第40話 鉄と誇りの街を後に
出立の朝、街の門には、思いがけず多くの見送りが集まっていた。
「世話になったな」
ゴルドが、ぶっきらぼうにそう言いながら、悠人に小さな包みを差し出した。開けてみると、精巧な細工の施された小さな鍵飾りが入っていた。
「ドルフの作だ。旅の無事を祈る意匠らしい」
「ありがとうございます。大切にします」
その隣で、ドルフが照れくさそうに頭をかいていた。
「これからも、色んな品を打っていくつもりです。いつか、悠人さんが驚くような傑作を作ってみせます」
「楽しみにしています」
「それと、リゼットさんにも」
ドルフは、もう一つの小さな包みを、おずおずとリゼットに差し出した。
「坑道を開けてくれたお礼です。大したものじゃないんですが」
「俺に?」
リゼットは、きょとんとした顔で包みを開けた。中には、飾り気のない、しかし丁寧に打たれた、銀色の髪留めが入っていた。細い金属の線が、一枚の木の葉の形に、美しく編み込まれている。
「……こんな女っぽいもん、俺には似合わない」
そう言いながらも、リゼットは、手の中の髪留めを、じっと見つめていた。
「似合うと思いますよ」
悠人が、何の気なしにそう言うと、リゼットの肩が、びくりと震えた。
「な、何言ってんだ、お前」
「いえ、リゼットさんの髪の色に、よく映えそうだなと」
「……っ!」
リゼットは、顔を真っ赤にして、ふいとそっぽを向いた。髪留めを握りしめた手が、微かに震えている。なぜ自分の心臓が、こんなにうるさく鳴っているのか、彼女自身にも、さっぱり分からないようだった。
「あの、何か変なこと言いましたか」
「うるさい。……もらっておく」
リゼットは、ぶっきらぼうにそう言うと、髪留めを、大事そうに懐へしまい込んだ。ドルフが、にこにこしながら、その様子を見守っていた。
少し離れた場所から、バルガスが腕を組んだまま、こちらの様子を眺めていた。目が合うと、彼はふんと鼻を鳴らし、小さく顎を引いた。それが、彼なりの餞なのだと、悠人には分かった。
先日、ドルフが仕上げた鉄の小さな花は、バルガスの息子たちの墓前に、無事に供えられたのだという。その話は、ゴルドが、そっと教えてくれた。
「見世物にはしない、か」
リゼットが、街を振り返りながら呟いた。
「それでも、ちゃんと外と繋がる道を見つけたな、この街は」
「はい。誰かの真似じゃなくて、この街なりのやり方で」
バロックの荷馬車には、岩鳴りの樽が、いくつも積み込まれていた。ゴルドが、自ら選んだ、とっておきの樽だという。
「これで、カルデナの湯宿の連中に、湯上がりの一杯を売り込んでくるさ」
「頼んだぞ、商人」
ゴルドの言葉に、バロックは、大仰に頷いた。
フィンは、広げた地図に、丁寧に街道を書き加えていた。ポルテナ、カルデナ、そしてバルドグラム。三つの街を結ぶ線が、少しずつ形になり始めている。
「こうして見ると、案外近いんだな、それぞれの街」
「実際に歩いてみると、まだまだ整備が足りない道ばかりですけどね」
バロックが、荷馬車の荷台を確認しながら口を挟んだ。
「街道さえちゃんと繋がれば、俺の商売も、もっと効率よく回せるんだが」
その言葉に、悠人はふと足を止めた。
「――街道を、繋げる」
これまで訪れた三つの街は、それぞれに小さな変化を遂げた。だが、それぞれが孤立したままでは、その変化は、いずれ頭打ちになってしまうかもしれない。
「フィンさん、この三つの街を結ぶ街道の状態、どのくらい把握してますか」
「正直、まだ穴だらけだ。まともに整備されてる区間の方が少ない」
「だったら、次はそこに手をつけてみませんか。街と街を、ちゃんと繋げるために」
リゼットが、面白そうに口の端を上げた。
「今度は、街一つじゃなく、道そのものが相手か。派手になってきたな」
「派手というより、地道な仕事になりそうですけどね」
悠人は苦笑しながらも、確かな手応えを感じていた。
遠ざかっていく鉄の街を背に、一行は新たな目的――街道の整備という、次なる旅路へと歩みを進めた。リゼットの髪には、いつの間にか、小さな銀色の木の葉が、朝日を受けてきらりと光っていた。




