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異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
4章 大樹の森編

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第30話 妖精の夜祭り

 夜祭りの晩、森は昼間とはまったく違う顔を見せていた。

木々という木々に、淡く発光する蔓草の飾りが巻きつけられ、無数の光の粒――精霊たちが、まるで示し合わせたように空を舞っている。

地面には、色とりどりの光る苔が絨毯のように広がり、歩くたびにほのかな輝きが波紋のように広がった。


「――すごい」


 悠人は、言葉を失ったまま、しばらくその場に立ち尽くした。


「毎年恒例なんですけど、私も何度見ても飽きないんです」


 案内役を買って出たセレアが、誇らしげに笑った。

広場では、透き通るような音色の楽器が奏でられ、それに合わせてエルフたちが軽やかに踊っている。

屋台には、森で採れる淡く光る果実や、香草を使った料理が並んでいた。中でも一番の人だかりができているのは、焼きたてのパイを並べた大きな屋台だった。


「これが、祭りの日だけの特別なパイなんです」


 セレアが指さした先では、年配のエルフの女性が、石窯から次々とパイを取り出していた。

光る果実の蜜煮を包んだもの、香草と木の実を練り込んだもの、森の蜂蜜をたっぷり垂らしたもの。どれも、こんがりと美しい焼き色がついている。


「おや、人間のお客さんかい」


 女性は、悠人の顔を見て目を丸くしたが、すぐにぶっきらぼうな口調で、焼きたてのパイを一つ差し出した。


「人間にやるのは、初めてだよ。……熱いから、気をつけな」


「ありがとうございます」


 一口かじった瞬間、悠人は思わず目を閉じた。さくさくとした生地の香ばしさの中に、とろりと溶けた果実の甘酸っぱさが広がる。以前セレアにもらった残り物とは、比べものにならない美味しさだった。


「――美味しい。本当に、美味しいです」


「だろう。あたしの母親の、そのまた母親の代からの味だよ」


 女性は、少しだけ得意げに鼻を鳴らし、それでも口元は、緩んでいた。


「これは、この森の宝ですね。もっと、たくさんの人に食べてもらえたら」


「……そう簡単にはいかんさ。だが、そう言ってもらえるのは、悪い気分じゃない」


 女性はそう言って、もう一つ、包み紙に入れたパイを、そっと悠人の手に握らせた。

リゼットもフィンも、最初こそ遠巻きにされていたものの、時間が経つにつれ、好奇心旺盛な若いエルフたちに囲まれ、質問攻めに遭っていた。


「人間の国にも、こういうお祭りはあるのー?」


「船に乗ったことは?海って、本当にどこまでも続いてるって本当?」


「ねえ、あの人間の男の人って、お姉さんの恋人?」


「なっ……!」


 リゼットが、飲みかけの果実酒を、思わず噴き出しそうになった。


「ち、違う!あいつは、ただの……仕事相手だ!」


「えー、でも、さっきからずっと、目で追ってたよ?」


「追ってない!」


 顔を真っ赤にして否定するリゼットを、フィンが腹を抱えて笑いながら眺めていた。

悠人は、少し離れた場所でその騒ぎに気づいたが、何を話しているのかは、聞き取れなかった。

しばらくして、悠人はふと、広場の中央にひときわ高く組まれた木製の舞台に目を留めた。

祭りの間だけ使われる、精霊への奉納の舞台なのだという。

その舞台の上から見下ろす森の光景は、格別だった。光る蔓と精霊たちが織りなす景色が、一望のもとに広がっている。


「――ここから見る景色、本当に綺麗ですね」


 隣に来たセレアに、悠人は思わずそう漏らした。


「祭りの時しか、上がれない場所なんですけどね」


「もったいないですね。こんなに綺麗なのに」


 その一言に、セレアは小さく首をかしげた。


「もったいない、ですか」


「いえ、独り言です」


 悠人は慌てて誤魔化したが、頭の中には、小さな考えが芽生え始めていた。

舞台の遠く向こう、森の外れの方角に、小さな灯りが一つ、ぽつんと揺れているのが見えた。


「あれは?」


「長老様です。毎年、祭りの夜に、あそこへ行かれるんです」


 セレアが、少し声を落とした。


「今年は、泉の傍だけじゃなく、森の外れの、人間たちが眠っている場所にも、一つ、灯りを供えたそうです」


 悠人は、その灯りを、しばらくじっと見つめていた。

祭りの余韻に浸りながら、悠人は夜空を見上げた。

数え切れないほどの光の粒が、まるで星々と呼応するように瞬いている。

この景色を、いつか、誰かと分かち合える日が来るだろうか。

そんな願いにも似た想いを、悠人は静かに胸に抱いた。

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