第36話 巡る商人
それから数週間、ドルフは寝る間も惜しんで新しい細工の腕を磨いていった。
武具作りの合間に打ち上げた髪飾りや装飾品は、少しずつ数を増やし、工房の片隅に並べられるようになっていた。細い金属の線が花の形に編まれ、小さな宝石が、炉の明かりを受けてきらきらと光っている。
ゴルドも、時折厳しい注文をつけながらも、その仕事ぶりを黙って見守っていた。
そんなある日、街の門の方から、聞き覚えのある声が響いてきた。
「――おお、ここにいたか! 探したぞ!」
現れたのは、荷馬車を連ねたバロックだった。
「カルデナで噂を聞いてな。ポルテナといい、この辺りの街道沿いが、やけに面白いことになってるって話で」
「バロックさん、こんな所まで?」
「商機の匂いがすれば、地の果てまでだって行くさ」
バロックは早速、工房に並んだドルフの装飾品に目を留めると、目の色を変えた。
「――これは、良い品だ。うちの取引先の貴族連中にも、十分通用する出来だぞ」
「本当ですか!」
ドルフが目を輝かせる横で、ゴルドが慎重な口調で釘を刺した。
「勘違いするなよ、商人。うちの品を、粗悪な土産物として、安売りされちゃかなわん」
「もちろんだとも。品質にはうるさい客ばかり相手にしてきたんでな。値も、それ相応につけさせてもらう」
バロックとゴルドは、しばらく丁々発止の交渉を繰り広げた末、握手を交わした。ドルフの品には必ず工房の刻印を入れること、大量生産はしないこと。ドワーフの誇りを損なわない条件で、正式な取引が成立した。
「それと、もう一つ。岩鳴りとか言ったか、あの酒」
バロックは、取引の席に出された若い岩鳴りを一口含むと、目を細めた。
「強いな。だが、悪くない。カルデナの湯宿の連中が、湯上がりの一杯に欲しがるだろう。あの辺りは、寒い夜が多い」
「酒まで売るつもりか」
「売れるもんは、全部売る。それが商人ってもんだ」
ゴルドは呆れたように鼻を鳴らしたが、売れ残りの樽の山を思い出したのか、その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
「――さて」
交渉を終えたバロックは、悠人の方へ向き直った。
「その前に、預かりものがあってな。ノアの嬢ちゃんと、エミルの嬢ちゃんからだ」
バロックが懐から取り出した二通の手紙を、悠人は受け取った。ノアの手紙には、しずく屋の客室がほぼ埋まったこと、新しい湯の評判が上々なことが、丁寧な文字で綴られていた。末尾には、「お会いできる日を、心から楽しみにしております」とある。
エミルの手紙は、少し乱雑な字だった。新しい料理がいくつもでき上がったこと、悠人に真っ先に食べてほしいこと。そして、封筒の中には、小さな薬包紙に包まれた、特製の山椒だれが、一つ添えられていた。
「皆さん、お元気そうで良かった。みんな、頑張ってるんですね」
悠人が嬉しそうに手紙を読み終えると、隣でそれを覗き込んでいたリゼットが、なぜか眉間にしわを寄せていた。
「……随分と、熱心な手紙だな」
「そうですね。丁寧なお礼の手紙で」
「そういう意味じゃない」
リゼットは何か言いかけて、結局、ふいと横を向いた。なぜ自分が不機嫌なのか、本人にも分からない様子だった。その横で、バロックが、にやにやと意味ありげな笑みを浮かべながらも、何も言わずに酒を啜っていた。
「お前さんの噂も、あちこちで聞くようになったぞ。ポルテナ、カルデナ、そして今度はここか」
「たまたま、面白い場所を見つけてしまうだけなんです」
「そのたまたまが、俺の商売にとっちゃ、えらく都合がいい」
バロックは愉快そうに笑うと、真剣な顔つきになった。
「なあ、悠人。しばらく、お前さんの旅に同行させてもらえないか」
「バロックさんが、ですか?」
「各地で品を仕入れ、必要な場所に運ぶ。お前さんが見つける『面白い場所』ってのは、俺にとっても、宝の山らしいからな」
リゼットが呆れたように肩をすくめた。
「結局、金勘定かよ」
「悪いか?だが、悪い話でもないだろう」
バロックの言葉に、悠人は思わず笑った。
「もちろんです。心強い限りです」
こうして、旅の一行に、また一人、新たな仲間が加わることになった。




