美術を追ってみる②~で、結局モナリザってなにがすげえの
前回エジプトまで話したやん。で、今回はその続きなんやけど。
あのギャグ漫画タッチのエジプト絵画の次にやってくるのがギリシャ・ローマ時代なんやけど、これ面白いのが世界史で習う順番そのままなのよね。
結局絵や芸術なんてもんは、文明が栄えてる=余裕のある奴らの間でしか流行らないんやね。そらそうやわ。食う飯もないのに絵なんか描いてられんもん。
【ギリシャ・ローマ時代】
で、このギリシャ・ローマ時代はどうかっていうと、めっちゃ進化してんのよ。
あんなギャグマンガみたいな絵だったのに、この時代は一気に奥行きでてんの。めっちゃ人間してんの。
でも、これは進化っつうかガチりなんよ。だって思い出してほしいんやけどエジプト時代もさ、ガチって写実やってた時代あったのよ。でも結局すぐやめちゃったのよ。なんかちげえなって。長期連載あるあるね。
つまりこの時代は、あの宗教観でデフォルメしてた絵をやめてやっぱりガチって描こうってした時期だったの。
んで、めっちゃ奥行きとか描けるようなって立体感とか出せるようになったんよ。
【ビザンティン時代】
でっ、問題はここからなんよ。
ちょっとさ、調べてみてほしいんやけどさ。ビザンティン時代の絵。
びっくりするよ。めっちゃエジプトっぽいの。まーたぺらっぺらの平面な絵になっちゃってんのよあいつら。んであの真正面感ね。背景も真っ金々。もうね。アホかと。馬鹿かと。せっかくさ、ギリシャ・ローマ時代あんな頑張って立体感とか出せるようになったのに。
これなんかっつうとさ、結局また宗教なのよ。この時代はキリスト教ね。
要はここから長々続く宗教画の時代になんだけどさ。結局のところ理由はエジプトの時と同じなんよね。情報量と正確さ。神様ってこんなんやでーって伝えるためには、立体的にリアルにするのは逆にアカン。だってそれだと人間っぽいし。ってことで、ことで俺が描いたみたいな奥行きゼロのタッチになっちゃったみたい。
んで全員真顔ね。感情ゼロ。まあ神様だしね。感情とかそんな人間っぽい俗なもんあっちゃダメだしね。俺も真顔しか描けない。もうこの時代の絵、俺過ぎ。
【ジョット・ディ・ボンドーネの登場】
さあジョット君の登場だ。
誰だよそいつ。マジで聞いたことねえよ。ってみんな怒ってると思うけど、こいつ救世主だから絵画史の。こいつ知ってたらマウント取れるから。
こいつはそれまで数百年と続いてたペラペラ宗教画に対して
「もうええでしょ。ええ加減こういうのやめましょうや」
と唱えた肝っ玉の据わった男だ。
このジョットの絵画の凄いところはそれまでの宗教画とモデルが変わってないのよ。
つまりちゃんと宗教画としてキリストやマリア様、その他神聖な奴らを描いているわけだ。
それまで神的アイコンとして描かれていたそれらを「そもそもキリストもマリア様も元は人間やんけ」という思想の元、ちゃんと影を付けて立体化して、目線や表情を強調したわけだ。
んで、ついでに「ていうか神様も感情とかあるやろ。真顔やめろ。その顔やめろお前マジで」って感じでとにかく神々に表情をもたらした。
おもろいもんで、神的に描くのをやめて人間として描くことで神秘性がマシマシになってんのよねこれ。絵見てもらったらわかるけどさ。
いままで真正面みてなんかマジでマスコットキャラというかもはやロゴみたいな感じだった絵が、ジョット君から一気にストーリー性を帯びるのよ。一枚絵が漫画になった感じというか、立ち絵がVチューバーになった感じというか。これ怒られるか。
まあとにかくこのビザンティン→ジョットの変化はマジで革命だから見てね。
【ペストの流行】
まさかのね。ペストね。ここでね。漂流教室で見たよねペスト。怖いねペスト。
で、なんで急にペストの話したかって言うとさ、先のジョット君の革命って結構アグレッシブなチャレンジだったじゃん?ともすれば神への冒涜って言われて殺されそうなことやったじゃん?
でもこのジョットの作った神の人間化の流れは止まらなかったのよ。それを後押ししたのがペストだったのよ。
ペストってさ、めっっちゃ人死んでん。もうアホみたいに死にまくってん。
この時代、14世紀なんてもう全然科学とか発展してないわけだから当然だけどみんな神に祈りまくったのよ。なのに死にまくった。神に祈ってたら救われるってみんな信じてたのにめちゃくちゃ死んだ。となるとさ
「神、全然役に立たなくね?俺達って神のこと神格化しすぎ?」ってなるわけよ当然。
神なんていない!ってほど宗教を捨てることはしなかったけど「神はいるけどそんな絶対じゃないよね。神頼みより人間の力を信じる方が大事だよね」って感じでちょっと揺らいだのよ。
その結果、ジョット君の「神も人間として描こうや」のノリが支持されていったみたい。
【ルネサンス期の到来】
はいきたよ。みんな大好きルネッサンス。ほらもう頭の中に山田ルイ53世の声がしてるでしょ。
そもそもルネッサンスって何って話なんだけど、どうやら「回帰」的な意味らしい。
つまり「あの頃に原点回帰しようぜ期」ってこと。デビュー10年目くらいのメジャーバンドが解散直前くらいに陥る症状ナンバーワンだね。まあ要はリバイバルブームよ。
で、ここで言う原点ってのはビザンティンより前のギリシャ・ローマ期のこと。つまり「あの変な真顔じゃなくてその前の写実主義に戻そうぜ」ってこと。
結局ジョットの始めた人間として神を描くという革命をペストが後押しして、ルネサンスのリバイバルブームを生んだって感じかな。ジョットもまさか自分がやりはじめたことが数百年後の芸人の一発ギャグにまでつながるとは思わんかったろうね。
ジョットのやってたこととルネサンス期の違いは、あくまでジョットは完全オリジナルで神を人間化してたのに対してルネッサンスはかつての写実主義の頃の作品を参考にしながら新しい作品を作り上げていったこと。
これが、ここからの話のミソになるよ。
【すっぽんぽんの女神、ヴィーナスの誕生】
ほらもう知ってる言葉がどんどん出てくるね。
ボッティチェッリ作のヴィーナスの誕生。
この絵はみんな見たことあると思うけど、あの女神がなんか貝からドーンって出てるやつね。この美術の教科書に絶対載ってた絵、神話のワンシーンを描いているんやけどほなこれの何がすごいかって話。
これね、ヴィーナスすっぽんぽんなんよ。
なんかさ、西洋絵画ってやたらと裸婦、つまりすっぽんぽんの女の人ばっか描いてるイメージがあるじゃん。それはここがスタートなんよ。
いや、正確に言えばギリシャ・ローマ時代にはよく描かれていたんやけど、その後のビザンティン時代にはないのよ。
これ何が違うかって言うとさ、宗教の違いなんよ。
これさ、日本人の俺らはどうしてもごっちゃにしてしまうんやけど、いわゆる神話と言われるのはギリシャ神話で、キリスト教徒は全く違う宗教なんよ。
つまり流れとしてはギリシャ神話絵(ギリシャ・ローマ期)→キリスト教絵(ビザンティン期)→ギリシャ神話絵(ルネッサンス期)って流れなんよ。
「キリスト教の宗教絵だけでは芸術は広がらないから昔みたいなギリシャ神話を再び描いて我々のアートを進化させよう」ってのがルネサンスの画家たちの考えたこと。
その一の矢になったのがあの「ヴィーナスの誕生」だったわけなんやけどさ。
でもさ……これさ、言っちゃうけど、もう言っちゃうけどさ、ぶっちゃけ後付けっぽくない?
こっから先はあれね。完全に俺の想像ね。妄想ね。予防線張ったからね。超えないでね。
でね。俺思うんやけどさ、この時期の画家たちの本音ってさ、やっぱりさ、
「裸の女描きてえ!もう嫌や!キリストみたいなおっさんの裸ばっか嫌や!女!女!裸の女!描かせてや!」
だと思うんよね。だって男だもんみんな。男で絵が上手いのに、女の子描けない縛りなんて地獄でしょ。多分今の神絵師と呼ばれるイラストレーターたちに美少女描くの禁止したらみんな発狂するよ。
厳しい宗教戒律の中で画家として生きるってのはそういう地獄の中にいるってことなんよ。だからさ、
「でも描きたいじゃん。美少女。ていうか美女。だってせっかく絵上手いんだからさ俺達。どうしよう……どうすれば……ハッ!ギリシャ神話の女神描けば女を合法的に描けるのでは?でも女の裸描きたいからってのは恥ずかしい……これ、原点回帰ってことにしね?いける?いけるよね?だって嘘じゃないし。ギリシャ・ローマ時代には描かれたわけだし。そこを勉強して芸術を広げるってのは嘘じゃないしもん。よし、この原点回帰って点を前面に押し出す言葉……ルネッサンス。そうだルネッサンス(回帰)だ。俺達はルネッサンスしてるんだ!」
ってのが正直なところだと思うんよ。マジでもう完全な想像で申し訳ないんだけどさ。でも結局のところ文化の発展の最強のモチベーションってやっぱ性欲だから。伊坂幸太郎も魔王でそんなこと言ってたでしょ。中学生の頃にやたらパソコン詳しい奴なんて全員スケベだったでしょ。同人誌描いてるオタクたちの腕の上がりようったらハンパないでしょ。大昔から現代にいたるまでどう考えても男の裸の絵より女の裸の絵が多すぎるでしょ。そういうことやねんって。そこ、大事やから。臭くても蓋せんほうがええから。それも大事な歴史やから。
もう究極言っちゃえば二次創作だからルネッサンスって。神話の。いやごめんそれは言い過ぎたかも。ファンアートのほうが近いな。
ともかく、そういうスケベ心を隠した芸術の爆発。
ボッティチェッリの「俺が先陣を切ったぞ!お前らこれからはルネッサンスの名の下に大好きな女の裸を描きまくれ!俺に続け!」というメッセージのこもった「ヴィーナスの誕生」は間違いなく美術史にその名を遺す作品になった。
まああれだね。中学の時クラスに一人はいた、エロ本やエロビデオを調達してきて男子から尊敬を眼差しを受けるエロ隊長的存在だったんだろうね。ボッティチェッリ隊長。
もう一回いうけどここは俺の想像だからね。多分当たってると思うけどさ。いや、資料とか残ってないからあれだけどさ、でも少なくともこういう要素もゼロではなかったと思うよ。
【モナリザへ】
ここでやっと登場。ついにラスボスモナリザたん。
これまでをざっと整理すると「古代ペラペラ絵→写実→宗教ペラペラ→ルネサンスケベ」という流れで絵は建前と本音をエンジンに進化してきた。
そしてこの西洋絵画の古代から中世までの流れの最後に待ち構えている完成形がモナリザ。描いたのは誰もが知るレオナルドダヴィンチ。
このダヴィンチさん、画家というよりも研究者でさ、物理学だの光学だの解剖学だのの研究を進めまくっていたバケモノオブバケモノなんよね。
で、それがこのモナリザのミソで、そのバケモノの研究の結晶がこの絵で、ダヴィンチは人間が美しく見えるあらゆる方法を取り込んでこのモナリザを描いた。だからモナリザは凄いって言われてるわけ。いわゆる黄金比とかね。
でもこれってナンセンスじゃん。そんな芸術の感動に学問で理由付けするのなんてさ。ナンセンスオブナンセンスよ。トトロの考察くらいナンセンス。なーにが死神じゃアホか。
この当時モナリザが流行ったのってそんな理由じゃなくてもっと直接的な感動だよ。
ていうか芸術が流行るのって全部そうだよ。
頭ガーンって殴られて心臓ドーンって鷲掴みにされたかどうかが全てやから。
子供の頃にアゲハ蝶聴いたときのあれやん。
ほんじゃなぜ当時の人がモナリザに鈍器で頭ぶん殴られたかって話なんやけど、そのヒントがここまで長々と書き続けてきた歴史なのよ。
情報として残すための古代エジプトから始まって宗教を広めるためのビザンティン時代、そして神話の女神を描くだの回帰だのという免罪符の元に己の欲望に正直に描き始めたルネサンス。
それらのバトンを引き継いだダヴィンチが描いたもの。
それが「なんのメッセージ性もないただの限りなくリアルな市民の女性」であるところのモナリザだったわけ。
そんなもんはこの世になかったのよ。その初めての体験に世界はぶん殴られたのよ。
もちろん、趣味レベルで身近な人を描いた人はそれまでにもいただろう。
しかし、そこにはダヴィンチのような圧倒的な写実描写の技術はない。
学者であるダヴィンチが己の持つ知識と技術を可能な限り詰め込んで描いた「なんの意味もない人間」であることが画期的だったんよ。
だから、モナリザを見る時は過去と比べんといかんのよ。それまでのバトンを継いで、そして突き抜けた集大成だから。決して未来と比べたらいかんのよ。
ということで改めてモナリザを見てみてね。
めっちゃリアルだし、めっちゃ人間だし、めっちゃ無意味だから。
まるで写真のようにリアルな絵って現代にもあるやん。いわゆる写実ってやつね。
それの最初の一枚があのモナリザだったのよ。
神でもない、天使でもない、権力者でもない、どこにでもいそうな女性がただ座っているという現実を写した一枚。
しかも、当時は写真というものが存在してなかったのよ。
「写真みたい」という言葉がなかった時代。あるのは「現実みたい」だけだ。
つまり、ダヴィンチは世界で初めて現実を切り抜いた。
それが世界がモナリザに殴られた理由やったんよ。たぶん。
ここまで学んだことで、改めて俺はモナリザを見てみる。
学ぶ前は「ふーん」くらいにしか思えなかったモナリザが、もし目の前に現れたとして。俺は、まあ、結局やっぱり「ふーん」って思うわ。ほんと、ごめんけど。
いや、だってさ。結局のところ俺全然技法とかわからんし。結局のところ絵心ないし。
結局のところ現代人やし俺。もっとリアルな絵とか可愛いイラストとか無限にあるし今。なんならAIに頼めばもう実写にしか見えない動画まで一瞬で出来上がるし。うん。ごめんね。ダヴィンっち。
でもさ、この「ふーん」は少なくともこの勉強を始める前の「ふーん」とは内包している感情が全く違うんよ。
昨日までの俺は「ふー(なんかすごいらしいけどなんがええんやこれ)ん」
今日の俺は「ふー(これマジで画期的やったんやな。天才やな。でも今はもっと好きなイラスト見れるからどうでもいいのね)―ん」
ってくらい違うんよ。同じ「ふーん」でもそこにダヴィンチとそこに至るまでバトンを
繋いできた先人たちへのリスペクトが入ったふーんなのよ。だから許してお願い。ダヴィっちゃん。
そんだけリスペクトしてなんでふーんなんだよって思うかもしれんけどさ、これはさ、リスペクトしてるからこそなんよ。
だってダヴィンチって研究者やったんよ。人類と世界を少しでも、一歩でも前に進めるために人生を捧げた人間の進化の立役者なんよ。
そいつにとって一番の誉め言葉はさ、「モナリザ最高!」じゃなくて「モナリザなんかより今の方がもっとはるかにすげえよ。やーいやーい故人」やと思うんよ。
そういう世界がいずれくることを夢見てあいつは死んでいったはずやから。
前にさ、ダヴィンチ展にいったことあるんやけどさ、絵はやっぱり全然意味わからんかったんやけど、ダヴィンチが作ってたノートはマジで感動したんよ。
だってあいつ物理学を駆使してヘリコプターとか妄想してノートに設計してたんやで。あんな時代に。変態やろあれ。どんだけ進化する気やってん。
そんなダヴィンチが今のヘリや飛行機のある世界を見たらきっと喜ぶでしょ。変態やから。
そして、Xを開けばド素人の絵師が自分の性欲の為に存在すらしていない美少女(美少年)のちょっとスケベでリアルな絵をガンガン発表している現在を見たら、やっぱり喜ぶはずなんよ。変態やから。
だからみんなもさ、生のモナリザを手に入れたら正直に「ふーん」って思おうね。
無理して感動なんてせんでええから。せんでも全然おかしくないから。普通やからそれ。
ダヴィンチが進めたこの世界に生まれた俺達が、モナリザになんの感動もしないことが、彼への最高のはなむけなのだから。
んで、売ろう。
モナリザが評価されたのはもっと後だけどね!知ってるよ!
でも美術界では評価高かったから!あの時代に一般人が絵画なんて知れるわけないから!
怒らないで。マカロン大好き。怒らないで。




