第39話 誇りのままに
それから半月ほどが過ぎた頃、バルドグラムには、これまでにない新しい取り組みが根付き始めていた。
鉱山には、悠人たちが切り開いた坑道に沿って、安全な見学路が整備された。手すりや照明には、ドワーフたちの手による意匠が施され、単なる通路ではなく、それ自体が一つの作品のような仕上がりになっていた。
「見せ物にするなら、せめて、俺たちの美意識を通したものにする。それが筋ってもんだろう」
案内役を買って出た鉱夫の一人が、誇らしげにそう語った。
月に一度、「鍛冶の日」と名付けられた催しも始まった。街の広場に炉を持ち出し、選ばれた職人たちが、その場で技を披露する。
炉の火花が弾け、金槌の音が、広場いっぱいに響き渡った。ドルフの装飾品も、正式な認証印を押された品として、堂々と並べられていた。
広場の一角には、酒蔵の主たちが出した屋台も並んでいた。熱した平たい岩の上で、厚切りの肉を岩塩と共にじゅうじゅうと焼く、鉱夫たちの昼食に由来する料理だった。
その隣では、若い岩鳴りが、小さな金属の杯に注がれて、一口ずつ振る舞われている。杯の縁には、ドルフが彫った、小さな花の意匠が施されていた。
「岩塩焼きに、岩鳴り。これは、たまりませんね」
「だろう?鉱夫の飯は、酒と肉と塩があれば、それで十分なんだ」
屋台の主が、得意げに笑った。悠人は、香ばしい肉を頬張りながら、この組み合わせは、きっと遠くから来る旅人も喜ぶだろうと、静かに思った。
「あくまで、俺たちが見せたいと思ったものだけを見せる。それ以上でも、それ以下でもない」
バルガスは、相変わらず厳めしい顔つきでそう釘を刺していたが、その視線は、賑わい始めた広場を、まんざらでもなさそうに見つめていた。
「良い品だ。うちの店でも、責任持って扱わせてもらうぞ」
バロックは満足げに、荷馬車に積み込む品々を確認していた。
「品質にも、街の誇りにも、しっかり見合った値をつけさせてもらう。安売りはしない、約束だ」
「その約束、忘れるなよ、商人」
ゴルドが念を押すように言うと、バロックは大仰に胸を叩いてみせた。
催しも終わりに近づいた頃、バルガスが、ドルフの屋台の前に、ふらりと立ち寄った。
「……小僧」
「は、はい!」
「一つ、作ってほしいものがある」
バルガスは、ぶっきらぼうな口調のまま、懐から小さな布包みを取り出した。中には、あの折れた剣の欠片が、一つだけ入っていた。
「息子たちの墓前に、供えたい。折れた剣の隣に置く、小さな花を、鉄で作ってくれんか」
ドルフは、一瞬、言葉を失った。折れた剣の欠片は、まだ、ほのかに冷たい。それを預かる重みを、彼は、誰よりも理解しているようだった。それから、しっかりと背筋を伸ばして、深く頭を下げた。
「……謹んで、お受けします。必ず、いいものを作ります」
「頼む」
バルガスは、短くそう言うと、背を向けた。その背中は、いつもより少しだけ、小さく見えた。
催しの終わり、悠人はドルフに声をかけた。
「すごい人気でしたね」
「はい……!まだ実感が湧かないくらいです」
ドルフは、はにかみながらも、確かな自信を滲ませていた。
「悠人さんに出会わなければ、俺、ずっと自分の好きなものを、隠したままだったと思います」
「僕は、少しきっかけを作っただけです。ここまで来られたのは、ドルフさんとゴルドさん、それに、バルガスさんのおかげですよ」
悠人がそう答えると、リゼットが横からからかうように口を挟んだ。
「毎回、そればっかりだな、お前」
「本当のことなので」
悠人は笑いながら答えた。
その夜、ゴルドの工房に戻ると、机の上には、冷えた古酒の杯が二つ並んでいた。ゴルドとバルガスが、言葉少なに、静かに杯を傾けているのだという。
二人の間に、長年のわだかまりが、少しずつ解けていく気配があった。悠人は、その邪魔をしないよう、そっと扉を閉じた。
この街に来たときに感じた、あの「見世物にはしない」という頑なな拒絶は、今も完全には消えていない。それでも、誇りを守ったまま、外の世界と繋がる道が、確かに一つ、開かれていた。
変わらないものと、変わっていくもの。そのどちらも尊重しながら進む道もあるのだと、悠人はこの街で学んだ気がした。




