやん。
でもこれ別に行間残して芸術性を保っているみたいな話じゃないのよ。
古畑任三郎という作品は何処まで行っても結局のところコメディだから、ノイズになりそうな部分を削ってんのよあれ。
一番わかりやすいのは動機とトリック。
動機とトリックってミステリーの心臓やん。だからクライマックスで犯人の緻密なトリックが暴かれて、最後は泣きながら悲しい動機をとくとくと語るでしょ犯人。これがさ、重いのよ。しんどいのよ。だから俺ミステリー苦手なんだけどさ。
古畑さ、これが少ないのよ。だからミステリー苦手な俺でも好きなのよあのドラマ。多分。
古畑の犯人って割とみんなしょうもないのよ。
普通の犯人って、被害者から殺したくなるような酷い扱いを受けていて、その積年の恨みを晴らすために綿密に計画を練ってアリバイ工作まできっちり用意してから殺すじゃん。
でも古畑の犯人は割と衝動的に殺してんのよ。
動機が「ついカッとなって」で片付くことが多い。
だから大したトリックがない。殺してからその場の思い付きで隠ぺいとアリバイ工作をする。
だから古畑に2分で見抜かれる。
改めて観たらわかるけど、ほぼすべての回で古畑は初対面でもう犯人を確信してカマかけまくってるからねあいつ。
「この中の一体誰が?」みたいな時間は一切ない。
この作品のメインはあくまで詰める古畑とそれを躱す犯人の会話劇。
そこに綿密なトリックや犯人に同情してしまうような悲しい動機、複数の容疑者なんてのはノイズになる。だから削られている。
罪を認めた後に「だってあいつは俺の長年の研究を……」とか言って、悲しい音楽と共にいかにもこっちを扇情するような長ったるい回想が始まったりしない。
犯人は古畑に負けたらエンドロールの中で静かに連れていかれるだけだ。
犯人のバックボーンなどを描かないことで心を持っていかれずに済む。
その軽さがすき。もうだいすき。いらんのよ犯人への同情とか。
しかし、現代は悪役にもバックボーンを求める時代。どんなジャンルの作品にも悪役の悲しい過去はつきものだ。
果たしてこの令和の時代に特に同情できない「ついカッとして」の悪役がどれだけ許容されるか。
ただ、全ての犯人がしょうもないわけではない。同情に値する犯人もいる。が、三谷幸喜はそれですら具体的なシーンとして描かないことが多い。
例えば第一期一話の中森明菜は
「女性関係はかなり派手に遊んでたみたいです」
「19歳から少女コミックを描くことしかしてなかった私の描くハッピーエンドなんて」
「あんな男の為にどうして私の人生棒に振らなきゃいけないのかな」
動機として示されているのはこれくらい。
酷い言葉を吐かれたり浮気現場を見てしまう回想シーンなんてのは一切ない。でも明菜がどんな目に合ったのか、なぜ殺したのかおおよそ想像がつくやん。
これが素晴らしい。素晴らしいよ。最高よ。
究極は鶴瓶回。
この釣瓶、推理作家で殺人犯なのだがその殺人のシーンはほぼ描かれない、冒頭の10秒くらいでいきなり人殺してる。鶴瓶、マジで脈略なくいきなり殺してんの。紐で首絞めてる。鶴瓶怖すぎ。
その後の殺しの動機のヒントになりそうな描写は
「鶴瓶に若い愛人がいる」
こんだけ。
でも視聴者は鶴瓶があの時誰を殺してたのか、そして、なぜ殺したのかがおおよそ想像がつく。
すごいよね本当に三谷幸喜。視聴者を信じて不必要な部分はとことん省いている。
これがさ、もし今の時代の俺みたいな無能が脚本書いたらどうなるか。
多分こんな感じになる。
・・・
ひっそりと逢瀬を重ねる鶴瓶と愛人。
そこに乗り込んでくる年老いた奥さん。
二人を見た奥さんはことさらヒステリックな叫び声を上げて、ベッドの上の愛人に掴みかかる。
鶴瓶は止めようとするも吹っ飛ばされ、その際に腰を強打する。
キャットファイト状態になり、近くにあったなんかやたら重たいお土産品の置物で愛人が奥さんを強打し殺す。
「わ……私、なんてこと……どうしよう、自首しなきゃ……」
と取り乱す愛人の肩を抱く鶴瓶。
「落ち着くんや!大丈夫や!ワシがなんとかしたるさかい!」
「で、でもそんなこと……本当にできるの?」
ニコッ、と麦茶のパッケージのような笑顔を見せて鶴瓶は囁く。
「ワシを誰や思ってんねん、ワシは幡随院大……稀代の推理作家やで」
・・・
ね?ゴミでしょ?最悪でしょ?くっそおもんないサスペンスはじまったでしょ?
あえて殺したのを鶴瓶じゃなくて愛人にして一つフック作ってる打算がもう酷いったらないでしょ?で、どうせこの後あれだよ?鶴瓶の腰のケガとお土産に付いた血痕が手掛かりになるんだよ?
もうね。アホかと。馬鹿かと。
学校休んでさ、いいともとごきげんよう見終わってさ「あー終わっちゃう。学校休んだ今日が終わっちゃう」と切なくなっているときにテレビからこれ流れてきたら速攻でテレビ消してふて寝するよガキは。そして「なんか今日お腹痛い」っつって学校サボった自分を呪うよ。体育あったのにさ今日。
こんなおもんないことしないのよ三谷幸喜はさ。
まあ、他の脚本家さんでもこんな三流脚本書くことはないと思うけどさ、行間が埋められる現代においてはこういった部分も書けと強制されかねない気がするんだよね。
行間が埋められると必然的にストーリーとキャラクターに贅肉が付く。
そうすると一話当たりのカロリーが重たくなって観るのが疲れてしまう。
まるで普通のサスペンスドラマみたいになってしまう。
何話も連続で観ても疲れないという古畑任三郎の魅力が消えてしまう。
【その③ 今泉の女体化】
これは暴動おこるだろ。さすがに。
いや、まさかそれだけはないやろ。って思うやん。
でも俺にはさ、漂流教室の関谷、カイジの遠藤というトラウマがあんのよ。
あんな、女とは一番縁の遠そうな汚いおっさんが実写化にともない綺麗な女優さんになってしまったのよ。
だからさ、絶対にありえないとは言い切れないじゃん。
坂道系の今泉。絶対ないとは断言できないよ。
だって令和だもん。コロナが蔓延したことも、ロシアが戦争始めたことも、ナフサとかいうなんかよくわからんのが不足していることも、全部予測できなかったじゃん。未来って常に想定の範囲外からやってくるから。
でもさ、綺麗な関谷、綺麗な遠藤を耐え抜いた俺でも流石に今泉だけは無理よ。
最初にも言ったけど、今泉だけは聖域だからね。
今泉はおでこが広くて間抜けでダサくて憎めないおっさんじゃないとダメよ。ダメなのよ。ええ俺はやっかいオタクだよ。でもこれだけは多分みんな同じだと思うよ。
女体化今泉のデメリットは様々あるけどさ、表面的なデメリット以外だと
「古畑はなんだかんだ今泉を可愛がってる一方で、今泉は陰で古畑を呼び捨てしてるし、なんならちょっと殺したいくらい憎んでる」
という相互の気持ちのズレがなくなりそうなのが俺は怖いかな。
この、気持ち理解できるっちゃできるけどお前人生救ってもらってるし迷惑もかけまくってるやろとツッコミたくなる要素が今泉の大きな魅力の一つだと思う。
女型の今泉には恐らくこの感情は乗らない。
ただのカッコよくて変人なシゴデキ上司に振り回されるだけの若くて綺麗なバディになってしまう可能性が高い。
最悪の場合は恋心が入る。
最悪ね、これは本当に最悪の最悪ね。
まあここまでさんざ恐怖を煽ってきたけど、これらの心配は三谷幸喜が脚本してくれる限りは杞憂に終わると思う。
あの三谷幸喜が自分の代表作である古畑をこれほど穢すはずがない。三谷幸喜は俺の神様だからね。信じてるぞ幸喜。
なので、やっかいファンである俺が言いたいことは
やっぱりリメイクはやらん方がええ。
どうしてもやるなら三谷幸喜が元気なうちにやった方がええ。
とにかく今泉だけはどうか今泉にだけは手を付けないで。お願い。
てか俺今日だけで何回今泉って言うねん。
今泉、今泉、今泉、今泉……。
まだ続けますか?
もうええか。しゃべり過ぎたわ。




