第34話 閉ざされた坑道
翌日、悠人たちが工房を訪ねると、ゴルドは腕を組んだまま、値踏みするような目でこちらを見た。
「――ドルフから聞いたぞ。俺たちの仕事に、随分と興味があるそうじゃないか」
「はい。もっと知りたいと思っています」
「なら、見せてやろう。飾り物じゃない、本物の仕事場をな」
ゴルドはそう言うと、悠人たちを鉱山の入り口へと案内した。
ひんやりとした空気と、松明の匂いが漂うその先には、深く続く坑道が広がっていた。足元には、錆びた線路が奥へ向かって延びており、脇には、空っぽのトロッコがいくつも放置されている。
「言っておくが、生易しい場所じゃないぞ。腰が引けるなら、今のうちに戻れ」
試すような口調だったが、悠人たちは黙って後をついていった。
坑道の奥へ進むにつれ、空気は冷たく湿り、松明の炎が、壁に奇妙な影を揺らした。岩肌には、青白く光る鉱石の筋が走り、その輝きが松明の光に反射して、幻想的な景色を作り出している。
「ここの鉄は、他の土地のものとは質が違う。芯が強いのに、粘りがある。だからこそ、命を預ける剣にも、鍬にもなれるんだ」
ゴルドは、壁の鉱脈を愛おしそうに撫でながら、そう語った。その横顔には、鍛冶師としての誇りが、はっきりと刻まれていた。
だが、途中でゴルドの足が、ふと止まった。
「――ここから先は、閉鎖してある」
崩れた岩で塞がれた坑道の奥から、微かな唸り声のようなものが聞こえてくる。
「戦争中、人手が足りずに手入れができなかった区画でな。いつの間にか、魔物が住み着いちまった」
「あの奥に、良質な鉱脈があるんですか」
「ああ。この街でも指折りの上質な鉱石が眠ってるはずだ。それに、あの奥の水脈は、岩鳴りの仕込み水の源でもある。塞がれたままじゃ、酒蔵も、そのうち干上がっちまう」
その言葉に、悠人は昨日の酒場の光景を思い出した。あの酒にも、この坑道の奥が、繋がっていたのだ。
「駆除する余裕のある職人が、今はもういない」
その言葉に、リゼットがすっと前に出た。
「俺がやろう。専門じゃないが、これでも場数は踏んでる」
「素人に任せられるかよ」
「なら、見ててくれ。文句があれば、その時言えばいい」
リゼットは迷いなく坑道の奥へと進んでいった。ゴルドは苦い顔をしながらも、松明を掲げて後に続いた。
崩れた岩の隙間から現れたのは、岩肌に擬態する、大型の甲殻を持つ魔物だった。硬い殻に阻まれ、ゴルドの部下たちの攻撃も弾かれてしまう。甲殻を叩くたび、乾いた金属音が、坑道全体に反響した。
「関節の隙間を狙え!頭を下げろ、尾が来るぞ!」
リゼットの的確な指示に従い、悠人も瓦礫を運んで退路を塞ぎながら援護した。転生前より少しだけ増した腕力で、重い岩を何度も抱え上げたが、すぐに息が上がる。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。フィンも冷静に地形を見極め、逃げ道を潰していく。
岩を蹴り、壁を蹴り、リゼットは魔物の死角へと滑り込む。剣が閃き、甲殻の継ぎ目に、深々と刃が食い込んだ。魔物は耳障りな金切り声を上げて暴れ、天井から細かな石が、ぱらぱらと降ってくる。
激しい攻防の末、魔物はようやく坑道の外へと追い出された。
「――やるじゃないか」
息を切らしながらも、ゴルドは素直にそう漏らした。
その後、皆で協力して岩を取り除くと、松明の光を受けて、美しい鉱脈が姿を現した。奥からは、ひんやりとした水の流れる音も聞こえてくる。
「これは……上質どころじゃないな」
ゴルドが感嘆の声を上げた。長らく閉ざされていた仕事が、再び動き出す瞬間だった。
「悪くない働きだった。今日のところは、認めてやる」
ゴルドはそう言いながらも、その表情には、これまでにない親しみが浮かんでいた。
坑道を出ると、眩しい外の光に、思わず目を細めた。全員が泥と埃にまみれ、誰の顔も煤で真っ黒だった。
「ははっ、酷い顔だ」
「お互い様です」
悠人が笑って答えると、ゴルドも、初めて歯を見せて笑った。
「今夜は、礼に一杯奢ってやる。岩鳴りの、とっておきの古酒をな」
「いえ、僕は、昨日ので十分ですよ」
「遠慮するな。ひょろい人間には、少しずつ慣らしてやる」
リゼットが、愉快そうに、にやりと笑った。




