第44話 みんなで決めたこと
翌朝、悠人は村の広場で、居合わせた村人と、市場に品を出していた商人たちに声をかけて回った。
「少し、皆さんで話し合いたいことがあるんです」
夕方、広場に集まったのは、老婆をはじめとする村人数人と、市場の元締めを務めていた商人――名をダグラスといった、悠人がこの世界で最初に世話になった人物と、旅の商人たち数名だった。
広場の隅では、老婆の孫が、大人たちの輪を、興味深そうに覗き込んでいる。
「ゴミの話と、畑を荒らされる件だろう。俺たちも、そろそろ何とかしなきゃとは思ってたんだ」
ダグラスが、ばつが悪そうに切り出した。
「正直、客が減るのを恐れて、強く言い出せずにいたんだが」
「言い出しにくい気持ちは、分かります。ただ」
悠人は、静かに続けた。
「この村が嫌な思いをする形で賑わっても、それは長続きしないと思うんです」
フィンが、広げた地図の端に、手早く村の簡単な見取り図を描き始めた。休憩所、井戸、畑、そして街道との接点。それを皆で覗き込みながら、議論は少しずつ熱を帯びていった。
「休憩所の裏に、ゴミ捨て場をちゃんと作ろう。案内の札も立てる」
「畑の周りには、目立つ柵を立てればいい。人間、道があれば、そこを通るもんだ」
「あとは……村の手入れをしてくれてる婆さんに、ちゃんと礼をする仕組みも要るな。清掃代くらいは、市場の売り上げから出そうじゃないか」
旅の商人の一人が、渋い顔で口を挟んだ。
「あんまり細かい規則を作ると、客が窮屈がって、寄り付かなくなるんじゃないか」
「――逆だと思うぞ、俺は」
答えたのは、バロックだった。
「気持ちよく過ごせる場所には、また来たいと思うもんだ。荒れた場所より、ちゃんと手入れされた場所の方が、結局は長く繁盛する」
商人らしい実利的な物言いに、その場にいた者たちも、次第に納得の表情を浮かべていった。
「あの」
その時、小さな声が上がった。老婆の孫だった。
「看板、あたしも描いてみていい?字は読めない人もいるから、絵で、ここはゴミを捨てていいよ、ってわかるようにしたら」
大人たちは、一瞬、顔を見合わせた。やがて、ダグラスが、豪快に笑った。
「そりゃあ、良い考えだ。絵なら、言葉の通じない遠くの客にも、伝わるな」
こうして、簡単な取り決めがいくつか、村の合意のもとに定められた。ゴミ捨て場の設置、畑への案内柵、清掃への謝礼、そして、絵で描いた案内板。決して大掛かりな仕組みではなかったが、村の人々自身が納得して決めたことに、意味があるように悠人は感じていた。
老婆は、広場の一角に、小さな屋台を出すことになった。蒸かした芋と、庭で摘んだ薬草のお茶を出す、ささやかな休憩所だ。その売り上げが、そのまま清掃の費用になる。
「あたしの芋なんて、誰が食べるんだい」
「僕が、最初のお客になります」
悠人は、屋台の前に腰を下ろし、ほくほくの蒸し芋を一つ、頬張った。素朴で、ほんのり甘い味だった。
「……美味しいです。これは、きっと、旅の人が喜びますよ」
老婆は、照れくさそうに目を細めた。
その夜、悠人は、一人、村の広場を歩いていた。月明かりの下、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。ふと、井戸端に、リゼットの姿があった。
「眠れないのか」
「リゼットさんこそ」
「……お前の顔を見てたら、なんだか、感心しちまってな」
「僕の顔、ですか?」
「ああ。街道を繋げて、人が増えて、問題が出たら、また向き合って。普通なら、自分の責任だって、逃げ出したくなるところだろう」
「逃げたくなりましたよ、少しだけ。でも、ここに来た最初の夜のことを、思い出したんです」
悠人は、井戸の縁を、そっと撫でた。
「あのとき、この村には、人の声さえ聞こえませんでした。それが今は、誰かの笑い声と、困りごとの両方が、ここにある。それって、悪いことじゃないと思うんです」
「……そうだな」
リゼットは、少しだけ、口元を緩めた。
数日後、再び村を訪れると、以前より整えられた休憩所と、孫が描いた絵入りの案内板の立った小道が出来上がっていた。
「これなら、少しは楽になりそうだよ」
老婆が、以前より晴れやかな顔でそう言った。
「本当に、ありがとうね」
「僕は、きっかけを作っただけです。決めたのは、皆さんですから」
悠人は、そう答えながら、自分の中で少しずつ変わりつつある思いに気づいていた。
最初は、ただ面白い場所を見つけたいだけだった。
次第に、その場所をもっと多くの人に知ってほしいと思うようになった。
そして今、悠人が一番強く願うのは――この人たちが、これからもこの場所で、笑って暮らし続けられることだった。




