第4話 カスミソウとリヒテンラーデのハチ
2日の行程を経てリヒテンラーデ王都に着いた。
馬車は2台。1台にエリシア様、リンちゃん、私、馭者にロッテ。もう1台にはメイドさんたち4人と馭者にルナ。総勢9人だ。
開国祭の招待客には、貴族街の貴族別邸が宿舎として割り振られている。
他の招待客より人数が少ないため、宿舎も小ぶりなのだろうが、それでも十分な広さだ。
初のリヒテンラーデ王都に、エリシア様とリンちゃんは大はしゃぎだな。
だがよかった。
リンちゃんの目に影は見えない。
素描画の事が心の何処かにささくれになってたりしなければ、と思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
逆に、お父上に会えるのを楽しみにしているまであるのかな。
強い子だね……
「はい、お楽しみは明日に取っておいて、今日のところはまず宿舎に行きましょう」
とりあえずうまく丸め込んで宿舎に連れて行った。
もう夕刻近いし、オジさんは早く宿で休みたいのですよ。
❖ ❖
護衛体制はわりとすんなり決まった。
エリシア様とリンちゃんには必ず1人が護衛として付く事にして、あとは状況に応じて対処する。
日程が国王謁見式とカーライル子爵との面談しか決まっていないので、これくらい柔軟な方がいいだろう。
さしあたり明日の市内観光にはルナとロッテが付く。
私はカーライル子爵宅に到着の報告をしに行ってから、みんなと合流する事になった。
「じゃあ、さっそく皆さんに説明してきましょうか」
リビングに行くと、エリシア様とリンちゃんがまだ盛り上がっていた。
「リン、リン、明日どこ行こうか?やっぱり屋台は外せないよな。これは迷うなぁ、知らない料理がたくさんあるぞ」
「お姉ちゃん、こっちのこの辺もおいしそうだよ。楽しみだね」
テーブルの上にはいくつかも案内図があった。
食料品、日用品の他、衣類、宝飾、地元名産品、郷土料理、軽食から屋台までジャンル別に作られていて、土地勘のない我々にとっては大変ありがたい。
おふたりの気持ちは明日の屋台巡り一色のようだ。
「エリシア様、リンちゃん。明日からおふたりには必ず1人が護衛に付きますが、特に身構える必要はありません。いつも通りにのびのび過ごして下さい」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
挨拶する我々に、おふたりともにこやかに笑顔を返してくれた。
「さておふたりとも、明日に備えてもう就寝された方がよろしいですよ」
「え〜?もう〜?」
「堅い、堅いぞ、アレク。どっかの補佐みたいだぞ〜、まだいいだろ〜」
ほっぺふくらましてブーブー文句をたれるおふたり。
うん、この距離感は上々だ。軽口が叩けるくらいの位置に居させてもらっている。
ちょっと嬉しくなった。
よほど楽しみなんだろうな。
さもありなん。旅行の高揚感というのは抗いがたいモノだ。
とはいえ、明後日は国王謁見式、その翌日はカーライル子爵との面談。
明日の観光を充実させ、且つその後に控える大舞台に備えるためにも、今日の休息は重要だ。
ここは年長者として、厳しい事も言わなくてはならん。
「あんまりはしゃいで寝坊でもしてしまっては、明日の市内観光の時間がなくなりますよ。それでもよろしいのですか?」
このひと言でふたりが顔を見合わせた。
「それはイカン。リン、もう寝よう」
「うん、お姉ちゃん、おやすみなさい」
パタパタとおふたりが寝室に入っていくのを確認し、やっと肩の荷が下りた気がした。
「おふたりとも、お祭り楽しみにしてましたね。
あんなにキャッキャしてるの見ると、こちらまでほっこりしちゃう」
「エリシア様の尊さは言うまでもない事ですが、リンちゃんもカワイイっ!
ああ、シアワセですっ!あと10日以上もご一緒できるなんて!」
ルナもロッテも盛り上がってる。
護衛対象ともいい親密さが築けそうだ。
「では、明日からの任務、よろしく頼む」
「ハッ!」
「ハッ!」
いい返事だ。
ふたりが寝室に入るのを確認し、ようやく私の1日も終わった。
❖ ❖
翌日、私はカーライル子爵邸を訪ねた。
色とりどりの薔薇が植えられ、木々の植栽にも手入れが行き届いている。家主の性格、几帳面あるいは神経質、いずれにしても拘りの強さが見える。
玄関で家令殿に到着の報告と挨拶をした。
「我が主君は無事当地に到着され、明後日の拝謁を心待ちにしております。本日は、剣の代わりに口上を預かった私が、到着のご報告に参りました」
「ご口上しかと承りました。主も皆々様のご到着をお喜びになる事でしょう。
明後日のお越しを心よりお待ち申し上げております」
儀礼を違えず、礼節を尽くす。家令殿の所作からもカーライル子爵の為人の一端を感じる。
変に捻れた方ではなさそうな点は安心したが、逆に交渉事は手強いかもしれん。
一礼して門に向かう。
整然と整えられた庭。
ふと、視界の端に違和感を感じた。
大輪の薔薇が香るそのなかでただ一角、場違いなほど慎ましく、だが丹精に、丁寧に育てられている事がわかるカスミソウの一群が、白く息をひそめていた。
❖ ❖
さすが名にし負うリヒテンラーデ開国祭、凄い賑わいだ。
こんな中での帯剣は、やはり場の雰囲気を壊す。私服で正解だったな。
さて、今日はこのエリアの屋台巡りをしているはずだ。
こんなにおいしそうな匂いがあちこちから流れてきては、さぞ目移りしているだろうが――
ああ、いたいた。
エリシア様にルナ、リンちゃんにロッテが付き添ってる。
ほう、意外だな。
エリシア様に付くのは絶対ロッテだと思っていたが、さにあらん。
ロッテとリンちゃん……、こうして見ると凄くイイ感じだ。
年の離れた仲睦まじい姉妹に見える。
声を掛けようとした時、
――ん?
胡散臭い男が、ロッテに向かって近づいているのが見えた。
愚か者め……
すれ違いざまに軽くロッテにぶつかり――
ホレ、手を押さえて蹲った。
リンちゃんはナニが起きたかわからないようだ。
会話が聞こえてきた。
「ロッテお姉さん、あのヒトどうしたんだろ?」
「さあ、ハチにでも刺されたんじゃないですか」
「さっきもいたよ、手を押さえて痛がってるヒト」
「リヒテンラーデって虫が多いんですね、私たちも気をつけましょうね」
やれやれ、うまくさばいてるようだな。
安心したよ。
「ゴメン、少し遅くなったかな」
声を掛けると、リンちゃんがうれしそうに迎えてくれた。
「アレクおじさん、おしごとおつかれさま〜。
ロッテお姉さんといっぱい買っちゃった〜」
抱えている食べ物の包みを、無邪気に誇らしげに見せてくる。楽しそうで何よりだ。
「お疲れ様です」
ロッテが微笑み、私の後ろで蹲る男を一瞥した。
「……ハチ……か」
「はい、4匹目です」
「思った以上に多いな」
「全くです」
リンちゃんは、ロッテと私の会話がよくわからないらしい。
つまりは、ロッテはよくやってるという事だ。
苦笑いしつつ公園を指差す。
「リンちゃん、エリシア様たちを呼びに行ってくるから、先にあの公園で待っててくれるかな」
「うん、わかった〜」
手を振りながら公園へ向かうリンちゃんを見送りつつ、蹲る男に視線を移した。
すれ違いざまにロッテの懐に手を伸ばして、財布を抜こうとした阿呆だ。
だが『暗器姫』の防御は揺るがない。
そんなヤツラを悉くねじ伏せてきた。
ロッテは身体中に忍ばせた暗器を自由に操る。
それこそ、身を捩るだけで。
ヤツラが懐に手を伸ばした瞬間、服のどこかから針が飛び出し、ヤツラの手を刺した。
たいしたケガじゃない。
適度な応報、だからこの程度で済んでいる。
私は男のもとに行き、忠告をしてやる。
「今日はお前でもう4人目らしい。いい加減、仕掛けてくるのは止めてくれ。あの娘はコレでも相当自制してるんだ。オオゴトにならんようにな。お仲間にもそこら辺よく言っといてくれ、頼むよ」
一応警告だけはしておくが、どうせ聞いてはくれんだろう。
男の目が言っている。
(覚えてろ、このままじゃ済まさねえ)
それがコイツらの流儀だ。
我々は正直飽きるほど見てきてよ。
そう、飽きるほどな。
それでも我々は今日もこうして歩いている。
つまり―――
お前らの流儀とやらに、飽きるほど対処してきたって事なんだよ。
それでも仕掛けてくるというなら、静かにコトを済ますだけだ。
いつも通りにな。




