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異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
第5章 鍛冶屋の国編

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第38話 満月の鍛冶場

 満月まで、あと七日。ドルフは、工房の奥にこもったまま、ほとんど姿を見せなくなった。


 夜更け、悠人が差し入れのスープを持って様子を見に行くと、工房の床には、丸められた紙や、折れた試作品が、そこかしこに散らばっていた。炉の火は赤々と燃えているのに、ドルフの手は、金床の前でぴたりと止まったままだ。


「……ダメなんです」


 ドルフは、悠人の方を見ずに、かすれた声で呟いた。


「飾りを凝らしすぎれば、バルガス様の言う通り、ただの玩具になる。かといって、普通の剣と同じ作りにしたら、ここまでやってきた意味がなくなる」


「……」


「どっちに寄せても、誰かを裏切る気がするんです。バルガス様も、親父も、母さんとの約束も」


 ドルフの手のひらには、まだ新しい火傷の痕が、赤く腫れていた。何度も打ち直した刃は、そのたびに、わずかな歪みで失敗に終わったのだという。

悠人は、何も言わなかった。下手な励ましも、安易な助言も、今の彼には必要ない気がした。ただ、スープの椀を、そっと作業台の隅に置いた。


「僕には、鍛冶のことは分かりません。でも、ドルフさんが何を守りたいかなら、少しだけ、分かる気がします」


「……俺が、守りたいもの」


「お母さんとの約束と、お父さんの技と、この街の誇り。全部、同じ場所に繋がっているんじゃないでしょうか」


 ドルフは、しばらく黙り込んでいた。やがて、ふらりと立ち上がると、工房の隅の古い道具箱に、手を伸ばした。


「……そういえば、親父の道具箱、ちゃんと見たことなかった」


 蓋を開けると、使い込まれた金槌や鑿に混じって、一冊の古びた帳面が出てきた。表紙をめくった瞬間、ドルフの手が止まった。

そこには、花の形や、蔦の模様、山並みの意匠を細かく描き込んだ、無数のスケッチが残されていた。どのページの隅にも、同じ文字が、小さく書き添えてある。


『いつか、あいつに、似合うものを』


「……親父」


 ドルフの目から、堪えていた涙が、ぽたりと帳面の上に落ちた。


「親父も、作りたかったんだ。ずっと、こうやって」


 悠人は、そっと工房を後にした。戸口に立っていたゴルドが、無言で、ただ深く頷いていた。見守るだけで、手を貸さない。それが、師としての、彼なりの覚悟だった。


 そして、満月の夜。街の中央にある大鍛冶場には、街中の鍛冶職人たちが集まっていた。

炉の炎に照らされた広間の中央、緊張した面持ちのドルフが、布に包まれた品を手にしていた。


「――見せてみよ」


 バルガスの重々しい声を合図に、ドルフはゆっくりと布を解いた。

現れたのは、一振りの短剣だった。だが、それはただの武具ではなかった。刃には、幾重にも折り重ねられた地金の模様が美しく浮かび上がり、柄には、この街の山並みと、鉱脈の輝きを模した繊細な彫刻が施されている。


「これは……」


 居並ぶ職人たちから、思わずどよめきが上がった。


「戦うためだけの道具じゃなく、この街の歴史そのものを、形にしたいと思いました」


 ドルフは、震える声ながらも、はっきりとそう告げた。


「刃の強度は、実戦にも耐えうるよう鍛えました。彫刻には、戦争で失われたものと、これから再び築いていくものへの願いを込めています」


 バルガスは、無言のまま短剣を手に取り、光にかざした。折り重なった地金の模様を、食い入るように見つめている。


「――この鍛え方は」


「親方――いえ、ゴルド様に、基礎から叩き込んでいただいた技法です」


 バルガスは、ゴルドをちらりと見やった。ゴルドは、静かに、しかし確かな自信を持って頷き返した。


「……折れるか、折れんか、試させてもらう」


 バルガスは、短剣を金床の上に置くと、重い鎚を振り上げた。広間に、鋭い金属音が響き渡る。一度、二度、三度。誰もが息を呑んで見守る中、刃には、ひび一つ入らなかった。


「折れません。折れないように、鍛えました」


 ドルフの声は、かすかに震えていた。

長い沈黙が流れた。


「……見事な仕事だ」


 バルガスが、絞り出すようにそう呟いた。その目元が、ほんの少しだけ、潤んでいるように見えたのは、気のせいだったのか。


「武具としての強度も、申し分ない。それでいて、これほどの意匠を凝らせるとはな」


 バルガスは短剣をゆっくりと台に置くと、集まった職人たちを見回した。


「この街の技術は、剣を打つことだけが誇りではない。剣を通して、我らの誇りと歴史を語れることこそが、真の誇りだったのやもしれん」


 その言葉に、広間がどよめいた。


「若造よ。名は何と言った」


「ドルフです」


「ドルフ。お前の仕事を、この街の新たな伝統の一つとして、正式に認めよう。ただし」


 バルガスは、鋭い視線を悠人たちに向けた。


「安易な見世物にすることは、断じて許さん。この街の技を披露するのは、あくまで我ら自身の意志と誇りに基づいてのことだ」


「もちろんです。それ以上を望んだことは、一度もありません」


 悠人がそう答えると、バルガスは小さく鼻を鳴らし、それ以上は何も言わずに立ち去っていった。


「――やったな、ドルフ!」


 ゴルドが、弟子の肩を力強く叩いた。ドルフの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

鍛冶場に、久しぶりに、誇らしげな歓声が響き渡った。

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