第3話 人選
さて、誰を連れて行こうか……。
自分の執務室に向かいながら、私はいろいろ人選を考えていた。
エリシア様は16歳、リンちゃんは7歳。
年齢が近ければ気安さもあるだろうが、それ以上に護衛経験が必要だ。
リヒテンラーデは商業立国だ。
開国祭期間中の王都は、とにかく賑わう。
喧騒に紛れてのスリや窃盗、酒やギャンブルでのトラブルが溢れかえるだろう。
必然的にそういう面の対処に強く、且つ護衛対象への配慮も必要になる。
その辺りを兼ね備えた女性騎士となると……。
そんな事を考えながら部屋の前まで来ると、廊下を歩いて来る者がいた。
「あ〜、副団長、いたいた〜」
(……ルナか)
カキッ、カキッ、カキッ……
この娘は……また胡桃を……
「ルナ、またおやつか、胡桃は食べ過ぎると太るらし―――」
バキバキバキッ……
言ってるそばから握り潰したか。
さすが『剛拳』、たいした握力だ。
「え?なんか言いました?副団長」
砕けた胡桃の中から実を摘んで口に運びながら、ルナがおおらかな笑みを返してきた。
穏やかな物腰、おおらかな言動……。
体型も背の高いスリムな女性だ。筋肉質にも力自慢にも見えん。威圧感がない。
こういう観光要素の高い外遊で、護衛が特に配慮しなければいけないのが、街中で周囲に警戒感を与えないという事だ。
それにもう一点、彼女に武器は要らない。
拳が、身体が、武器そのものだ。
こういう護衛任務にはうってつけだな。
「……ルナ、お前、エリシア様とリンちゃんの護衛として、リヒテンラーデ開国祭に行く気はないか?」
ルナは、ああ、という顔をした。
あれ?
もう知ってるのか?
「ああ、その任務ですね、私で良ければ喜んでお受けしますよ」
やっぱりもう知ってる。
なぜだ、早すぎる。
「受けてくれるか。それは助かる。
だが、お前、なんでもう知ってるんだ?」
ルナは胡桃の殻をゴミ箱に捨てながら、私に返してきた。
「団長がさっき吹聴して回ってましたよ。
アレクがリヒテンラーデにアソビに行くぞ〜、先着2名様ご招待じゃ〜、外れたヤツは土産買ってきてもらえるようしっかりアピールしとけ〜って。
それ聞いてみんな大騒ぎでしたよ。
特に約1名……
だから探してたんです」
「な、なに!?団長が吹聴……!」
「はい、早くどっかに隠れたほうが――
……あ……、ダメだ……手遅れデスね」
ヒュッ!
「!!」
カッカッカッ!
空気を切り裂き、ドアノブに3本、中指ほどの長さの太い針が刺さった。
(宵針か!)
「副団長ーーーーーーー!!」
ロッテだ!
黒髪を振り乱して、スゴイ勢いで走ってくる!
(クソッ、コレを1番避けたかったのにっ!
団長……!なんてコトをっ!)
ロッテの特性――それは執着だ。
この『宵針』もそう。
『コレを投げて、狙い通りに刺す。うん、カッコいい。できるようになりたい』
そんな執着のもと、研鑽を重ね、そして成した。
その恐るべき執着が、今向かっているのが――
「副団長!連れてって下さい!私を一緒に!エリシア様と一緒に!リヒテンラーデ旅行!副団長!旅行!エリシア様と一緒に!!」
エリシア様に対してだった。
❖ ❖
「指名して下さい!必ず!絶対ですよ!指名してくれないと!あなたをナキモノに――!」
などと物騒な事を喚きながら、ロッテは「やれやれ、またか」顔のルナに羽交い締めにされ、私の苦笑いに見送られながら連れて行かれた。
相変わらずだな、アイツは。
もう何回もあのセリフを聞いたよ。
この任務が知れればロッテは必ず襲来してくる。
それはわかっていた。
だからこそ、今日中に部隊長あたりに、どこか遠くへの出張を命じさせておいて、その後でおもむろに今回の旅を公表して、候補者たちに声を掛けたかったんだが……。
執務席に座り、即席の候補者名簿を見つめ、そして天を仰ぐ。
開国祭は、初日の式典が終われば、あとはほぼ市中観光になる。
そうなると、やはり街中での護衛が主体か。
さりげなく傍に寄り添い、街中のトラブルに秘密裏に対処する……。
となると、やはり武器の携帯がネックになるな。
女性騎士はみんな剣を主たる武器として携帯している。
非携帯、あるいは隠匿しての護衛を前提にすると―――
ルナは適材だ。
彼女は決まりとして……。
ロッテ……か。
ヒゲを撫でながら思案を巡らす。
まず、彼女の為人を思い返してみよう。
基本的に彼女も“平時“は穏やかな女性だ。
人当たりもいいし、周りへの気配りもちゃんとできる。
うん、好ましい人物像だ。
更に彼女の深層に考えを向ける。
彼女が、ほんのチョットおかしくなるのは、自分が執着する対象に対してだけ。
執着の対象か非対象か。
取り扱い注意の項目が実にわかりやすい。
それでだ。
落ち着いて今回の任務を吟味しよう。
今回はエリシア様の護衛任務。
しかも行程日数14日超。
つまり彼女にとっては―――
14日を超える『エリシア様とのお泊り会』!
……コレって……
超ド真ん中じゃないか……
またか……
無下に断ったら、ソレこそ――
(指名してくれないと!あなたをナキモノに――!)
あの去り際の呪詛が現実味をオビる。
ははは……
エリシア様以外の事ならば、いたって普通なんだがな。
はあ……
コーヒーでも飲もう。
コーヒーを一口飲んだら、だいぶ落ち着いてきた。
ロッテには極々局所的な問題がある。
あるんだが……
見方によっては……
実は悪くない。
街中の護衛、武器非携帯または隠匿。
この2点を考えると、まずルナは合格。
なにも持つ必要がない。
ロッテはその真逆だ。
『暗器姫』
この二つ名の通り、ロッテは身体中に暗器を仕込んでいる。
だが、傍目からはそれが見えない。
彼女の隠密性は希少であり貴重だ。
それに彼女のエリシア様への執着は、危険察知能力として転用できる。
エリシア様に悪意や邪気が向けられたら、彼女はすぐに察知し、対処するだろう。
ルナが表の抑止、ロッテが裏の察知。
街中では、この組み合わせが最も穴がない。
トラブルがなければ問題はない。
トラブルがあったとしても、あのふたりならば護衛の任は十二分に果たせる。
過失には寛容。
悪意には苛烈。
この騎士団の不文律を、あのふたりはちゃんと心得ており、しっかりと実践している。
それはこれまでの記録・実績に表れている。
ルナとロッテは以前、偶然立ち寄った酒場で、酔って客とトラブルになった6人の傭兵崩れに遭遇した。
彼女たちは、客に対する連中の殺意を察知し、傭兵崩れが抜刀したのと同時に、ルナが手刀で3人の首を打ち床に沈め、ロッテは『宵針』で3人の利き腕を射抜き、武器を握る力を奪った。
あのふたりが、過失に対して過度な対処をした事はない。たいていは不問に伏している。
逆に悪意に対して寛容だった事もない。
寛容が油断に繋がった時、自分だけでなく、他の団員、市民に害が及ぶ危険がある。
そのあたりの選別能力はキッチリ備えている。
もちろん多少心配な点がないわけではないが、護衛としては優秀な団員だ。
……アリか……
いいだろう……
私は候補者名簿のふたりに、赤マルを付けた。
これで護衛メンバーは決まった。
護衛体制は整った。少なくとも、街中の不測の事態には対応できるだろう。
私もエリシア様のフォローに徹する事ができる。
旅の行程を見る。
開国祭は前夜祭・本祭・後夜祭に分かれる。
往路2日。本祭の2日前に現地着。本祭初日に国王謁見式。その翌日に例の貴族と面会か……。
貴族の名前は―――
エドモント・レオンス・カーライル子爵。




