第30話 妖精の夜祭り
夜祭りの晩、森は昼間とはまったく違う顔を見せていた。
木々という木々に、淡く発光する蔓草の飾りが巻きつけられ、無数の光の粒――精霊たちが、まるで示し合わせたように空を舞っている。
地面には、色とりどりの光る苔が絨毯のように広がり、歩くたびにほのかな輝きが波紋のように広がった。
「――すごい」
悠人は、言葉を失ったまま、しばらくその場に立ち尽くした。
「毎年恒例なんですけど、私も何度見ても飽きないんです」
案内役を買って出たセレアが、誇らしげに笑った。
広場では、透き通るような音色の楽器が奏でられ、それに合わせてエルフたちが軽やかに踊っている。
屋台には、森で採れる淡く光る果実や、香草を使った料理が並んでいた。中でも一番の人だかりができているのは、焼きたてのパイを並べた大きな屋台だった。
「これが、祭りの日だけの特別なパイなんです」
セレアが指さした先では、年配のエルフの女性が、石窯から次々とパイを取り出していた。
光る果実の蜜煮を包んだもの、香草と木の実を練り込んだもの、森の蜂蜜をたっぷり垂らしたもの。どれも、こんがりと美しい焼き色がついている。
「おや、人間のお客さんかい」
女性は、悠人の顔を見て目を丸くしたが、すぐにぶっきらぼうな口調で、焼きたてのパイを一つ差し出した。
「人間にやるのは、初めてだよ。……熱いから、気をつけな」
「ありがとうございます」
一口かじった瞬間、悠人は思わず目を閉じた。さくさくとした生地の香ばしさの中に、とろりと溶けた果実の甘酸っぱさが広がる。以前セレアにもらった残り物とは、比べものにならない美味しさだった。
「――美味しい。本当に、美味しいです」
「だろう。あたしの母親の、そのまた母親の代からの味だよ」
女性は、少しだけ得意げに鼻を鳴らし、それでも口元は、緩んでいた。
「これは、この森の宝ですね。もっと、たくさんの人に食べてもらえたら」
「……そう簡単にはいかんさ。だが、そう言ってもらえるのは、悪い気分じゃない」
女性はそう言って、もう一つ、包み紙に入れたパイを、そっと悠人の手に握らせた。
リゼットもフィンも、最初こそ遠巻きにされていたものの、時間が経つにつれ、好奇心旺盛な若いエルフたちに囲まれ、質問攻めに遭っていた。
「人間の国にも、こういうお祭りはあるのー?」
「船に乗ったことは?海って、本当にどこまでも続いてるって本当?」
「ねえ、あの人間の男の人って、お姉さんの恋人?」
「なっ……!」
リゼットが、飲みかけの果実酒を、思わず噴き出しそうになった。
「ち、違う!あいつは、ただの……仕事相手だ!」
「えー、でも、さっきからずっと、目で追ってたよ?」
「追ってない!」
顔を真っ赤にして否定するリゼットを、フィンが腹を抱えて笑いながら眺めていた。
悠人は、少し離れた場所でその騒ぎに気づいたが、何を話しているのかは、聞き取れなかった。
しばらくして、悠人はふと、広場の中央にひときわ高く組まれた木製の舞台に目を留めた。
祭りの間だけ使われる、精霊への奉納の舞台なのだという。
その舞台の上から見下ろす森の光景は、格別だった。光る蔓と精霊たちが織りなす景色が、一望のもとに広がっている。
「――ここから見る景色、本当に綺麗ですね」
隣に来たセレアに、悠人は思わずそう漏らした。
「祭りの時しか、上がれない場所なんですけどね」
「もったいないですね。こんなに綺麗なのに」
その一言に、セレアは小さく首をかしげた。
「もったいない、ですか」
「いえ、独り言です」
悠人は慌てて誤魔化したが、頭の中には、小さな考えが芽生え始めていた。
舞台の遠く向こう、森の外れの方角に、小さな灯りが一つ、ぽつんと揺れているのが見えた。
「あれは?」
「長老様です。毎年、祭りの夜に、あそこへ行かれるんです」
セレアが、少し声を落とした。
「今年は、泉の傍だけじゃなく、森の外れの、人間たちが眠っている場所にも、一つ、灯りを供えたそうです」
悠人は、その灯りを、しばらくじっと見つめていた。
祭りの余韻に浸りながら、悠人は夜空を見上げた。
数え切れないほどの光の粒が、まるで星々と呼応するように瞬いている。
この景色を、いつか、誰かと分かち合える日が来るだろうか。
そんな願いにも似た想いを、悠人は静かに胸に抱いた。




