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異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
第5章 鍛冶屋の国編

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第35話 打ち直す

 鉱脈の開通を祝う意味も込めて、その夜、ゴルドの工房で簡単な宴が開かれることになった。

工房の奥の蔵から、ゴルドが一抱えもある小さな樽を持ち出してきた。樽の表面には、年月を刻んだ黒ずみが浮かび、古びた焼き印が押されている。


「岩鳴りの古酒だ。戦争が始まった年に仕込んだ樽でな。平和になったら開けようと、取っておいたんだ」


「そんな大事なものを、僕たちが飲んでいいんですか」


「お前らが、坑道を開けてくれたんだ。開けるなら、今夜だろうよ」


 栓が抜かれた瞬間、芳醇な麦の香りが、工房いっぱいに広がった。杯に注がれた琥珀色の酒は、とろりと濃く、昨日の若い岩鳴りとは、まるで別物の風格を纏っていた。

一口含むと、焼けるような熱さの奥から、深い甘みと、樽の木の香りが、ゆっくりと立ち上ってくる。


「……美味しい。本当に、美味しいです」


「ほう、人間にも、分かるか」


 ゴルドは満足げに、にやりと笑った。

強い酒と、香ばしい炙り肉を前に、ゴルドはいつになく口数が多かった。


「正直、腐ってたんだ、俺たちは」


 杯を傾けながら、ゴルドがぽつりと漏らした。


「戦争中は、俺たちの技術が、誰かの命を守ってた。それが誇りだった。だが、戦が終わった途端、必要とされなくなっちまってな」


「今も、誇るべき技術には変わりないと思います」


「そう思いたいがな。農具打ちも大事な仕事だが、正直、物足りなさは拭えん」


 その時、隅で黙々と酒を注いでいたドルフが、意を決したように口を開いた。


「――親方。俺、最近作ってるものがあるんです」


 ドルフは懐から、あの繊細な髪飾りを取り出した。ゴルドは一瞬、眉をひそめた。


「……こいつは、武具の技術じゃないな」


「はい。でも、同じ金属を打つ技術です。俺、これも、うちの街の誇りになると思うんです」


 しばらくの沈黙の後、ゴルドはその髪飾りを手に取り、じっくりと眺めた。大きな節くれだった指が、細い金属の線を、壊れ物を扱うように、ゆっくりとなぞっていく。


「――細かい仕事だ。それに、悪くない」


「本当ですか!」


「勘違いするなよ。武具作りを疎かにしていい理由にはならん」


 そう言いながらも、ゴルドの声には、以前のような頑なさはなかった。やがて、彼はぽつりと呟いた。


「お前の母さんの髪留めは、お前の親父が打ったもんだった。あいつも、本当は、こういう細工が好きだったんだ。だが、鍛冶の誇りがどうこうと、結局、一度も表には出さずに、戦で逝っちまった」


「……親父が?」


「ああ。俺の、一番の友だった」


 ドルフが、目を見開いた。ゴルドは、手の中の髪飾りを見つめたまま、静かに続けた。


「お前を弟子にしたのは、あいつの頼みだったからだ。だが、それ以上に、お前が、あいつの目をしてやがるからだ」


 工房に、重い沈黙が落ちた。炉の火が、ぱちぱちと小さくはぜている。

悠人は、その様子を見ながら、静かに言葉を添えた。


「戦うための道具だけが、人を守るわけじゃないと思うんです。誰かの記念になる品や、旅の思い出になる品も、また別の形で、人の心を守るものになるんじゃないでしょうか」


 ゴルドは、しばらく黙って悠人を見つめていたが、やがて豪快に笑い出した。


「お前、口だけは達者だな。だが……嫌いじゃない、そういう考え方は」


「じゃあ」


「試作くらいは、許してやる。ただし」


 ゴルドは、ドルフに向けて指を突きつけた。


「うちの技術の看板を背負う以上、半端な仕事は許さんぞ。本気で打ち込め」


「はい……!ありがとうございます!」


 ドルフの顔が、これまで見た中で一番明るく輝いていた。目の端には、うっすらと涙が滲んでいる。

その夜遅く、宿への帰り道で、リゼットが愉快そうに笑った。


「あの頑固親方が、随分と丸くなったもんだな」


「少しずつ、なんだと思います」


 悠人はそう答えながら、夜空に瞬く星を見上げた。


「それにしても」


 リゼットが、少し頬を赤らめたまま、ふらりと足を止めた。古酒を、少し飲みすぎたのかもしれない。


「お前は、いつも、誰かの背中を押すのが上手いな」


「そうですか?自分では、よく分からないんですが」


「……そうだよ。自分じゃ、分からないんだ、お前は」


 リゼットは、それ以上は何も言わず、少し早足で、宿の方へ歩き出した。その背中を見送りながら、悠人は「酔っているのかな」と、首を傾げていた。

この街にも、ゆっくりとだが、確かな変化の兆しが差し込み始めていた。

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