第33話 誇りの重さ
その日は宿を取り、街の様子をゆっくり見て回ることにした。
宿は、岩壁をくり抜いて作られた、素朴な造りだった。出された夕食は、根菜と肉を大鍋でじっくり煮込んだ、ドワーフ風の煮込み料理だった。驚くほど塩気が強く、噛みしめるたびに、肉の旨みが口いっぱいに広がる。
「これは酒が欲しくなる味だ」
リゼットがそう言うと、宿の主人が、にやりと笑って小さな杯を三つ差し出した。
「客人に、岩鳴りの試し飲みだ。ほんの一口だけな」
恐る恐る口をつけた悠人は、次の瞬間、喉を焼かれるような熱さに、思わず咳き込んだ。
「っ……!これは……!」
「はっはっは、やっぱり人間は弱いな」
宿の主人が豪快に笑う隣で、リゼットは平然と杯を傾け、一息で飲み干した。
「悪くない。喉を通った後に、ほんのり麦の甘みが残る」
「お前、強いな……」
フィンも顔をしかめながら、舌を出していた。翌日、街を歩いて回ると、通りには、火の落ちた工房の前で、所在なさげに座り込む若い職人たちの姿が目についた。腕はあるのに、仕事がない。そんな空気が、街全体に漂っているようだった。
「戦争中は、見習いでも引く手あまただったんですけどね」
通りの隅で、金属の端材を使って何かを作っていた若いドワーフが、悠人たちの視線に気づいて話しかけてきた。
名をドルフといい、ゴルドの工房で働く見習いなのだという。
「今じゃ、農具の修理くらいしか回ってこなくて。俺たちの世代は、正直、腐りかけてます」
「その手に持っているのは?」
悠人が尋ねると、ドルフは少し照れくさそうに、作りかけの品を差し出した。金属を編み込んだ、繊細な意匠の髪飾りだった。
「暇な時間に、練習がてら作ってるんです。武器とは全然違う技術がいるんで、親方には怒られそうですけど」
「これ、すごく綺麗です。売り物にはしないんですか」
「――そんなこと、できるわけないでしょう」
ドルフは慌てたように声を潜めた。
「うちの街の誇りは、武具作りです。こんな飾り物なんか作ってるって知られたら、親方連中に何て言われるか」
「でも、あなたはこれが好きなんですよね」
その問いに、ドルフは口ごもった。
「……好き、なのかもしれません。でも、それだけじゃ、食っていけないでしょう」
少しの沈黙の後、ドルフは、髪飾りを見つめながら、ぽつりと続けた。
「本当は、母さんに作ってやりたかったんです。母さんは、鉄の髪留めしか持ってなくて。いつか、もっと綺麗なのを作ってやるって、約束してたのに」
「お母さんは……」
「戦争中に、流行り病で。間に合いませんでした」
その言葉には、若さゆえの葛藤と、消えない後悔が滲んでいた。伝統への誇りと、変わっていく時代への戸惑い。そのどちらもが、彼の中でせめぎ合っているようだった。
「一つ、聞いてもいいですか」
悠人は静かに切り出した。
「この街の武具作りの技術って、武器としてだけじゃなく、こういう繊細な装飾品にも活かせるものなんですか」
「そりゃ、まあ。金属を打つ基本は同じですから」
「だったら、それは十分、誇っていい技術だと思います。人を傷つける道具だけが、価値のあるものじゃないはずです」
ドルフは驚いたように悠人を見た。
「……そんな風に、考えたことなかったです」
その夜、悠人は宿でリゼットたちに、ドルフとの会話を話して聞かせた。
「面白い話だな。だが、あの頑固親方が、そう簡単に納得するとは思えんが」
リゼットが腕を組みながら言った。
「お母さんのために作りたかった、という気持ちは、きっと本物だと思うんです」
「……そうだな」
リゼットは、少しだけ声を落とした。
「大切な人に、間に合わなかった後悔ってのは、一生ついて回る。あの小僧が、それを抱えたまま、腕を磨いてるなら、なおさらだ」
その横顔には、彼女自身の過去が、わずかに滲んでいるように見えた。
「はい。でも、誰かが最初の一歩を踏み出さないと、何も変わりませんから」
悠人は静かにそう答えた。まだ、明確な当てがあるわけではない。それでも、街の中に確かに芽生えている小さな変化の兆しを、悠人は見逃したくなかった。




