第48話 地下水路
翌日、悠人は井戸を管理する詰所を訪ね、街の責任者だという初老の男に面会を申し込んだ。
「砂漠の民との、話し合いの場を設けたい、だと?」
責任者――隊長と呼ばれるその男は、悠人の申し出に、あからさまに難色を示した。
「悪いが、我々にも、余裕がないんだ。意地悪をしているわけじゃない」
「余裕がない、というのは」
「――この街の水源は、地下水路から引いている。何世代も前の技術者が築いた、精巧な仕組みでな」
隊長は、疲れた様子で続けた。
「戦争中、水路の一部が崩落したらしい。以来、湧き出る水の量が、目に見えて減っている。今の配給量は、決して意地悪でつけているわけじゃない。街の人間が生き延びるための、ぎりぎりの線なんだ」
「その水路、直すことはできないんですか」
「調べようにも、崩落した先には、地中に潜む魔物が棲みついているという話でな。危険を冒してまで、潜ろうとする技術者はいない」
その説明に、悠人はどこか既視感を覚えた。カルデナの湯守の詰所と、よく似た構図だった。
「入り口は、どこにあるんですか」
「街の北の外れに、古い遺跡がある。水路の管理人が使っていた、祠のようなものだ。その地下から、水路へ降りられると聞いている」
「僕たちに、調べさせてもらえませんか」
「――正気か」
「危険は承知の上です。それに、水路さえ元通りになれば、砂漠の民との話し合いにも、良い流れが生まれるかもしれません」
隊長はしばらく思案していたが、やがて重い息を吐いた。
「好きにしろ。ただし、街としての責任は負えんぞ」
翌朝、悠人たちはフィンの作った簡易な地図を頼りに、街の北の外れへと向かった。
砂に半ば埋もれて、その遺跡は静かに佇んでいた。風に削られた砂色の石柱が、傾いたまま何本も並び、崩れかけた壁には、波のような水の模様が、薄く刻まれている。入り口の上の石には、見たことのない古い文字が、掠れながらも残っていた。
「水路の管理人の祠、か。随分と立派な造りだな」
フィンが、地図に急いで書き込みながら感嘆の声を上げた。
薄暗い入り口をくぐると、ひんやりとした空気が、肌を撫でた。奥には広間があり、中央に、水の枯れた石の泉が据えられている。その裏手の壁に、人が一人通れるほどの狭い扉が、半開きのまま、砂に埋もれていた。
「ここか」
リゼットが松明に火を灯し、先頭に立って扉を押し開けた。その奥には、湿った石の階段が、闇の底へと、螺旋を描きながら続いている。
階段を降りるごとに、空気は冷たく、湿り気を増していった。足元の石は、長年水に洗われて、つるつると滑る。壁には、青白く光る苔が点々と張りついていて、松明の光に、ぼんやりと浮かび上がった。
「滑るぞ、気をつけろ」
リゼットが、後ろの悠人に手を差し出した。悠人がその手を取ると、彼女は、一瞬だけ強く握り返して、すぐに離した。
階段を降りきると、そこには、巨大な地下の空間が広がっていた。かまぼこ型の石の天井が、遥か頭上まで続き、その下を、幅の広い水路が、一本、闇の奥へと伸びている。水は細く、浅く、それでも確かに、微かな音を立てて流れていた。水路の両脇には、人が歩ける細い石の通路が設けられ、ところどころに、古い灯籠の台座が残っている。
「――これは、すごいな」
悠人は思わず、息を呑んだ。
天井の所々には、縦穴が開いていて、そこから差し込む光が、細い柱のように、闇の中に降り注いでいる。光の筋の中を、細かな砂埃が、きらきらと舞っていた。
「地上の砂漠の下に、こんな世界があったなんて」
「昔の人間の仕事は、侮れないな」
フィンが、壁の石組みを撫でながら、感心したように呟いた。
水路に沿って、慎重に歩を進める。しばらく進んだところで、先頭を行くリゼットが、足を止めた。
「……ここから先は、水の音が違う」
松明を掲げると、行く手を、崩れた岩と砂の山が、完全に塞いでいた。水は、その隙間から、わずかに染み出しているだけだ。
崩れた瓦礫の隙間から、獣のうなり声のような音が、低く響いてくる。
「――お出ましか」
リゼットが剣を構えながら、静かに前へ進み出た。
乾いた国に隠された謎に、悠人たちは足を踏み入れようとしていた。




