第43話 賑わいの代償
開通した街道を辿るうちに、悠人たちは、思いがけない場所に差し掛かった。
「――ここ、テララ村じゃないですか」
悠人が最初にこの世界へ降り立った、あの焼け跡の村だった。新しい街道は、ちょうどこの村の近くを通るように整備されていた。
村の様子は、記憶にあるものとは、少し違って見えた。崩れたままだった建物のいくつかには、旅人向けの休憩所らしき手が加えられ、井戸端には、以前会った腰の曲がった老婆の姿もあった。
「おや、あんた、いつぞやの旅人かい」
「覚えていてくれたんですか」
「そりゃあね。あれから、急にこの辺りが賑やかになってねえ」
老婆の言葉通り、村の広場には、思いがけない賑わいが広がっていた。香ばしい匂いが、風に乗って鼻をくすぐる。
ポルテナの干物を炭火で炙る屋台、カルデナの湯たまごを熱々の丼にして出す屋台、バルドグラムの装飾品を並べた露店。三つの街の特産品が、一堂に会する即席の市場が開かれていたのだ。
漁師鍋の湯気が立つ大鍋の隣では、岩鳴りの小さな杯を傾ける旅人たちが、頬を赤くして笑っている。
見覚えのある顔が、いくつもあった。ポルテナの、あの若い漁師。カルデナの湯宿の、新しく雇われたという若者。
「街道が繋がったって聞いて、みんなで品を持ち寄ったんですよ」
市場を仕切っていたのは、あの日出会った商人だった。悠人をこの世界で最初に運んでくれた人物だ。
「兄さんのおかげで、随分と儲けさせてもらってるよ。あの日、荷台に乗せて良かったと、つくづく思う」
「いえ、僕は何も。皆さんが頑張ったからです」
賑わう市場を眺めながら、悠人は素直な喜びを感じていた。焼け野原だった村が、こうして人の行き交う場所になるとは、あの日には想像もできなかった。
井戸端の石畳にも、旅人たちの笑い声が、朗らかに染み込んでいる。
だが、しばらく村を歩くうちに、悠人はふと気になるものを目にした。
休憩所の裏手に、旅人たちが捨てていったらしいゴミが、無造作に積み上がっている。食べ終えた串や、割れた陶器、丸められた包み紙が、風に吹かれて畑の方へ転がっていく。畑の脇には、荷馬車が踏み荒らしたらしい跡も、深く残っていた。
「――正直、ありがたい話だけどね」
老婆が、少し疲れたような声で漏らした。
「人が増えるのは嬉しいさ。でも、掃除だけでも一苦労でね。畑を荒らされたって、文句を言いに来た者もいたよ。あたしゃ、この歳で毎日、ゴミ拾いさ」
「すみません、僕たちが思いつきで、道を繋げたばかりに」
「あんたが謝ることじゃないさ。ただ……」
老婆は、遠くで談笑する旅人たちを見やった。
「人を呼ぶってことは、それだけの責任も、一緒についてくるってことなんだろうねえ」
その一言に、悠人は言葉を失った。
喜びに浮かれていた自分に、静かに冷や水を浴びせられた気分だった。ポルテナで見た、魚が地元に回らなくなる問題。あれと同じ種類の問題が、形を変えて、また目の前に現れたのだ。
「――このままにしておくわけには、いきませんね」
悠人が呟くと、リゼットが腕を組みながら頷いた。
「浮かれてばかりもいられないってことだな」
「しかし、商人としても、これは他人事じゃないぞ」
バロックが、渋い顔で口を挟んだ。
「客に不快な思いをさせる場所は、一度行ったきりで、二度と来てもらえなくなる。ゴミだらけの休憩所なんて、俺なら通らん」
「……そうですね」
悠人は、夕暮れに染まる村の広場を、もう一度ゆっくりと見渡した。
その時、広場の隅で、小さな子供が、地面に落ちた串を、一生懸命に拾い集めているのが見えた。老婆の孫なのだという。その小さな背中が、悠人には、妙に重く映った。
「手伝ってくれて、ありがとう」
悠人が声をかけると、子供はきょとんとした顔で首を傾げた。
「だって、きれいな方が、おばあちゃんが喜ぶから」
その言葉に、悠人は、思わず笑みをこぼした。だが、同時に、胸の奥が、ちくりと痛んだ。この子に、これ以上の負担を、背負わせてはいけない。
賑わいの裏側に潜む、新しい課題。悠人たちの旅は、また一つ、向き合うべきものを見つけていた。




