第37話 鍛冶頭バルガス
バロックとの取引が街に知れ渡ると、思わぬところから反発の声が上がった。
「――装飾品だと?我らが誇りある鍛冶の技を、そんな軽薄な代物に貶めるつもりか」
工房に怒鳴り込んできたのは、街の鍛冶職人たちをまとめる大鍛冶頭、バルガスだった。白く長い髭を蓄えたその姿には、年輪を重ねた重みがあった。分厚い革の前掛けは、長年の火花で、無数の焦げ跡に覆われている。
「バルガス様、これは決して技を貶める話では」
「黙れ、ゴルド。よそ者に唆されて、正気を失ったか」
バルガスは、悠人たちを鋭く睨みつけた。
「お前らのような余所者が、この街に何を求めているのか、私には見当がつく。物珍しさで我らを見世物にし、面白おかしく吹聴して回るつもりだろう」
「そんなつもりは――」
「言い訳は聞かん」
バルガスは一蹴すると、ドルフの方に視線を移した。
「この若造の作った玩具まがいの品が、我らの技術の証だと?冗談ではない」
「玩具じゃありません!」
ドルフが思わず声を荒げた。
「同じ技術で打った、正真正銘の作品です!」
「口の減らない小僧だ」
バルガスは鼻を鳴らすと、ゴルドに向き直った。
「ゴルド、お前が目をかけていた弟子が、これほど身の程知らずになるとはな。師として、責任を感じんのか」
その一言に、ゴルドの表情が険しくなった。
「――バルガス様。俺は、この若造の腕を信じています」
「ほう」
「武具を打つ技も、飾りを打つ技も、同じ炉から生まれるもんだ。どちらが上とか下とか、そんな話じゃないはずだ」
ゴルドの反論に、バルガスは苛立たしげに眉根を寄せた。
「屁理屈を。ならば、証明してみせろ」
「証明?」
「今度の満月の夜、鍛冶頭たちの前で、その若造に作品を披露させろ。誰が見ても納得できる出来でなければ、この取引はすぐさま白紙に戻す」
バルガスはそう言い放つと、工房を後にした。
張り詰めた空気の中、ドルフが不安げに拳を握りしめている。
「大丈夫だ、ドルフ」
ゴルドが、その肩に手を置いた。
「お前の腕は、俺が一番よく知ってる。堂々とやればいい」
「……でも、俺」
ドルフの声は、かすかに震えていた。
「バルガス様の言うことも、分かるんです。この街の人たちが、命を預けてきた技だから。軽く扱われたくない気持ちも……」
「分かってるなら、尚更だ。お前は、軽い気持ちで打ってるわけじゃない。それを、見せつけてやればいい」
ゴルドは、そう言って弟子の肩を、力強く叩いた。
その夜、悠人は一人、街の外れにあるバルガスの鍛冶場を訪ねた。炉の火はすでに落とされていたが、扉の隙間から、微かな明かりが漏れている。
「――何の用だ、人間」
扉を開けると、バルガスは、作業台の前で、一振りの折れた剣を見つめていた。刃は根元から二つに折れ、錆が浮いている。
「説得に来たわけじゃありません。ただ、お話を聞かせていただきたくて」
バルガスはしばらく黙っていたが、やがて、折れた剣を、そっと台に置いた。
「……これは、私の息子たちに持たせた剣だ。二人とも、戦で死んだ」
悠人は、息を呑んだ。
「私は、自分の技に、絶対の自信があった。命を預ける剣を打つ者として、一点の曇りもないと。だが、この剣は、肝心なところで折れた」
バルガスの声は、静かで、重かった。
「あの日から、私は、鍛冶の技を、命の重みでしか量れなくなった。飾りだの、土産だの、そんなものに技を使うことが、どうしても許せんのだ。息子たちの命を預けた剣に、顔向けできんからな」
「……」
「お前たちの言い分も、分からんではない。だが、私にはこれしか、守るものがない」
悠人は、何も言い返せなかった。ただ、深く頭を下げることしかできなかった。
「――お話を、聞かせていただいて、ありがとうございました」
その言葉に、バルガスは、何も答えなかった。
炉の残り火が、折れた剣の断面を、鈍く照らしていた。
工房を出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。悠人は、しばらく空を見上げたまま、立ち尽くしていた。バルガスもまた、深い傷を抱えた一人の父親なのだ。その痛みを、軽く扱ってはいけない。
誇りを賭けた戦いは、これから幕を開けようとしていた。




