第5話 リゼット
女性は剣を鞄代わりの帆布に収めながら、警戒したような視線を悠人に向けていた。
歳の頃は、悠人と同じか、少し下くらいだろうか。
動きやすそうな革の軽装に身を包み、腰には使い込まれた鞘が下がっている。
「見ない顔って言われても……今日この町に着いたばかりなので」
「はっ、この時期にわざわざここへ来るなんて、物好きか、よほどの世間知らずだな」
女性は肩をすくめると、乱れた前髪をかき上げた。
よく見ると、腕や頬に古い傷跡がいくつも残っている。ただの町娘ではないことは、一目で分かった。
「あの、助けていただいて――」
「助けたわけじゃない。あの手の魔物は放っておくと厄介になるから始末しただけだ」
素っ気ない返事だった。それでも礼を言おうとする悠人に、女性はふと眉をひそめる。
「……お前、宿を探してるのか」
「はい。ですが、開いている宿が見当たらなくて」
「そりゃそうだ。まともに営業してる宿は、この町にもう一軒しか残ってない」
女性はやや呆れたような顔をしつつも、顎で路地の先を示した。
「案内してやる。どうせこっちの方向だ」
歩き出した女性の背中を追いながら、悠人は改めて名を尋ねた。
「僕は相良悠人といいます。あなたは……」
「リゼットだ」
短く返ってきた名前に、悠人は胸の中で繰り返した。リゼット、それが彼女の名だ。
「元は冒険者だったが、今はこの辺りで魔物討伐の仕事を請け負って、食いつないでるだけの身だ」
「冒険者、というのは、この世界では珍しい職業なんですか」
「珍しくはない。むしろ、戦争前は掃いて捨てるほどいたさ。今じゃ、まともに仕事にありつけてる奴の方が少ないがな」
「リゼットさんは、なぜ冒険者に?」
「――柄でもない話をさせるなよ」
リゼットは一瞬、面倒くさそうに顔をしかめたが、それでもぼそりと続けた。
「昔から、剣を振り回すことしか、大して得意なことがなかっただけだ。それだけの話さ」
「冒険者ギルドとかは、この辺りには……」
「戦争でとっくに機能不全さ。仕事なんてほとんど残ってない。今じゃ、たまに厄介な魔物が出たときに、割のいい仕事として声がかかるくらいだ」
その口調には、諦めに近い響きがあった。
「あなたは、この町の生まれなんですか」
悠人が尋ねると、リゼットの足が一瞬止まった。
「……いや。俺の故郷は、もっと東の方だった。戦争の初期に、丸ごと焼き払われてな」
それ以上、彼女は何も語らなかった。悠人もそれ以上は踏み込まず、黙って後を追った。
日が完全に落ち、通りにぽつぽつと灯る明かりだけが、二人の足元を照らしていた。
やがて着いたのは、灯りの点いた小さな宿だった。
年老いた夫婦が営むその宿は、決して立派ではなかったが、それでも人の温かさが感じられる場所だった。
木の扉を開けると、暖炉の匂いと、微かなスープの香りが漂ってきて、悠人は思わずほっと息をついた。
「悪いが、今夜はここで大人しくしてろ。旅人が一人でうろつくには、この町は物騒すぎる」
リゼットはそう言うと、踵を返そうとした。だが、悠人は思わず声をかけた。
「あの、リゼットさんは、これからもこの町にいるんですか」
「……仕事があればどこにでもいる。それがどうした」
「よければ、この町のことを、もう少し教えてもらえませんか。案内料は払います」
その言葉に、リゼットは呆れたように鼻を鳴らした。
「観光気分か?こんな寂れた町のどこを見て回るつもりだ」
「寂れた町だからこそ、見てみたいんです」
その答えに、リゼットはしばらく無言で悠人を見つめていた。値踏みするような、それでいて、どこか興味を隠しきれないような視線だった。やがて、小さくため息をつく。
「変わった奴だな……。まあ、金になるなら別に構わない」
その一言で、ひとまずの約束は成立した。
どこか突き放したような態度の裏に、決して悪意はない。
むしろ、不器用なりの誠実さのようなものを、悠人はほんの少しだけ感じ取っていた。
悠人にとって、この異世界で初めての「仲間」――いや、まだそう呼べるかどうかも分からない、奇妙な同行者ができた瞬間だった。




