第45話 繋がった道
それから一月ほどが過ぎた頃には、街道はすっかり落ち着いた賑わいを見せるようになっていた。
テララ村の休憩所には、決められた場所にゴミが捨てられ、畑を荒らす者もほとんどいなくなった。旅人たちは、孫娘の絵入りの案内板に従って通り、老婆の淹れる薬草茶と蒸し芋を楽しみながら、旅の疲れを癒していく。
「思ったより、うまくいくもんだな」
久しぶりに顔を出したドルンが、感心したように呟いた。ポルテナからの荷を運ぶ道中、立ち寄ったのだという。背負った木箱には、獲れたての魚を塩漬けにして乾かした、特製の干し魚が詰まっていた。
「船の修理も一段落したしな。たまには、こうして外に出るのも悪くない」
その夜、休憩所の庭に長い卓が出され、皆で夕食を囲むことになった。
卓の上には、ドルンの干し魚、老婆の蒸し芋、バロックが各地から運んだ品々が並ぶ。カルデナの湯たまごに、エミルの山椒だれ。ゴルドから預かった岩鳴りの小樽。それぞれの土地の味が、一つの卓の上で、仲良く顔を揃えていた。
「これは壮観だな」
フィンが目を細め、地図の隅に、小さく卓の絵を描き込んだ。
岩鳴りの杯が、皆の手に渡る。ドルンが、杯を高く掲げた。
「繋がった道に、乾杯だ」
「乾杯!」
杯の触れ合う音が、夜の庭に、朗らかに響き渡った。一口含んだドルンが、目を丸くして咳き込む。
「……こりゃあ、効くな。海の男でも、一杯で足にくるぞ」
「でしょう?慣れるまでは、ちびちびいくのがコツです」
悠人が笑って答えると、リゼットが、隣で涼しい顔で、二杯目を空けていた。
「お前、本当に強いな……」
「普通だ」
その会話に、卓の周りに、また笑いが広がった。
「それにしても、この道、まだ名前がないんだな」
バロックが、卓の上に頬杖をつきながら呟いた。
「いつまでも『あの道』じゃ、格好がつかん。商人の看板としても、名前は大事だ」
「じゃあ、あたしが決める!」
元気な声を上げたのは、老婆の孫だった。
「つなぎ街道!だって、道って、人と人を、つなぐものでしょ?」
大人たちは、一瞬きょとんとした後、誰からともなく、声を上げて笑い出した。
「つなぎ街道か。悪くない」
「素直で、分かりやすくて、いい名だ」
その場で、満場一致で決まった。老婆は、孫の頭を撫でながら、目尻を拭っていた。
「この子が、こんな風に大きな声で笑うのを、久しぶりに聞いたよ」
老婆の呟きは、小さかったが、悠人の耳には、はっきりと届いた。この村に来た最初の日、人のいない静けさの中で、あの老婆は、一人、洗濯物を抱えていたのだ。
夜が更けた頃、フィンが、完成した地図を、改めて皆の前に広げた。
「見てくれ。ポルテナ、テララ、カルデナ、バルドグラム。ようやく、まともな一本の街道として繋がったぞ」
その地図には、これまで悠人たちが歩いてきた道のりが、丁寧な線で描き込まれていた。かつては、それぞれが孤立し、荒れ果てたままだった土地が、今は確かな一本の道で結ばれている。
「フィンさんの地図、随分と立派になりましたね」
「まだまだ、書き足りない場所だらけだけどな」
フィンはそう言いながらも、その声には隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
庭の隅で、リゼットは、一人で杯を傾けていた。悠人が隣に腰を下ろすと、彼女は、遠くの星空に目を向けたまま、ぽつりと口を開いた。
「お前と旅を始めた頃は、正直、こんな景色が見られるとは思ってなかった」
「僕もです。まさか、ここまで来られるとは」
「次は、どこへ向かうつもりだ」
悠人は、懐に入れていたフィンの地図を広げ、まだ何も描かれていない西の方角を指差した。
「砂の国、シャムサール。行ったことのない場所です」
「乾いた土地だと聞くな。水源を巡って、随分ともめてた場所だとか」
フィンの言葉に、悠人は小さく頷いた。
「行ってみないと、分からないことばかりですね」
「相変わらず、懲りない奴だな」
リゼットが呆れたように笑いながらも、その表情はどこか楽しげだった。髪に挿した銀の木の葉が、焚き火の灯りに、小さくきらめいた。
翌朝、繋がったばかりの「つなぎ街道」を背に、悠人たちは、新たな土地――西の砂漠へと、旅の歩みを進めることにした。
まだ見ぬ景色は、この世界に、いくらでも残されていた。




