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異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
2章 港町編

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第6話 白ひげ様

 その夜、宿の一室に落ち着いたところで、悠人はようやく、自分の身に起きたことをきちんと整理する余裕を取り戻した。

まず、荷物を確かめる。着の身着のままで飛ばされたと思っていたが、ズボンのポケットには、見慣れない硬貨がいくつか入っていた。

鈍い光を放つ銀貨と、小さな銅貨。数えてみると、路頭に迷うほどではない、それなりの額のようだった。


(――ミレイユ様、こういうところは、ちゃんと気が回るんだな)


 あれだけ慌ただしかった割に、最低限の路銀くらいは用意してくれていたらしい。悠人は思わず苦笑した。

次に気になったのは、言葉の問題だった。考えてみれば、この世界に来てから、誰の言葉も不自由なく理解できている。

老婆の方言めいた喋り方も、商人の伝法な口調も、リゼットのぶっきらぼうな物言いも、まるで日本語のように、すんなりと頭に入ってきていた。


(――もしかして)


 異世界ものの知識を頼りに、悠人は静かに目を閉じ、自分の内側に意識を向けてみた。

すると、瞼の裏に、ぼんやりと淡い文字が浮かび上がった。


『言語:自動変換(相互)』

『身体機能:転生前よりわずかに向上』


 それだけだった。

剣術も、魔法も、特別な加護らしきものも、何一つ書かれていない。


「――地味だな、僕」


 思わず声に出して呟き、悠人は小さく笑った。

せめてもの救いは、体が以前より少し軽く感じることと、言葉に困らずに済むということだけ。

派手なチート能力とは、まるで縁のない話だった。

それでも、悪くない、と悠人は思った。

特別な力に頼らずとも、自分の目で、この世界を見て回ることはできる。

むしろ、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。


 そんなことを考えながら眠りにつき、迎えた翌朝。

宿の前で待っていたリゼットは、開口一番こう言った。


「案内料、前払いだからな」


 悠人が素直に硬貨を渡すと、リゼットは満足げに頷き、さっさと歩き出した。

慌ててその後を追う。


「今日はどこを回るんですか」


「町の全部だ。すぐ終わる。何しろ、見るところなんてほとんど残ってないからな」


 その言葉通り、案内は淡々としたものだった。

閉まった店の跡地、崩れた市場、使われなくなった造船所。

リゼットは足を止めるたびに、投げやりな口調でそれらの説明をした。


 やがて二人は、町外れの崖の上――半壊した灯台のそばに辿り着いた。

かつては光を放っていたであろう灯台も、今は上部が崩れ、役目を果たしていない。


「ここが最後だ。見ての通り、灯台も死んでる」


 崖下に広がる海を眺めながら、リゼットがぼそりと呟いた。


「この辺りの海には、漁師どもがめったに近づかない」


「何か、危険なものでもいるんですか」


「『白ひげ様』が出るからだ」


「白ひげ様?」


「巨大な海獣だよ。何十年も前から、時々この辺りに姿を見せる。船をひっくり返した記録は、少なくとも俺が知る限りない。だが、あの図体を見たら、誰だって怖くなる」


 リゼットが話し終えたそのとき。

海面が、大きく盛り上がった。


「――っ!」


 次の瞬間、轟音とともに、白く輝く巨大な影が海中から躍り出た。しぶきが陽光を受けて虹のように弾け、辺り一帯に潮の匂いが強く広がる。

全長は、下手な建物よりも大きい。白い体表に、苔むしたような緑の模様が浮かび、悠然と宙を舞ったかと思うと、次の瞬間には海面へと巨体を叩きつけた。

轟音と共に、波が崖下まで押し寄せてくる。

しばらくの静寂の後、悠人はようやく声を絞り出した。


「……すごい」


 単純な感想しか出てこなかった。だが、それ以外の言葉が見つからないほどの光景だった。


「怖くないのか、お前」


「怖いというより……綺麗だと思いました」


 リゼットは怪訝な顔をしたが、悠人はまだ興奮冷めやらぬ様子で、崖下の海を見つめ続けていた。


(この景色を、船の上から見られたら)


 頭の中に、自然とそんな想像が浮かんでくる。

潮風を浴びながら、あの巨体が海面から躍り出る瞬間を、間近で見上げる。それはきっと、誰の記憶にも残る体験になるはずだ。


「リゼットさん、船を出して、あれを間近で見に行くことってできませんか」


「は?」


 リゼットは心底呆れた顔をした。


「正気か。誰があんな化け物にわざわざ近づきたがるんだ。第一、この町にまともに動く船なんて、もう数えるほどしか残ってないんだぞ」


 その一言に、悠人はふと考え込んだ。

船がない。人が来ない。だからこそ、誰も気づいていない。


(――だったら、まずはそこからだ)


 悠人の中で、何かがゆっくりと形を成し始めていた。

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