第42話 石を積む者たち
バルドグラムに事情を話すと、ゴルドは意外にもあっさりと頷いた。
「岩の扱いなら、俺たちの十八番だ。それに」
ゴルドは、工房の外で暇そうにしていた若い職人たちを一瞥した。
「あいつらも、鍛冶場に籠りっぱなしじゃ、腕も鈍る。たまには、外の空気でも吸わせてやるか」
その傍らで、バルガスが腕を組んだまま、ぼそりと口を挟んだ。
「……崩れた岩盤なら、支えの組み方に、昔からの型がある。これを持っていけ」
差し出されたのは、古びた羊皮紙に描かれた、石組みの設計図だった。細かな書き込みが、びっしりと並んでいる。
「バルガス様」
「勘違いするな。うちの街の技を、中途半端に使われては、かなわんだけだ」
そう言いながらも、その横顔は、どこか誇らしげに見えた。
こうして、ドルフを含む数人の若い職人たちが、道具を背負って峡谷へと同行することになった。
「街の外に出るなんて、何年ぶりだろう」
道中、ドルフは物珍しそうに周囲を見回していた。頭上に広がる大きな空を、何度も見上げては、深呼吸を繰り返している。
「地下にいると、忘れちまうんです。空が、こんなに広いってこと」
峡谷に到着すると、ドワーフたちはさっそく崩れた岩盤の調査を始めた。
「――なるほどな。ここをこう支えれば、崩落は防げる」
的確な指示のもと、作業は驚くほどの速さで進んでいった。
まず、不安定な岩を慎重に取り除き、次に、基礎となる大きな石を据える。その上に、くさび形の石を噛み合わせるように積み上げ、要所には太い支柱を組んでいく。雨水の抜け道となる溝も、一つ一つ丁寧に刻まれた。
「さすが、専門家は違いますね」
悠人が感心していると、フィンも地図を片手に、出来上がっていく道筋を細かく書き留めていた。
「これで、正式な地図に載せられる街道が、また一本増えるわけだ」
夕刻、作業の手を休めて、全員で簡単な食事をとることになった。バロックが荷馬車から取り出したのは、ポルテナで仕入れた干し魚だった。
「これを炙って、何か付けて食うか」
「あ、それなら」
悠人は、懐から小さな薬包紙を取り出した。エミルが同封してくれた、山椒だれだ。
「これを、少しだけ」
炙った干し魚に、山椒だれを一滴垂らして、悠人は一口かじった。ぴりりとした刺激と、魚の旨みが、舌の上で絶妙に混ざり合う。
「……美味い。何だ、これ」
ドルフが、目を丸くした。
「友人が作ってくれた、特製のたれなんです」
「へえ。その、友人って」
「カルデナの食堂の、エミルさんです。料理の天才なんですよ」
悠人が嬉しそうに語るのを、リゼットは、焚き火の向こうで、黙って干し魚を齧っていた。味を、感じていないような顔つきだった。
作業の合間、休憩を取るドルフのそばに、悠人は腰を下ろした。
「バルドグラムを出て、他の街の外を歩いてみて、どうですか」
「正直、驚くことばかりです。風の匂いも、草の色も、初めて見るものばかりで」
ドルフは、興奮を隠しきれない様子で続けた。
「うちの街の技術が、こうして他の街のために役立つのを見るのも、悪くないもんですね。誰かの役に立つ鍛冶ってのは、こういうことなのかなって」
「きっと、お父さんも、喜んでいると思います」
「……はい」
ドルフは、少し照れくさそうに笑って、手元の石を、もう一度、丁寧に積み直した。
数日がかりの作業の末、峡谷の道は、荷馬車が余裕をもって通れるほどの、立派な街道へと生まれ変わった。
「――よし、試しに一台、通してみるか」
バロックが早速、自らの荷馬車を進ませた。車輪が、しっかりと踏み固められた石畳の上を、軽快な音を立てて進んでいく。
「上出来だ!これなら、行商の効率が段違いだぞ」
バロックの声に、ドワーフの職人たちが、誇らしげに顔を見合わせた。
「この街道が、いつかこの三つの街を、もっと近づけてくれるといいですね」
悠人がそう言うと、リゼットが空を見上げながら答えた。
「案外、すぐそこまで来てるのかもしれないぞ、そういう未来は」
新しく生まれた街道の上を、夕日の光が、金色に照らし出していた。




